変態の観察力
私の娘に、イジメられる原因を作るようなことは不可能だという言葉。そして左手に持たれた杖に、軽く体重を預ける姿勢。俺の頭の中で、イジメられているという心配が的中していたとして、十中八九彼女が杖を持つことに理由があるような気がした。
「あぁ……聞いていたのかい」
音川茂は不意をつかれたように動揺していた。本人に聞かれず、なんとか上手い具合に契約を済ませたかったと考えているのが一目瞭然だ。
「独り言にしては大きかったから」
それは確かに。
「それに、最近同じことを繰り返してるなら、今更夜遅くに人を連れ込んで長時間の話し合いなんて嫌でも察しがつくわ」
少し冷たいと言えるだろう。突き放すような言い方と、父に対して鋭く向けられた、いい加減にしろ、という意思の瞳は、それなりの経験を経てのこと。お世辞にも順風満帆とは程遠い過去を過ごしたと理解させられた。
「……だかね……」
「二度はないわ。もう夜も遅いから帰ってもらって、これ以上私の為に他人の時間を縛るような勝手なことしないで」
そう言うと、俺と会話するという流れもなく、目すら合わせてくれなかった彼女は部屋の外へ出た。その際見えた左足を庇うようにした歩き方。そして杖の慣れた使い方。おそらく生まれつき、というやつなのだろう。
「……ふぅ……悪いね。最近は更に殻に閉じこもったように冷たくて、どうも私には理由も何も話してくれないんだ。反抗期ならまだ嬉しいんだがね」
「まぁ……その類ではないでしょうね」
微かにだが捉えた発言時の両腕の力み。他人を傷つけたくて傷つけているんじゃない人間が放つ、性格に似合わない突き放す言葉。それを言う時の、自分という性格人格を殺した時の力み。彼女にはそれがあった。
分かりやすく言うならば、わざと突き放した偽りの発言をしたということ。
「すみません、先程の依頼というかお願いの件ですが、今から俺は彼女を追うので、それから戻った際にお答えしてもよろしいでしょうか?」
「ん?それはどういうことかな?」
「端的に言えば、俺が彼女――娘さんと直接話をするので、その結果で今後娘さんをサポートするか否か決断したいということです」
「構わないが……刺激しないようにしてくれるかい?」
「任せてください。これでも礼儀は弁えているので」
それだけ言って俺は部屋を出た。彼女の背中を遠くに確認し、普通に歩いていたら見失う距離を追いかける。そして歩きながら、自分の選択が一瞬で変えられたことに思わず笑みを零した。
俺は既にあの時答えは決めていた。しかし、彼女を見てそれは変わった。過去の自分と今の彼女を重ねたから、というのが大きな要因だが、それに加えて彼女は出会った頃のセラシルを彷彿とさせる態度を見せた。
自分を偽って他人を遠ざける。これから先、危険が伴うことを理解していたから無理に突き放して孤独にも王権を握ろうとしたセラシルと同じ態度。
更には、瞬間的に重ねるほどの態度と言葉使いと面影。見間違いだとしても、俺にとってそれらは、主として付き人になる価値に溢れた存在だった。
だから考えを改めた。彼女の未来を隣で見るのも面白い、と。
そしてすぐに追いついた俺は彼女の前に立った。進路を妨害するように。
「よっ」
礼儀は弁えている。そんなことは言ったが、誰も彼女に対して礼儀良く振る舞うとは言っていない。こういう時は自分をさらけ出して、俺という存在を嘘偽りなく記憶してもらうよう偽らないのが俺だ。
「……何?」
先程より更に増した冷たい視線。本当にそっくりだ。
「突然前に現れたのは悪い。だが、こうしないと止まってくれないと思ったからしただけだ。そして、何?って質問に対しての答えだが、それはもう分かってるんじゃないか?」
「いいえ。全く分からないわ」
そう言って俺を避けて横を通ろうとする。しかし再びその先に向かって止める。
「邪魔よ」
「俺は話を聞いて欲しいだけだ。聞いてくれたら答えを求めることもないから無言でこの場を立ち去って構わない。聞くだけなんだから、今ここで無理に逃げようとして怒り続けることの方が無駄になると思うぞ」
俺が良くても、サポートを彼女が拒むのならそれは交渉決裂ということ。相手の意見が大切なこの関係に、お互いが承諾しないなんてそんなこと認められないのだから。
提案に乗ってくれたようで、「分かったわ」と一言呟いて聞くだけ聞こうとその場に止まった。良かったとほっとして、俺はすぐに話を始める。
