第5話 美術館 表


 新たなる門出を迎えた私である。


 ロマンタを出立した私は街道を夜通し駆け抜けて、王都とロマンタを繋ぐ中継の村に辿り着いた。


 そしてそこから乗合馬車に忍び込み、無事に王都リップルへ到着と相成った。


 宿代すらない私である。そんな懐事情で乗合馬車の清算ができるわけもなく。どうせいるであろう不埒漢から乗車賃を巻き上げても良かったのだが、夜通し走った私にそんな気力は残っていなかった。


 故に、わざわざ幌馬車を見繕い、その天蓋に人知れず寝そべって泥のように眠り、王都リップルまで乗車したわけである。


 さて、目が覚めてみればそこは人混みであった。


 ロマンタに出てきた際、そのあまりの人の多さと活気に度肝を抜かれたものである。だが、王都はそんなものの比ではなかった。


 人が多すぎる。

 本当に。


 ごみごみとしていてまっすぐ歩くことすらままならない。通りを歩けば数歩に一度は誰かしらと肩がぶつかる。

 私はその度にぶつかってきた輩に睨みを効かせていたが、そんなことを続けていては身が持たないと早々に悟った。


 私はたまらず人通りの少ない路地裏へ逃げ込んだ。

 戦慄である。王都を舐めていた。ここまで人が多いとは思っていなかったのだ。


 だが、これは好機でもある。

 人の数が多いということは、それすなわち営まれている生活も多いということ。


 人の数だけドラマがあり、人の数だけ物語が生まれる。


 そして私がその物語を吸収して我が世界に落とし込む。


 完璧な構図である。

 王都は私のために生まれてきたと言っても過言ではない。

 私はきたる物語ドリームを想像してほくそ笑んだ。


 だが、である。

 先立つものがなければそんなものはとらぬ狸の皮算用にすぎない。

 気持ちを切り替えた私は当初の予定通り美術館へ向かうことにした。


 しかしその道中、繁華街の中央で、面白いものを見つけた。

 冒険者ギルドの本部である。


 国中の冒険者ギルドを束ねる総本山ということもあってひどく立地がいい。


 ギルドの表は広場になっていて、露店が軒を連ねている。

 その中には本棚を立てて小説を売っている露店もいくつかある。武具を着用した冒険者らしき者共もいくらか散見出来た。

 どうやら小説文化は学のない荒くれ冒険者にも浸透しているようであった。


 そんな奴らを見ていると、私は再び冒険者に興味が湧いた。


 冒険者の実態調査は一度行っているが、百聞は一見に如かずともいう。

 しかも、経験を積みながら金を稼ぐこともできるのだ。


 資金難である今、冒険者になるという方法もあることに、私は気が付いた。


 とはいうものの、資金繰りに難儀し出した当初は冒険者になることも視野に入れてはいたのだ。だが、

 ロマンタの冒険者ギルドには例の女が潜んでいる。


 一度は逃げおおせたが、今度補足されたらどうなるか分かったものではない。

 いくら私とて、自ら虎の尾を踏みに行くような真似は避けたかった。あんな思いをするのはもうたくさんである。


 冒険者に惹かれる点はもう一つある。

 それは労働期間は任意であるということだ。

 時間に縛られず、己のペースで金を稼ぐことができる。それの何と素晴らしきことか。


 最初に金を大量に稼いで、そのあとは悠々自適に執筆三昧。

 まさに夢のような話ではないか。


 取り敢えず話だけでも訊くのは一興だろう。

 私は冒険者ギルドに足を踏み入れた。


 ギルド内部はロマンタのそれとは規模が違った。

 冒険者相手のロビーに酒場が併設しているのは変わらないが、妙に小綺麗である。伊達に冒険者ギルドの本部を名乗っていないということだろう。どうにも鼻持ちならない印象を受けた。


