幼馴染と再会したのは、雨の降りしきるベンチだった。
雨宮悠理
雨のベンチで幼馴染と再会する。
──俺は雨は嫌いだ。
そこへ、びしょ濡れになった
「ごめん、……八代君。横いい?」
「ああ、いいよ」
ほっと安堵した様子の森崎は隣に座る。と、彼女は制服のポケットをごそごそと漁り、ハンカチを取り出すと顔を拭いた。
濡れたせいでシャツが透けていることに彼女は気付いていない。
白い胸元が露わになっていることにも。
「ああ、寒いなあ」
森崎がぼやく。
八代は文庫本に目を落としたまま言った。
「なんでわざわざ濡れてんの?」
「えっ? なんでって?……」
戸惑う森崎に、八代は顔を向けた。
「ほら」
森崎の持つ鞄から小さなピンクのマスコットが覗いていた。
「お前のそれ、折りたたみ傘だろ」
昔からずっと同じマスコットを付けている。幼稚園から変わっていない気がするが、こいつは物持ちが良すぎだろう。
「……あーね。やっぱ分かっちゃうか」
そういって森崎は背伸びをする。
そういう動きは、目線のやり場に困るからやめて欲しい。
しばらく沈黙していたが、八代はカバンから綺麗に折り畳んだタオルを森崎の隣へ置いた。
森崎は目を丸めていたが、すぐに「ふふふ」と小さく笑う。
「やっぱ昔から、”
森崎の恭弥呼び。いつ以来だろうか。
少しもやっとした何かが心を覆っていく気がする。
森崎は、といえば「いい匂いする〜」とか言いながら顔をタオルに埋めていた。
しばらくすると森崎は急にピタリと動きを止めて、タオルを膝に置いた。
「恭弥ってさ、やっぱ変わり者だよね」
「そうでもないだろ。別にその辺の奴と違ってるところも、変な才能があったりもしない」
「うーん。そうじゃなくて、普通だったら誰かとつるんだりするじゃん? でも恭弥はいっつも1人じゃない?」
「一人の方が落ち着くんだよ。うるさいのは嫌いなんだ」
「ははっ! たしかに恭弥って一人でも平気なタイプだけどさ、友達がいないわけじゃないじゃん?」
なんでこいつは俺を知ったような口をきいているんだ。むかつく。
「それだったら”お前”だって変わり者だろ。いつも一人で」
そこまで言いかけてハッとする。
俺は森崎に何を言おうとしているんだ。
森崎といえば端正なルックスで男子生徒たちから年代を超えて人気がある、があくまでもそれは好奇の対象であって、普段一緒に行動をしたりする友人ではない。そして同性の女子からも避けられていることを知っていた。
理由は俺も知っている。
森崎はある大きなスキャンダルを抱えているからだ。
それは比較的有名な噂話で、
“森崎アヤメは保健体育の井阪先生と関係を持っている”
というものだった。
「ねえねえ、何を言いかけたの?教えてよ、恭弥」
「うるさいな。ほら、早く拭けよ」
森崎が笑ってくれたので、内心は少し安心した。
やはりこの話題は正解ではなかったのだ。
「そういやさ、恭弥って好きな子とかいないの?」
唐突な質問に動揺した。
「……いるように見えるか?」
「うん、見える」
即答されたのでまたむかつく。しかしすぐに森崎は続けた。
「でも私はそういう秘密主義的な感じじゃなくて、普通に恋愛してるのが見たいな」
「なんだよそれ」
「じゃあ好きな人を教えて!」
「そんな簡単に言うタイプの人間だと本気で思ってるのか?」
「え?違うの?」
「いや、まあ」
森崎は変わらず明るい笑顔を浮かべたままだ。
俺はこいつのことをあまり良く知らない。
昔から一緒にいたはずなのに、どこで変わってしまったのだろう。
なんで急に距離を置こうとしてきたのだろう。
なんで井阪先生と関係を持ったのだろう。
いや、考えてはいけないことなのだろうな……きっと。
「じゃあさ、逆に聞くけどお前は好きな人とかいないわけ?」
「……いるよ」
一瞬の躊躇いの後の発言にかなり驚いたが、さらに
「だから、恭弥の恋を応援したいんだ」
と付け加えられて、もう何も言えなくなってしまった。
「どうしてそこまでするんだよ」
「ん?そりゃあ幼馴染が困ってたら助けてあげるもんでしょ?」
そうか。やっぱり幼馴染か。ただの幼馴染なんだな……俺らは。
そろそろ帰らなきゃいけない時間だ。俺は立ち上がって鞄を抱えた。
「ねえ、最後にさ……」
森崎が俺の服の裾を掴んだ。そして裾を持ち上げながら顔を近づけてくる。
こんな近くで見る彼女は
「綺麗だな」
と思った。
「ははっ、そういうこと言えるのが恭弥らしいよ」
「なんだよそれ……」
口から余計な言葉が漏れていたらしい。気恥ずかしくてまともに目を合わせられなくなってしまった。
彼女は笑いながら顔を離すと、自分の鞄を抱えた。
「雨もぼちぼち小降りになってきたし、今のうちに帰ろうか」
「……ああ」
森崎は少し寂しそうな表情を浮かべて、たたたっと走り出した。
「じゃあね。また明日!」
「あやめ!」
そういって走り出した森崎の背中に、気がついたら声を掛けていた。
突然声を掛けられた彼女は驚いたように振り返った。
「……今度はちゃんと傘、持ってこいよ」
どこか泣きそうに見えた彼女はぎこちない満面の笑顔で手を振りながら帰っていった。
「……またな」
その日から彼女との“幼馴染”という関係に新たな意味が加わった気がした。
──それから数日後。俺はまたいつものベンチで雨宿りをしていた。
雨の日は嫌いだが、なんだか落ち着くような気もしていた。
幼馴染と再会したのは、雨の降りしきるベンチだった。 雨宮悠理 @YuriAmemiya
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