「ありがとな。それじゃ早速、年季の入った杖の使用から見てお前のその足は生まれつき悪く、親か親しい人から貰った大切な物は大切に使う情に厚いやつ。それで虚言を言う際の手の力みからそれらの発言はここ最近始めたか不慣れ。故に友人は少ないか存在しない。そう言われて図星だからとほんの少し杖を握る力が強まったとこを見ると、性格が形成されてから足のことを気にして、幼い頃からそれを続けて未だに不慣れ故に友人は存在せず、他人を傷つけるのに慣れない善人ということだ。俺を抜こうとした身のこなしの速さから、部屋を出て今ここに来る間に俺か父が連れ戻すことを期待してわざとゆっくり歩いた結果、見事に俺が引っかかって内心嬉しい。だからさっきより視線が鋭く過剰に反応した。これらの理由により勝手ながら俺のお前に対する思ったことを率直に伝える。お前は寂しがり屋で、今も尚足のことがあるからと他人を拒んでも、ホントは誰かに甘えたいと思う年頃の女の子、ってとこだな」
全ては憶測であり、確証のない俺なりの判断にて出た彼女に対する勝手な偏見。だから正解したとか思わないし、1つ合っていれば満足程度の説明だった。
けれど、何故か自信があった。彼女の仕草が明らか過ぎて、気づいてと言っているサインにも見えたくらいに感じたからかもしれない。俺の頭はとても都合よく解釈したのかもしれない。それでも、彼女への印象は不思議と大半が正解のようだった。
それは今の彼女の顔を見れば分かる。呆然だ。しかし即座に真顔に戻った。一瞬のことでも、集中していた俺には無限の時のように見えたのだから分かったが。
「……それで?話は終わりかしら?」
それでも彼女は自分を貫き通した。ここまで言っても過去を、未来を変えはしないと自分を封じて殺すことを決めたように問うた。
「まぁ、終わりだな」
「そう。ならさようなら」
思っていたより決然は決然だったらしい。見抜かれても泰然としているのは鉄パイプのように硬い意思がそうさせているんだろう。
どんだけ長い期間自分を殺してんだろうなぁ……すげぇ。
結局、自分から決めた約束を破るのは俺だったらしい。
隣を通り過ぎようとする彼女の前に再び遮るよう立ち塞がる。
「卑屈な女め。年相応に可愛く、そうだって頷いて私の下僕になりなさいって言えよ」
「邪魔」
「嫌でも俺はお前の前から退かないからな。部屋が近づいてきたらお前を抱えてまたここに戻って、説得するまで無限に続けるぞ」
「その時は警察にお世話になることね」
「んだよケイサツって。よく分からないけど嫌だな」
知らない言葉より先に、彼女を止めてどうにかサポートを承諾させたい。もうやけくそだ。お互いがメリットある関係なんて綺麗事は知らない。俺は彼女の本音を引き出すため、一切退かない。
「何故そこまでするの?」
「お前言ったろ?嫌々付き人にするなって。でも俺は嫌じゃないし、むしろお前の笑顔を引き出して、欲を言えば未来を見たいって思ったからだ」
「そんな綺麗事……どうせ顔かお金にでも釣られたんでしょう?」
「一応言うが、今回はお前の父を助けたから俺はここに招かれたんだ。それに顔に釣られた?……確かにちゃんと見ると綺麗なパーツが揃ってるな。いや、そうじゃなくて、顔じゃなくてお前の足に釣られたんだよ」
「……足に?」
消して変な趣味とか特殊な性癖ではなく、1人の人間として足に障害を持つことに興味を持ったんだと真剣な表情で伝えた。それを理解したのか、引いて軽蔑することなくただ何故?という疑問のように問い返された。
「俺は昔、ってここ最近までだな。ずっと病院の中で過ごしてたんだ。生まれつき15歳まで生きれるか、奇跡的に回復するかっていう極端な二択しかない短命の病気で特殊だった。でも奇跡的に回復して、今はこうして外を歩けるようになった。そんな俺がお前に親近感を感じたんだ。病気の種類は違うけど、お互い幼い頃から身体に障害を持って生まれて、幼い頃から狭まった未来を歩くことが決められたような今、お前に同情とは言わないが、寄り添って共に生きたいと思った。俺のことを出して説得なんてしたくなかったが、それくらいにお前をサポートしたいと思う俺の気持ちは、顔に釣られたとかそんな低レベルじゃないことは理解してくれ」