 だが、そんなことはどうでもいい。

 私は足早に受付へと足を運んで話を訊く。


 曰く、どうにも冒険者登録をするだけならタダらしい。

 仕事のノルマもなく、登録だけして好きな時に働いて、好きな時に休む冒険者も多いとか。


 まさに理想の職業ではないか。

 私は早速手続きを行った。


 これにて私も冒険者である。

 あとはさっさと稼いで当初の目的である美術館へ向かえばとりあえずは良しとしよう。


 しかし、当座の資金が手に入ると喜んだのも束の間。

 受付嬢曰く、新人は高額報酬を受けることは出来ないらしい。


 では何の仕事があるのかというと、街の清掃やどぶ攫い、建築業への派遣が主になるとか。


 ふざけた話である。

 激高した私は受付嬢に喰ってかかったが、彼奴は淡々と説明をした。


 そもそも冒険者は実力というより信用重視である。

 いくら強かろうと、基本的に新参者はまず己がどれくらい信用に足る人間かをアピールしなければならない。


 それは依頼主に直接営業を掛けたりだとかもあるが、普通は誰でも受けられる恒常依頼をこなし、仕事に対する誠意と実直さを示す必要があるらしい。


 その恒常依頼というのも、街の清掃や土木業、果ては下水処理など誰もやりたがらない重労働ばかりである。


 この私にそんなことで時間を浪費する暇はない。

 労働地獄はもうこりごりである。

 我が使命のため、私は今すぐにでも資金が必要であった。


 受付嬢の視線は極寒である。

 規則は規則である故、悪しからず。

 そう言いたげな目だ。

 今までも私のように無理強いをしようとする輩がいたのだろう。

 そう思えば無理からぬことか。


 というとでも思ったか。

 私の場合はそんな有象無象とは訳が違うのだ。

 なんの使命もない凡百と私を比べること事態がおこがましい。


 しかし、いくら私が崇高な使命を語って聞かせても、受付嬢の表情が変わることは無かった。


 その岩のように強情な姿勢には感服すると同時に憎悪すら生まれてくる。


 感情のままに力を振るうのは愚か者の所業である。

 また、問題を起こして御用となるのは時期尚早である。

 まだ私はこの王都でなにもなしていない。この女に制裁を下すのはその後でも遅くはないだろう。


 淡々と淀みなく説明する受付嬢の口を縫い付けてやりたい衝動を抑えつつ、私は早々にギルドを去った。

 当初の予定通り、美術館へと向かうのだ。


 冒険者として活動するのは当分先になりそうである。


 苦渋を呑みながら歩いていると、ギルドの窓越しにあの受付嬢と目が合った。

 奴は私を一瞥すると、冷笑を浮かべて業務に戻った。


 なかなか気概に溢れた女郎である。

 こめかみに筋を立てて感心した私は、道端に落ちていた小指の爪ほどの小石を拾って、受付嬢に照準を合わせると、そのまま指で弾き飛ばした。


 空気の壁をぶち抜いて赤熱した小石は一直線に窓へと吸い込まれる。


 パチンッと子気味の良い音が鳴った。

 接客をしていたらしい受付嬢は胸を押さえて項垂れた。

 無駄にでかい乳に当たったらしい。いい気味である。


 痛みに呻く彼奴を見て溜飲を下げた私はギルドを後にした。


 さて、とにもかくにも金である。


 降って湧いた冒険者で一攫千金という夢は泡沫のごとく掻き消えた。


 堅実に我が物語を美術館に売り込むのが先決であろう。


 方針を立てなおした私は、辺境にある寂れた宿の一室に忍び込んで、持ち込みをする物語の執筆にとりかかった。


 そしてひと月が経ち、無事に作品を完成させた私は美術館に持ち込んだ。


 私の物語で館長とやらをぶちのめすのである。


 だが、そんな気概は空を切った。

 私は館長に会うことすら叶わなかったのだ。

 守衛曰く、物語は美術品ではないし、どこともわからない奴に館長を合わせるわけにはいかないと。


 私は憤慨した。

 私の物語に美術的価値を見出すことができないとはどういうことだ。その体たらくでよく美術館の守衛が務まるものである。


 必死に我が物語がいかに美しく組みあがったものか解説した。

 しかし、奴は聞く耳すら持たなかった。それどころか詰め所に連行されかけた始末である。


