困っている人を見かけたら? ☆3☆

「ちょっとね、母の薬になる薬草を探しているんだ」

「ほう? 母上が病に伏せておるのか。それは大変じゃな」

「……うん、まぁ。だから、山に入ったんだ」


 男性はちらりとリーズに視線を向けてから、シュエに声を掛ける。リーズはなにも言わずに、ただ男性を見ていた。


 シュエが「ふむ」と呟くと、辺りを見渡してから再び男性に声を掛ける。


「母上の病状は?」

「それが、寝込んでいるだけでよくわからないんだ。なにをやるにも気力がないみたいで」

「……それはもしや、そなたもでは? まともに食べているようには見えんぞ?」

「え、そうかい? そういえば、最近はあまり食べてない気がする」

「母上もそうなのでは? それはいつからじゃ?」

「一週間くらいかな。ちょうど、父の命日から」


 リーズが目をまたたかせた。シュエが男性を見上げ、ポンと軽く手に触れる。


「……ああ、そうだ。毎年、父の命日から母が寝込むんだ」

「愛しておったのじゃな、母上は父上のことを」

「たぶんね。……食べる量が減っていたから、寝込んでいたのかな」

「それは、少し違うかと」


 リーズが口を挟んだ。先程まで関わろうかどうかを悩んでいたようだが、思わずというように言葉が出たようだ。


「もしかして、なのですが、あなたの母君は悪夢にうなされているのではありませんか?」

「どうしてそう思うんじゃ?」

 シュエが意外そうに目を丸くしながらリーズにたずねると、彼は昔、友達に聞いたことがあるということを口にする。


 リーズの友達の両親がやはり食欲不振になり、日中ぼーっとすることが多くなった。友達はおかしいと思い、両親にどうしたんだと問い詰めると、悪夢を見ることが多くなったと語ったそうだ。


「そこで、彼は両親のベッドの下を調べたようです。そしたら……」

「そしたら……?」


 ごくり、と唾を飲んで次の言葉を待つシュエと男性。


「草を束ねて作った犬の模型、芻狗すうくが出てきた、と」


 ひゅ、と息をんだシュエは、おぞましいものを聞いたとばかりに頭を左右に振る。


「芻狗は悪いものではないのでは?」


 男性が戸惑ったようにリーズとシュエを見ると、シュエは深いため息を吐いた。


「芻狗は使い終わったら捨てるもんじゃよ。あれは犠牲の代理品じゃからな。それをベッドの下に置かれていたら、悪夢を見るのも当然じゃ」

「えっと?」


 男性は納得していないようだった。リーズがかいつまんで芻狗のことを解説すると、さぁ、と彼の顔から血の気が引いて青ざめていった。


 使い終えた芻狗をベッドの下に置き、その上で眠ると悪夢を見るかうなされるという説明に、慌てたように家に戻ろうとする男性を引き止める。


「わらわたちも一緒に行こう。良いな、リーズ」

「シュエのお気に召すままに」


 十歳くらいの少女と二十歳くらいの青年のやり取りに、男性はふたりをじっと見つめてから、「決定事項……?」と呟く。


「それにしても、よく山に登ろうと思ったな?」

「どんどん母がやつれていくような気がして、つい」

「聞いてよいのかわからないのですが、父君はなぜ亡くなったのでしょうか?」

「化け物に、殺されたんだ」

「……ほう?」


 シュエは目を細めて、男性を見る。当時のことを思い出しているのか、彼はブルブルと拳を震わせていた。それは恐怖なのか、別の感情なのかは読み取れなかった。


「どんな化け物かはわかるのか?」

「いや。ただ、喰われたようで、ぐちゃぐちゃだったと聞いた」

「聞いた? 見たわけではないのですね」

「あ、ああ」


 リーズは「ふむ」と小さく呟いた。そして、視線をシュエに落とす。彼女は興味深そうに男性の話を聞いていて、ふと視線に気付いてリーズを見上げる。


「どうした、リーズ?」

「いえ、なにも」


 にこり、と追及を許さない笑みを浮かべるリーズ。シュエは肩をすくめてスタスタと歩く。


「そなたが暮らしている場所まで、あとどれくらいじゃ?」

「一時間もすればつくよ」


 男性について歩くこと一時間。彼の言った通りの時間で村についた。シュエとリーズも村に入ると、村人たちがこちらを見た。見慣れない人物を連れてきた男性に、厳しい目を向ける村人たちに、シュエはにっこりと微笑んでみせた。


「初めましてじゃ、村人たちよ!」


 いきなり大きな声でシュエが村人たちに声を掛けたので、村人たちはぎょっとしたように彼女に視線を集中させる。その視線を受けて、シュエは少しずつ前に出る。


 男性の前に立ち、村人たちの顔をぐるりと見渡す。


「なんじゃ? この村の人々は挨拶も返してくれんのか?」


 残念そうにしょんぼりと肩を落とすシュエに、村人のひとりがハッとしたように顔を上げ、シュエに近付いてきた。


「い、いや、すまない。初めまして、お嬢ちゃん」


 白髪の老人がシュエに声を掛けてくれた。


 声を掛けられたことで、シュエはぱぁっと表情を明るくさせる。それを見ていた村人たちは、彼女に近付いて「初めまして」と挨拶をしてくれた。満足げに微笑むシュエに、リーズが「まったく」と小さく言葉をこぼす。


「……すごいな。この村の人たち、よそ者嫌いなのに」

「シュエが幼く見えるからでしょうね。自分よりも幼いものを悲しませる気はなさそうなので、良かったです」


 淡々と言葉を紡ぐリーズに、男性は軽く頬を掻く。


 ――人間は脆い。それをシュエも知っている。


 リーズはシュエを見つめてから、彼女の隣に立ち村人たちに挨拶をする。ジロジロと見られて、リーズは少し眉を下げる。若い女性がきゃあきゃあとはしゃぐ姿を見て、シュエがプッとき出した。


「おぬしはどこに行ってもはしゃがれるのぅ」


「……褒め言葉として受け取っておきますよ」

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