蕎麦屋とギャル

タヌキング

蕎麦アガる♪

私の名前は新名 武彦(にいな たけひこ)。

とある商店街で蕎麦屋【にいな】を営む57歳の男である。

親父の代から続けて来た蕎麦屋であり、今も嫁の早苗(さなえ)と二人で切り盛りしているのだが、寂れた商店街の寂れた蕎麦屋ということもあり、近所に住んでいる常連以外は新規の客なんてほとんど来ない。

常に店は自転車操業であり、これ以上売り上げが下がれば店をたたむかな?とも思い始めていた。そんな時、お昼前の客も一人も居ない店に珍客が現れたのである。

ガラガラとガラス戸が開いた。


「おっはー♪あげぽよー♪」


その珍客に私は目を疑った。一応女性客の様だが、金髪の派手なミッキーマウスの耳を彷彿とさせるボンボンがみたいなのが二つ付いた髪型、メイクも派手で所々ラメの様なモノが輝いているし、目の周りはパンダの様に真っ黒。服もアシンメトリーなカラフルなTシャツとミニスカートで肌の露出も多い。爪も日常生活に支障が出そうなぐらい長くてキラキラしている。

この珍客はおそらくギャルと呼ばれる者だろう。テレビで見たことはある。だが実際に見ると迫力満点だな。とても私と同じ人科の生き物とは思えん。


「いらっしゃいませ。どうぞお好きな席に座って下さいな。」


「オケマルー♪」


妻の早苗はこんな珍客にも動揺したところはなく、いつも通り接客をし、ギャルの客はカウンターに座った。

いや、改めて見ると本当に凄いな。親御さんは何も言わないのだろうか?

と、私がジロジロ見ていると、早苗が耳打ちで「ちょっとお父さん、見過ぎですよ。お客様に失礼でしょ。」と言ってきた。

確かにお客であることに変わりは無い。私は気持ちを切り替えることにした。


「うーん、悩むなぁ。おじさんオススメある?」


おっ、ギャルに話し掛けられたぞ。何だか妙に緊張してしまうが、ここは冷静な対象をしないとな。


「常連客はいつも天ざるを頼みますね。」


「じゃあそれと、オニギリ二つで♪アーシ、食べ盛りだからいっぱい食べるっしょ♪」


「は、はい。しょ、食欲旺盛なのは良い事かと。」


うーん、やっぱり会話していて、どうも疲れるな。私のテンションが低くて、ギャルがテンション高いから、そのギャップもあるのだろうか?


「アナタ、何してるの?突っ立ってないで天ざる作らないと。」


オニギリを握りながら私にそう注意をする早苗。そうだ、早く作らねば、ギャルの生体に関して、あれこれ考察をしている場合ではない。


私はいつも通り、蕎麦を茹で、その蕎麦を冷水で冷やして水を切り、天ぷらを揚げた。ウチはエビとピーマンの天ぷらを二つずつお出しすることになっている。


「はい、お待たせしました。」


「うわー♪美味しそう♪映えるねこれ♪インスタに写真上げてもオケマル?」


「は、はい良いですよ。」


たまに居るんだよな。蕎麦の写真を撮る若者。こんな何処にでもありそうな天ざるを写真に撮って一体どうするつもりだろうか?全く理解出来ない、こういうのをジェネレーションギャップと言うのだろう。茫然としている私に対して早苗の方はニコニコしながらギャルを見守って居る。早苗は子供が好きだもんなぁ。


「じゃあインスタにも上げたし、いただきまーす♪アーシ知ってるよ、ツユに二度漬けしたらダメなんしょ?」


「う、うちは大阪の串カツ屋じゃないんで、別に二度漬けしても構いませんが。」


「あははは‼ウケるね‼」


何が面白かったのか皆目見当も付かないが、とりあえずギャルは天ざるを食べ始めた。

ツユに漬けた蕎麦を一すすり、その後、同じ様にツユに漬けたエビの天ぷらをサクッと食べるギャル。何だか緊張してしまう、このギャルにウチの蕎麦は通用するのだろうか?こんなに胸がドキドキしたのはいつ以来だろうか?


