第2話 ここは何処だ?

 ……それから数十分後。


「あ、ありがとうございます。見ず知らずの俺達に親切にしてくれて」 

「いやいや、困った時はお互い様だよ」


 俺達は現在、観世音寺の住人のお宅にお邪魔していた。


 亜子が落ちた田んぼの持ち主が偶然通りがかり、俺達は救われたってわけだ。


 ちなみに亜子は、畳に敷かれた布団で寝たきりの状態だ。


「彼女は軽い脳震盪のうしんとう状態だから、このままゆっくりしているといいよ。田に稲わらが残っていたのは不幸中の幸いだったね……」

「はっ、はい! ありがとうございます! ご迷惑をおかけします!」


 俺は深々と住人に頭を下げる。


 亜子を病院に連れていくことも考えていたが、実はこの家主、斎藤雅也さいとう まさやさん自身が病院の関係者らしく、お言葉に甘えることにしたのだ。


(よ、良かった。亜子が無事で……)


 非常に情けない話だけど、この事を先生に知られると大目玉食らっちゃうし、クラスの奴に知られると、冷かしなどめんどくさいことになるのはわかりきっているからね。


 で、親友の哲雄てつおに、上手く点呼を誤魔化してもらうように連絡しといた。


 亜子の方も、哲雄の女友達がなんとかしてくれそうなので一安心だ。


 持つべきものは、困った時に頼れる良き親友なのだ。


(これで多分明日までは大丈夫だろう、うん……)


 俺は横目で、少し離れた距離にいる亜子を眺める。


 彼女の呼吸とともにゆっくり上下している、白い掛け布団。


 その様子を見てほっと溜息をつく俺。


 緊張の糸が切れたのか……溜まっていた疲れからか、何だかとても眠くなってきた。


 俺はごろりと畳の上で大の字になり、静かにまぶたを閉じ……る……。


 ……。


 目前に写るは、まるで海のように真っ青な青空……更には鳴き声を上げながら目の前を通り過ぎる雀たち。


 気が付くと俺は何故か宙に浮いていた⁈


「……ええっ! 何で俺は浮いて? それに、ここは何処だ?」


 俺は瞬時に考える。


(俺さっき寝たはずだけど? あまりにも現実味がなさすぎるし。……あ! 分かった! コレ多分夢だよ!)


 俺は自分に言い聞かせるように、深く頷く。


(よし! 夢ならば折角なんで色々見てみよう)


 俺は白雲の下に広がる景色を眺め、ある事に気が付く。


 ひと際立派な屋敷の周辺に、牛車そして屈強な護衛が数人待機していることを。


 何やら重苦しい雰囲気が、周囲を漂わせているのだが……?


(一体何事だろうか?)


 不思議に思った俺は、彼らの目線の先を追う。


 ……すると、ひと際大きく立派な梅の木があり、それに片手をそっと触れ、物思いにふけっている人がいる。


「東風吹かば、にほひおこせよ、梅の花、主なしとて、春を忘るな……」


 その人は、即興で短歌を作り読み上げる。


 周囲の護衛達はその言葉を聞き、何やら涙を流し嗚咽を漏らしている模様。


(一体この人は何者だろう? というかこの句、何処かで、しかも割と最近聞いたような……? えっと、確かあれは……)


 俺はふと、数時間前に聞いた先生の話を思い出す。


(えっと確か大宰府天満宮のお茶屋さんの前で、周囲には複数の梅ノ木が見える場所で聞いたんだっけ?)


 多数の人が行き来する従来のど真ん中で、先生は語りだす。


「この天満宮には、梅の花が沢山植えられている。ソレが何故だかわかるか?」


(知るわけねーだろ……)


 周囲を見ると皆も困惑している感じだ。


 そりゃそうだ。


 俺達は京都の人間だから福岡県の、しかも大宰府のコアな歴史なんて知るわけがない!


「何でも此処に祭られている管原道真すがわらみちざね公が愛した梅が、京都から左遷で飛ばされたこの太宰府の地に飛んできたらしい。飛梅伝説って奴だな」


(……アホらしい……)


 当然俺らは、そのおとぎ話を適当にスルーしてたが……。


(……あっ! も、もしかして、あの梅って、例の飛梅伝説の梅⁈ ……ということは、あの短歌を読みあげた和装姿のあの人は……?)


 最高位の黒色の束帯をまとってるのは、かなり身分が高い証拠。


 知性を感じさせる顔と優し気な瞳に立派なあごひげ。


 それに、さっきの俳句の内容……。


「道真様……名残惜しいですが、お着替えになり、そろそろ参りましょう。急がないと時平の追手が来ます故に……」

「そうだな……お前達には迷惑をかけるすまない……」


 道真と呼ばれる人は、護衛達に向かい深々と頭を下げる。


(……って、ええええ⁈ こ、この人もしかして、管原道真公⁈ ってことは、も、もしかして俺タイムスリップしちゃったの⁈ し、しかも、何故か幽体離脱ゆうたいりだつ状態で?)  


 この驚くべき事態に、めっさパニック状態になる俺でした。

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