調べられても分かるよう、既に俺の過去は処理済み。この世界で生きてないのだから間違いだらけだが、それでも生前との辻褄は合う。一度死んだことが回復と言えるかなんて、そんなことは心底どうでもいい。今はただ、彼女のサポートを引き受けたい一心だ。
そうしないと俺の部屋も無くなるかもしれないしな。それに食事とか色々、衣食住が無くなるのはちょっとヤバいし。
「だから、って言うのもズルいけど、俺は本気でお前をサポートしたいと思う。もしお前が俺の言ったように自分を偽っていて、それを拭いたいという本音があるなら、俺を受け入れてくれないか?」
どうにかなると思っていた。しかし思ったより深刻な左足の桎梏は、彼女の背中を中々押さなかった。だから俺はやはり無理かと、決断を鈍らせただけでも十分か、そう思った時だった。
長い沈黙の後、彼女は言う。
「……貴方は嫌じゃないの?……他人から体についてチクチク視線が向けられるのは……」
なんだ。そんなことか。
「全く。というか俺の場合は常に病室だったから、そういう意味ではもう受け入れて諦めてたってのが強いな。でもな、俺は1人じゃなかった。チクチクする視線に友人を巻き込みたくないとか心優しいお前は考えるんだろうけどな、お前が思ってるほど仲間とか友人ってのはお前を想ってるもんだぞ。だからそんな視線は気にすることでもないんだ。それに、哀れみの目を向けられるからこそ、友人たちの存在が大きく治癒として働く。嫌われたり突き放したりしなくても良いんだ。まっ、今のお前には分からないだろうから、友人がどう効力を発揮するか、俺を付き人にして試してみるといい」
「…………」
再び沈黙が始まる。長考の中に答えがあるとして、俺はどう答えが出ても良いと思った。これだけ伝えて心が動かないのなら、それは彼女が決めた未来の生き方ということ。
そこに異世界から来ただけの謎の男の考えは不要だ。今ですら邪魔として扱われるくらいなんだ。潔く引き際を見極めて、未知なる世界に飛び出すことにするしかない。
でも沈黙が消えそうな予感と共に、それは絶対ないからこそ決めれた覚悟だと理解した。彼女が答えを出すと同時に、俺はこの家で住むことが可能になると不思議と確信していたから。
「……貴方って不思議な人ね。嘘をついているようで全く嘘をついているとは思えない感じと、下心のない純粋な頼み事をしているような面持ちは……哀れみなんて含まない本心のように感じるわ」
「まぁ、嘘ついても調べればバレるしな。今ここで本当を伝えないと、お前からの信頼は全て失うのなんて火を見るより明らかだろ」
「そうね……」
陽気で実力と証拠があるからこそ、真面目な時は信頼される。今の彼女に疑いは拭われたように感じた。それは即ち。
「正直、説得された今ですらまだ私は貴方を認めていない。でも、貴方は信頼できると思い始めている」
「それは俺を付き人にしてくれるってことか?」
「……それは……まぁ、初めは付き人として様子を見るのも悪くないと思っているわ」
付き人。それは友人として始めたかった彼女にとっては好ましくないのかもしれない。だが、俺にとっては付き人の方が慣れているから、この未知の世界でも人に従うという名目上、動きやすさは生まれるから大歓迎だ。
「そうか。二言はないよな?」
「……何か裏がありそうだけれど、貴方の色々を聞いて、今更卑屈になって物事を考えることは良くないと思った。だからこれを機に少し私も意識を変えるべきだと思うわ。だから、ない、ということにしてあげる」
それは承諾を取り消すことは今考えていないということの証明でもあった。だから結果として、お互いに了承した関係の完成。今この瞬間より、俺の様々なことが決定した。
まず先に押し寄せるのは安堵。安全を確保できたことは何よりも良かった。だからつい、本音も出る。
「そうか。それは良いことを聞けた。ふぅ……卑屈で面倒な性格だな、お前って。説得に苦労するの久しぶりで疲れたぞ」
「……それが貴方の本性かしら?」
「否定はしなーい」
「もしかすると、私はバケモノを付き人にしたのかもしれないわね」
「おいおい。これでも一応本気でお前の付き人になろうとした下僕の鑑なんだぞ?そんな紳士をバケモノとか、主様はどうも女王気質があるようで困ったな」
「……人との関わりを避けてたから、貴方とどう接したら良いのか分からないだけよ」
急に素直になるので、まるで人が変わったような対応に驚くのは必然だった。
