さっきぶりですね

 「さてと。放課後になったな」


 初日の6時間の授業が全て終了。掃除とホームルームも終わり、部活に所属しない俺たちは帰宅だけとなった。


 だが、帰宅だけというのは少々大きく括りすぎだ。普通ならそれで問題ないだろうが、今回は違う。初日早々に面倒を片付けるタイミングを得た俺たち。それを淘汰するため、玄関で待つだろう先輩のとこへ行かなければならない。


 しかし当然ながら消えない疑問もある。


 「そうね。でも予想通り来るかしら」


 昼休み話したのは、プラン通りなら先輩は玄関で待ち伏せをするということ。しかし相手の思考パターンを全く知らない俺が、勝手な読みで正解行動を当てれるとは思わないのだろう。


 信頼していても、絶対とは思わない。出会って1ヶ月程度の相手に、音川は信頼あっても少し不安もあるらしい。


 「来ないなら来ないで、今後俺たちに接触することはないだろうから安心だな。こっちには録音機がある。それを俺から取らないと、先輩は今後もいつそれを暴露されるか気が気じゃないしな」


 「まぁ、貴方のことだから、何とかするんでしょうけど」


 帰宅の準備をして教室を出る。教室で出待ちも考えられたが、流石に人の多さに屈したか見当たらなかった。廊下も階段も、その後玄関に着くまで先輩は姿も気配も感じさせなかった。


 「ねぇ、録音はいつからしていたの?」


 玄関で履き替える時、気になったらしく音川から問われた。


 「家出てからに決まってるだろ?いつ会うか分からないんだからな。充電とか気にしてるならそれも大丈夫だ。常に休み時間とか騒がしい時間を使って、その都度オンオフを切り替えてたし」


 「用意周到というか、賢いのね」


 「脳のギフテッドと、病室16年の暇による勉強は伊達じゃないってことだ」


 3年間の死守は、それだけ俺に知識と警戒を学ばせてくれた。常に策は3つ用意し、どれが破綻しても敗北にならないよう模索し続けた結果だ。


 「病室16年にしては、父さんを守れるくらいの力もあるようだし、貴方のことが少し不気味に思えるわ」


 「今健康体なのは普通だろ。それに俺は今17歳で、退院から3ヶ月だ。触れば分かると思うぞ、俺がいかに普通の男子生徒で、脳の処理速度に頼っただけの武道未経験者ってのが」


 誕生日は転移したその日だ。既に1ヶ月経過しているので、16年という年月は有効活用できるのだ。


 「私より歳上なんて、何故か嫌な気分よ」


 「俺が何故病室で過ごしてたくせに力強いのかって話が軸で、お前から始めた話だったのに、なんでお前より歳上ってことで気分害するんだよ。ホント、お前って俺を下に見たがるよな」


 当然、冗談で言ってることなんて百も承知だ。


 「私、こういう性格なのよ」


 「何よりも先に、お前の取扱説明書を熟読しないとだな」


 読む気は毛頭ない。自然の成り行きで知れるだろうから、無駄に労力は使わない。


 そんな普通で、今日1日でグッと近づいた距離に喜びを噛み締めようとした時、俺のプランは崩れることなく続くことに。


 「おい、ちょっといいか?」


 「あら」


 いつもなら怯える頃か。しかし音川は俺の背中にほんの少し移動したものの、動きと言葉に震えはなかった。


 「さっきぶりですね。どうかしましたか?」


 「……ここだと話せない。少し場所を変えたいからついてきてくれ」


 「分かりました」


 何故ついていかないといけないのか、という疑問が生まれて普通は否定されるということを、先輩は頭の中に入れられていない様子。俺が承諾した理由も何も、今の先輩の中の危機感と一緒に処理する脳のリソースは足りてないのだろう。


 それから暫くついていく。音川もだが、途中で話すことはなかった。そして着いた場所。1分もないくらい歩いた、校舎裏というとこだ。告白の名所だろうか。


 着くとすぐ、先輩は振り返って改めて目を合わせる。昼休みの時と違って、ゴミカスの名に相応しい死んだ目をしているように見えた。


 「……さっきは悪かった。一方的な感情でお前たちを不快にさせた。すまない」


 これは予想外。返せと無理矢理言って口論するかと思ったが、案外こっちの人間は負けを認めて自分の非を詫びようとする選択肢を簡単に選ぶのだと知った。


 「だから、と言ってはなんだが、その録音に関しては削除してくれないか?」


 深く下げられた頭が上がると言われた。それは予想通り。


 「だってよ。どうする?俺は別に被害受けた側じゃないから判断できないぞ」


 「それは……」


 困るのは分かる。今後先輩が非道をしない絶対の理由がないし、消すことは抑止力を失うことでもある。これは先輩を信じることで成立する謝罪の受け取り。しかし、被害者は加害者を信じることなんて、不可能と言えるくらい有り得ない。どうするか、音川は聡明でも答えを出すのに時間を費やしていた。


 「まぁそうなるよな。だから俺が居るんだろうし」


 俺が任せろと自分で言ったこと。初めから音川に答えを出せると思っていないのだから、何も支障はない。


 「先輩って音川のこと、さっきのように足かけたりしてイジメてたんですか?」


 「……そうだな」


 「何故?」


 「……説明すると長い。だから端的に言えば、家柄にも恵まれて容姿にも頭脳にも恵まれた莉織を、無能な俺と比べて一方的にムカついてたんだ。だから足が悪いってことを狙って、個人的なストレス発散をしてた」


 「へぇ。昔からの知り合いなんですか?」


 「莉織は覚えてないと言うが、小学生の頃に3回。中学生の頃に2回、会社絡みのパーティで会ってる。そして後輩として高校生になって初めて莉織を見てから、俺を含め他人を避けることにもムカついて……つい」


 会社絡み。なんとも面倒そうな単語だろうか。子供の頃なんてわけも分からない場所に、わけの分からない年上の人間が集まる場に居て何が楽しいのやら。それには同情する。


 しかし、一方的なそれは聞き逃せない。


 「ということは、理由はあるけどしっかりゴミカスはゴミカスだったってことですか」


 「……何?」


 「自分の高いプライドが、音川の才能と高飛車のような振る舞いを嫌悪したってことですよね?」


 金持ちの息子だからこそある、摩天楼の矜恃。それが理由ならば、普通に許せないことだ。

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