「美味しいーーーーー‼薄味のツユが蕎麦の風味を引き立てて、天ぷらもサクサクで蕎麦にマッチングしてるし、マジでヤバいぐらい美味しいんだけど‼店長さんアナタ天才なん?」


いや嬉しい。コチラの意図もちゃんと組んだ上で高評価をしてくれている。30年以上の歳月を蕎麦の為に費やしてきたが、こんなに嬉しかったのは早苗と結婚して以来である。

ギャルは余程美味しかったのか、あっと言う間に天ざるを食べてしまったので、ツユに私が蕎麦湯を注いであげた。


「こうやって飲むんだ。知らなかった。あざーす♪おじさん♪」


「どういたしまして。」


初めはどうなることかと思ったが、普通に良いお客さんである。こんな世代でも私のそばを美味しいと言ってくれるとは、人生生きてれば良いこともあるもんだ。

そうしてギャルはそうして蕎麦湯を飲みながら、残ったオニギリを手に取ってパクリと一口食べた。その時不思議なことが起こった。


「うぅ・・・。」


ギャルの目から大粒の涙がポロポロとこぼれ始めたのである。目の周りのメイクも落ちて黒い涙が頬を伝う。一体どうしたのというのだろう?オロオロしている私を他所に早苗がギャルに話し掛ける。


「お嬢ちゃんどうしたの?オニギリ美味しくなかった?」


「い、いや違くて、オニギリがあんまりにも美味しくて、ママ思い出しちゃつて・・・グスッ。」


こうしてギャルは自分と母との思い出を語り始めた。


「ウチの小さい頃ね、ママがよくオニギリ作ってくれたんだ。大きくて食べ応えあるヤツ、それがとっても美味しくてね。ママがオニギリ作るって言い出したら、私は小躍りするぐらい嬉しかったんだ。でもママ、私が小学生の頃に病気で死んじゃって・・・それでこのオニギリ食べてたら色々思い出しちゃって・・・うぅ。」


・・・もらい泣きしそうである。この子も苦労しているんだな。

私が涙に耐えるので必死になっていると、いつの間にか早苗がカウンターの所まで行って、ギャルを抱き締めていた。


「ありがとうね。私のオニギリを美味しいって言ってくれて。」


「うぅ、ママァ‼」


流石は我が嫁、包容力が半端じゃない。泣いているギャルすら簡単にあやしてしまうのである。

これは私事になるのだが、私達夫婦に子供はいない。作ろうとしていたのだが色々あって上手くいかず、結局子供は出来なかった。そのことで子供の好きな早苗には悲しいを思いをさせてしまったと申し訳なく思っている。

子供が居たらこんな風に早苗が自分の子供をあやしているシーンも見れたかもしれないと考えると考え深いものがある。

今日という日は蕎麦屋【にいな】にとって忘れがたい日になったのは言うまでもない。



~数日後~


ギャル襲来から数日後。お昼前の蕎麦屋【にいな】は、いつも通り少し寂しい感じである。

そんな中、ガラガラとガラス戸が開いた。

するとそこにはこの間のギャルが立っていたのである。この間と違う格好ではあるが、相変わらず派手である。


「たのも~♪」


「いらっしゃい。何処でも好きな席に座って下さい。」


「いや違くて、今日は蕎麦を食べに来たんじゃないの。」


ん?じゃあ何しに来たんだ?


「アーシをここで雇ってくれないかな?凄く低賃金でも我慢するから。」


・・・えっ?あまりのことに目が丸くなる私。なんて言って良いのか分からない。

そんな私の横で早苗がニコニコしてこう言った。


「まぁ、とりあえず蕎麦でも食べなさい。」


「えっ?良いの?オニギリも食べて良い?」


「もちろんよ。」


「やったーーー♪」


あれ?私を置いてどんどん話が進んいく。おーい、待ってくれー。

この後、ギャル店員が居る美味しいお蕎麦屋さんとしてウチの店がブレイクするとは、この時の私は夢にも思わなかった。





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