「まっ、それは俺もだし、一緒に分かるようになっていこうぜ、主様」
「それ嫌なんだけれど。私は
「うぃー。んじゃ音川で。俺は長坂七生。下僕でもゴミでも好きに呼んでくれ」
「っそ。それじゃ下僕、今から父さんのとこに行くんでしょう?一緒に行くわよ」
「……わぁお。人を避けてたくせに容赦ないんだな」
お互いに性格の隠し事はなしということだろうか。俺に関しては隠す気はないが、音川に関しては少し隠した方が生活しやすいと思うのは、俺がこの世界の女子の罵倒と躊躇ない性格をまだ分かってないからか。
とにかく……嫌われてなさそうで良かったか。好発進好発進。
そうして下僕の俺は、主となった音川と共に先程の部屋へ戻った。そこには当然、1人椅子に座って待つ音川茂の姿があった。
「すみません遅くなりました」
「おぉ……おや、莉織も……まさか本当に連れて来るとは」
驚きつつ嬉しさを表情に出すことを隠さない音川茂。しかしそんな父を見て早く伝えて終わりたいと思っていたのか、音川は淡々と話し出す。
「父さん、さっきは失礼なことして悪かったわ。だからそのお詫びと言ってはなんだけれど、私、彼を付き人にすることを認めるわ」
お詫びで付き人選びかよ……。
しかし今は照れ隠しとして受け取ることにする。そうでないと、こんなワガママそうな性格を秘めた音川を今後支えられる自信がないから。
そんなことを考えているうちに、音川茂の顔は驚きと安堵を表現するよう、なんとも複雑な相好を見せていた。
「……そうかい。長坂くんが行った時はどうなるかと思っていたが、腕っぷしだけでなく頭の方も冴えた人だったとは」
「そう評価されるのは嬉しいですが、娘さんが賢かったというのが、ここに共に居る最もな理由ですよ」
俺はただワガママを言っただけ。それに考えを改め応えた音川が全てを決めた。それが事実である以上、俺は活躍などしていないに等しい。
「ということよ。それ以上言うことはないわ。彼を連れて来てくれたことは感謝してる。ありがとう」
「良いんだ。偶然が重なっただけだからね」
「それじゃ、私はもう寝るわ」
「そうするといい。長坂くんはこの後少しだけ話がある。残ってくれるかい?」
「はい」
そうして簡単に承諾の意を伝えると、音川はすぐに部屋を出ていった。そして残った俺と音川茂。何を話されるかと楽しみにしたが、この世界についてある程度知って学校に通う方が良いと、これより1ヶ月の期間で基礎知識を頭の中に入れろという話だった。
実に嫌悪感最大の話だったが、それもまた今後の為と思えば苦しみ半減だ。
そしてもう1つ――。
俺は音川茂と話を終えて、次に音川莉織の部屋の前に来た。ノックして迎えられるので入る。
「良かったな。俺が居なかったら今頃友達ほちーって泣いてたとこだったんだろ?俺にも感謝しろよ?」
「……女子の部屋に入って早々バカにして何の用かしら?」
「いやー、俺ってこの家に住むことになったんだけどさ」
そこで間を置かずに「は?」と返ってくる。だがそれを無視して続ける。
「他の部屋は使ってなくて掃除しないとだから、今日はお前の部屋に寝ることになった。ということで、よろしくな」
平然と伝えた。生前の世界ではよくセラシルの部屋に寝泊まりしていたから、今更こんなことで心揺れることもない俺は、邪な気持ちなんて一切なかった。
でもそれは俺だけ。聞いてすぐ、音川は言う。
「は?頭おかしいんじゃないかしら」
至極当然の反応だ。
「床で寝るから気にするな」
「そういうことじゃないわ」
「んじゃ大丈夫だな」
「……どこがよ……はぁ……まぁいいわ」
「お前もどうせ、話し相手が見つかって嬉しいのを噛み締めてるんだろ?付き合うから楽しく仲を深めようぜー」
「…………」
下僕になると決まってから声が高くなって睨むこともなくなった音川。分かりやす過ぎるので、そこは今後も見たいということで指摘しないでおく。
そんなこんなで、俺は無事に異世界に来て初日を終えた。壁にぶち当たることもあったが、これもまた運命のように守りたいと思えて未来を見たいと思える相手も見つかった。
その僥倖を今後どうするか、楽しみにしながら俺は、意外と喋る音川のお喋りに意識朦朧と適当に返して夢の中へと誘われた。
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