 私は堪らず逃げ出した。

 口惜しい。奴の素養のなさは語るに値しないが、何より物語の魅力を十全に伝えることの出来なかった己に腹が立った。


 気晴らしに私は展示を見て回った。

 どうやら館内を見学する程度なら奴らもとやかく言ってはこないらしい。私は展示を鑑賞しながら、虎視眈々と館長を探した。


 美術館の中は広かった。

 ありとあらゆる美術品がカテゴリごとに展示室に分けられている。

 絵画に彫刻、異国の民芸品まである。

 無聊を慰めるにはもってこいの施設だった。


 なるほど。これほどまでに膨大な美術品を所蔵していると、他の者にも自慢したくなる気持ちもわかる。

 それほどなまでに数多く、そして心打たれる作品に溢れていた。


 私は物語に関しては並ぶもののいない女傑であると豪語しているが、こと美術世界に関してはとんと無知であった。

 私は悔しさも忘れてしばし鑑賞に耽った。


 彷徨い歩いていると、館の奥に扉を見つけた。半開きのそれを覗いてみると、奥に続く通路であった。展示物は置かれていない。裏手であった。


 怪しげである。これこそまさに館長へと続く道に違いない。

 私は奥へと進んだ。


 幾つかの倉庫らしき部屋を素通りすると、作業部屋のような場所に辿り着いた。


 雑多だ。様々な工具や廃材が無造作に置かれている。

 誰かしらのアトリエであることは明白だった。


 中央にヒト型の巨大な白い石があった。すべすべとした質感だった。表の展示で見た彫刻と同じ材質の石だ。


 すなわち、それは作りかけの彫刻なのだろう。

 まるで玉座に腰かけた王のような出で立ちだった。


 厳めしい顔つきをした平凡な爺だ。眉根を顰めて偉そうな顔をしている。

 粗削りであったが、それ以上に執念と試行錯誤が垣間見えた。

 周囲の没になったであろう彫刻の残骸がその苦労を物語っている。


 なかなか素晴らしい出来ではある。展示の片隅に置かれていても違和感はないだろう。

 だが、あともう少し、何かが足りないような感じがした。


 居ても立っても居られなくなった私は己の感性のまま、そばにあったノミとハンマーを使い、形を整えていく。

 時折、放置されていたやすりで質感を出し、そして大胆に形を変えていく。


 特に顔つきには少し手を加えておいた。

 誰が平凡な顔をした爺を見て喜ぶ。折角ならもう少し観れる顔の方がいい。


 数々の展示を見たことで創作意欲が溢れていた。

 初めての経験であったが、存外に没頭して楽しめた。


 どれくらいの時間が経ったか定かではない。それほどまでに時間を忘れてノミを振るった。


 ようやくそれは完成した。

 立派な玉座、そしてそれに座した荘厳な王の彫像。


 限りなく原型を尊重して、しかし足りないと感じたところを研磨した。

 私はそれを見て満足した。


 随分と立派な彫像となった。

 これなら王の威光もあまねく全世界に行きわたるであろう。

 国への忠誠など一欠けらもないが、そう考えてひと息吐いた。


 すると、背後から声がかかった。

 そこには髭を生やした初老の男がいた。


 そこでようやく私は我に返った。

 人の創作物に手を出してしまった。それは許されざる、唾棄すべき所業である。


 恐らく彼はこの彫像のもとの作成者であろう。

 首からエプロンを下げて、垣間見える右手にはいくつものマメが出来ている。長年の研鑽の証だった。


 そんな彼が生み出した子供ともいえる創造物に私は手を加えたのだ。

 この場で八つ裂きにされても文句は言えない。私ならそうする。


 だが、私はこんなところで命を散らすわけにはいかないのだ。

 私には果たすべき使命がある。

 夢半ばで息絶えることは許されない。死んでも死にきれない。


 私は彼が入ってきた扉とは反対の扉から飛び出して、その場から逃げ出した。


 もう何度目になるか。

 だが、今回ばかりは今までの遁走とはわけが違う。

 今回ばかりは私の過失だ。陳謝してもしきれない。


 私は心の中でひたすらに己の罪を懺悔しながらまだ見ぬ王都の闇へと逃げ込んだ。

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