困っている人を見かけたら? ☆5☆


「好きなだけ。ピーマンは肉や魚と相性が良いんじゃ。一緒に炒めると美味じゃしの、疲労回復や美容に良いのじゃよ」

「詳しいね」

「ふふん」


 シュエが自慢するように胸を張る。その姿が幼く見えて、先程の様子と違うことに男性は混乱してしまう。が、とりあえず豚肉を取り出して彼女に渡す。


「それじゃあ、ありがたく使わせてもらうぞ」


 豚肉を見てぱぁっと表情を明るくし、シュエは早速ピーマンを切り出した。半分に切り種を取る。それから細切りにした。豚肉も細切りにし油で炒め、塩コショウで味付けた。


「うむ、こんなもんかの?」


 出来上がった炒め物を味見し、満足げに微笑み、皿を用意してもらい、人数分を盛り付ける。お粥の様子を見てそろそろ大丈夫だろうと判断し、味見をする。


「これなら母上も食べられるじゃろう。明日からは朝に食べるんじゃぞ?」

「あ、うん。ありがとう」


 男性が皿に盛ったピーマンと豚肉の炒め物とお粥を持ち、母親に近付いて行く。リーズと話していた女性は顔を上げて、息子の顔と料理を交互に見た。


 そして、男性の後ろからひょこりと顔を出すシュエに気付くと、「作ってくれてありがとう」と優しい笑みを浮かべた。


「食欲不振じゃと聞いたが、少しでも食べなければだめじゃよ。ピーマンと豚肉の炒め物は油も控えめにしておるし、細切りにしたから少しでも食べておくれ」


 ベッドの上に肘を置き、女性を見上げるシュエ。料理に視線を向けてからこくりとうなずく。


「ここで食べる? テーブルで食べる?」

「テーブルでいただくわ。みんな一緒に、食べましょう」

「リーズ、支えてやれ」

「かしこまりました」


 すっと女性に手を差し出すリーズ。彼女は少し驚いたように目を丸くしたが、彼の手を取ってベッドから抜け出した。テーブルまでエスコートをするリーズ。リーズと母親の姿を見た男性が、ぽつりと「母さんってあんなに小さかったっけ……?」と呟くのをシュエが拾い上げ、ぽんと彼の背中を叩いた。


「ほら、料理をテーブルの上に置かんと」

「そ、そうだね」


 男性が料理をテーブルの上に広げる。お粥には軽く塩を振り、レンゲと箸を母親に渡す。水も用意し、女性はまず自ら口にした。こくり、と一口だけ飲み、レンゲを手にしてお粥を掬い、ふーふーと息を吹きかけてから口に運ぶ。何度か咀嚼し、飲み込むのを見届けた。


「……おいしい」

「じゃろ?」


 ほっと安堵したように、シュエは笑う。料理を作り始めて何十年も経つが、人の味覚はそれぞれだから、『おいしい』という言葉を聞くまではいつも不安なのだ。


「本来は朝に食べるものじゃからな。食欲不振が治るまでは続けるんじゃぞ!」

「ふふ、そうね、これなら食べられそうだわ」


 そう言って今度は箸に持ち替えてピーマンと豚肉の炒め物を食べた。


「これも美味しいわ。ありがとう、久しぶりに食事が美味しく感じて嬉しいわ」

「――悪夢を見続けていたのじゃろう?」


 すっと目を細めてシュエが問いかける。女性は箸をおき、こくりと小さくうなずいた。


「まぁ、今は食べられるだけ食べるがよい。食事をせんと心身ともに弱るだけじゃからな」

「……そうね、そう、よね」


 もう一度水を飲んでから、女性は食事を再開する。シュエたちも一緒に食事を摂った。


「あ、これ美味しいですね」

「じゃろう? わらわ好みの味付けじゃがな」

「ちょっと薄いような気も……?」

「まともに食事を摂ってないのじゃろう? そなたら。そんな人たちに味が濃いものは塩辛くて食えんと思うての」

「俺たちの舌のことを考えてくれたのか」


 感心したように男性が言葉をこぼす。


「シュエは食のことになると敏感なんですよ」


 と、リーズが微笑みながら口にすると、シュエは首を傾げた。どうやら思い当たる節はないらしい。それも彼女らしい、とリーズはもぐもぐと咀嚼しながら考えた。


 食事を終えて食器を下げる。先に皿洗いをしてから男性がお茶を用意してくれた。四人分の湯呑をテーブルに置いて、椅子に座る面々をそれぞれ見てから口を開く。


「あの、ありがとうございました」

「なに、わらわが勝手にやってことじゃ、美味しく食べてもらったのなら、それでよい」

「うん。でも、母さんが本当に美味しそうに食べていたから。最近そんな顔滅多に見られなかったし」

「そうなのよね。悪夢を見て、寝るのなんてごめんだと思っていたのに、なにもする気が起きなくて結局ベッドに横になってしまっていたの」


 ぽつぽつと語る男性とその母親。その言葉を受けて、リーズが芻狗すうくを取り出してたずねる。


「この芻狗に見覚えは?」

「父さんの命日の日に、死者を弔う祭りがあったから、そのときのだと思う。でも、俺も母さんも芻狗を持ち帰ったりしていないよ」

「となれば、誰かがそなたの母君を呪いたかった、ということになるのぅ」


 お茶を一口飲んで、ちらりとベッドへと視線を向けるシュエ。


「しかもお祭りなら、高確率で家は誰も居ないでしょうしね」

「毎年、父さんの命日から母さんが寝込んでいたのって……」

「芻狗を置かれていた可能性が高いかと。ところで、父君はどうやって亡くなったのでしょう?」

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