観世音寺に龍は昇る

菅原 みやび

第1話 修学旅行は大宰府天満宮

 俺の名前は前田龍之介まえだ りゅうのすけ、中学3年生。 


 ……季節は紅葉が華麗に舞う秋……。


 俺達は故郷の京都から、福岡県に修学旅行で太宰府天満宮に来ていた。


 ここは、受験生に大人気の【学問の神様で有名な道真公が祭られている場所】だ。


 自由時間の今、俺達はそこから西側に移動し、観世音寺の政庁跡の道沿いを彼女と二人で歩いている最中だったりする。


 政庁跡とは、道真公が福岡に左遷され政治を行っていた場所。


 今では、公園っぽい広場になっており、老若男女の憩いの場になっている。


 その証拠に親子連れが犬を散歩している姿が散見される……ってアレ?


 ふと気が付くと、側にいたはずの亜子あこがいない?


(……一体何処へ?)  


 俺は慌てて、周囲を見渡す。


「っておい! お前、なに見知らぬおばあちゃんに話しかけてんの?」


 俺は思わずツッコミの言葉が出る。


 亜子は人のよさそうな白髪の老婆に、ペコリと頭を下げこちらに向ってくる。


 ちょこちょこと子犬のように元気よく小走りで走って来る為か、小麦色のマフラーと陽光で薄い茶毛に染まったポニーテールがまるで尻尾のように揺れている。


(コラコラ可愛らしい柴犬かお前は) 


「あ、いや。なんで今年の紅葉はこんなに黒ずんでいるのかなって思ってね!」 


 無邪気な笑顔で、頭上の紅葉を見る亜子。


(いや……確かに気になるけどさ)


 いきなり他人に話しかけていく、コイツのアクティブさと見境なさは本当に凄い。


 ここらへんは本当に、柴犬と例えるのは適切な例だと思う。


 亜子の澄んだ真っすぐな茶色の瞳と、きりっとした眉毛とかがもう、まんまだしね……。  


 照れくさそうにはにかんで笑うその笑顔がたまらなく素敵で、清岡亜子きよおか あこと付き合って1年になるが、俺は最近その魅力にようやっと気が付いた。


 亜子はそんな俺の様子を見て、少しにやけながらこちらを見ている。


「あ! で、何で紅葉は黒ずんでいたのかな?」


 俺は照れを隠す為に話を続けることにした。


「え、んー……。何でも今年は暖かくて天気がいい日が続いたので、葉が枯れてああなったらしいよ?」


 そんな俺の態度に何か感づいたのか、不服そうに眉を潜める亜子。


「そうなんだ。あ、でも何で急に紅葉が綺麗になったんだろうな?」

「ああ、それね! 今日結構雨降っていたじゃん?」


 確かに、亜子が言うように朝からまとまった雨が降っていた。


 だからバスの中で、クラスの皆と「雨がうぜー」と愚痴ってたのを俺は覚えている。


 幸いな事に今は雨は上がり、雲の隙間から太陽が覗き日の光が大地を照らしているが。


「でね! 雨水を吸った紅葉の木々が、元気を取り戻して綺麗になったんだって!」


 俺はチラリと亜子を、特に陽光が降りそそぎしなやかに揺れる柳髪やなぎがみを見つめる。 


「へ、へへ――――――!」


 俺の今の心情を知ったか知らないのか分からないが、亜子は童のように無邪気に笑い、俺の側から離れていく。 


 黄・紅・茶色の無数の落ち葉が舞い落ちる中、両腕をしなやかに広げ、くるりくるりとゆっくりと回転し、まるでバレエダンサーのように優雅に踊る亜子。


 硬いアスファルトを次第に離れ、次第に木々の茂る大地に近づいて行く亜子。


 亜子がやや遠くに離れ気が付いた事だが、なんと空に虹がでていた……。


 虹がかり、紅葉が散るその最中に亜子が舞うその絵面……。


 俺は無造作にスボンからスマホを取り出し、その様子を激写する。


(……ああ、なんて素敵な1枚。最高の1枚だ……) 


 そう思ったのも束の間。


「……あっ!」


 俺は思わず叫ぶ!


 何故なら次の瞬間彼女の姿は消えて……。


(い、いや……これは消えたんじゃない!)


「亜子!」


 俺は叫び慌てて、彼女の元に走っていく!


 木々の間を見ると、なんと驚いた事にその下は田んぼになっていたのだ!


 しかも結構な段差がある。 


 俺は慌てて亜子の元に駆け寄る。


(く、くそっ! 俺がちゃんと見ていればこんな事には。い、いや、そんな事を今は悔いている場合じゃない!)


「亜子! おいっ! しっかりしろ亜子ッ!」


 俺は亜子を抱きかかえ、泣き叫ぶように悲痛な声を上げる!

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