第34話 呼び出し

 苺花と一緒に寮に戻ると、柚葉、愛梨、桃音の姿がそこにはあった。三人とも苺花と同じ、自信に満ち溢れた表情で、リビングに集まっている。苺花がランドセルを置くと、四人はお互いの顔を見つめながら、大爆笑をし始めた。

『あははははははははははは』

「ことの経緯を説明してくれるかな?」

 お腹を抱えながら涙を浮かべる四人に、俺はいたって冷静な表情で声をかける。テーブルの上にはボイスレコーダー。この間俺が一哉から貰ったものだ。牧野先生に没収されたものでもある。なんであれがあそこにあるのか。

「おーい」

 俺が呼びかけても、四人はなかなか笑いのツボから抜けられないようだ。呆れて俺が眺めていると、ようやく笑いから覚めて来たのか、柚葉が涙をぬぐいながら口を開いた。

「私たちがやったの」

「何を?」

「あははははは」

 まただ。また笑い転げ始める少女たち。洋画のコメディドラマじゃないんだから。

「はー。お腹痛い。聞いたでしょ? お昼の放送」

「ああ、わけのわからんあれな」

「あれ、愛梨たちが流したのです!」

 うん、大体予想はしていた。あの時の、苺花の自信に満ち溢れた表情。そして手にされたボイスレコーダー。

「あれは、職員会議を録音したのか?」

「そう! バレないように録るの、大変だったんだよ!」

 決して褒めたたえるようなことではないが、今回ばかりはよくやった。

「先生たちがみーんないなくなったところで、突撃したのよ!」

「職員室……みんなパニック……」

 柚葉がガッツポーズをする。少し犯罪のような香りもするが。

「楽しかったなあ。放送室をジャックするの」

「悪者に……なった気分……」

「馬鹿ね。そこは正義の味方でしょ」

 わいわいとはしゃぐ四人たち。その姿はまるで、大金を手にした強盗団のよう。

 何はともあれ、ボイスレコーダーを奪い返すことが出来てよかった。あとはこれを教育委員会に提出するだけ……。

「ん?」

 何かが引っ掛かる。苺花たちは職員会議を録音して流したんだよな? それはいいんだ。でも、ボイスレコーダーは職員室にあったんだろ。じゃあ、あの会議は—―

「蒼真? どうしたの?」

「何よ、そんな顔して」

「なあ」

「です?」

 なんだか嫌な予感がする。この先を、聞いてはいけないような。でも、このままにしてはいけないような。俺は恐る恐る口を開く。

「どうやって録音を流したんだ?」


   ◆◆◆


 憂鬱な気持ちで静まり返った多目的室へと入る。そこにいたのは、厳しい表情で俺のことを待っていた牧野先生。目の前に置かれた長机の上には一台のスマートフォン。それに視線をやると、彼女は表情一つ変えぬまま、話を始めた。

「それ、あなたのだったんですね」

「……」

「今日までに持ち主が名乗り出なければ、携帯会社へ持っていくつもりでした」

 さっきよりも厳しい目つきで俺のことを見つめてくる。本当は圧倒的にこいつの方が悪いことをしているのに、何も言えない自分に腹が立つ。どうしようもない。だってこの事実は牧野先生だけじゃない。教職員全員に知れ渡ってしまっているのだから。

「ふん。やはりあの時実習を止めるべきでしたね。どうせ、私への憂さ晴らしのためにやったんでしょう。それがまさか自分を苦しめることになってしまったなんて。笑ってしまうわ。あっはっはっは!!」

「っ……」

 昨日、苺花たちは放送室で俺のスマホから職員会議の録音を流した。実習中は学校に持っていくことが出来なかったので、寮のリビングに置きっぱなしにしていたのを柚葉が見つけたらしい。ボイスレコーダーの代わりになると思ったらしいが、放送途中で先生が入ってきそうになった時、スマホを置いてそのまま逃げてしまったのだ。取り残された一台のスマホ。それを拾った先生たち。職員室に侵入して奪い返す事はできまい。今日の朝、俺は正直に自分のだって名乗り出たというわけだ。本当に、一哉には悪いことをしてしまった。苺花たちは「自分がやったって謝る」と言っていたが、これ以上問題を起こしてしまったら、寮を卒業できなくなってしまうかもしれない。それだけは避けたかった。せっかくここまで来たというのに。

「あら、さっきから一言も言葉を発さないのはなぜかしら。敗北を認めたのね!! あっはっはっは!!」

「そんなんじゃねえよ」

 こいつの言動にはいちいち腹が立つ。その勝ち誇ったような顔。今すぐボッコボコにしてやりたい。俺は感情が爆発してしまわないよう、きしむ音が聞こえるくらい歯を食いしばり、爪が食い込んでしまうほどに拳を強く握りしめた。

 そもそも、彼女が生徒にパワハラしていなければこんなことにはならなかったんだ。平穏な生活を送ることができた。一人の人間がこんなにも俺の人生を左右してしまう。

「これ、返してくれるんだろうな」

 というか、返してもらわないと困る。俺は彼女の方を睨みつけるような目で見つめると、もちろんとでも言うように彼女は頷いた。

「ええ、返しますとも。でも、分かりますよね?」

「は?」

「本来だったら、もうこれ以上実習に参加することはできないし、退学になるようなことをしたんですよ。でも、私が! 先生方にお願いして、私が! 最後に授業をさせてあげるよう、私が! 頼んだんです。そう、私が!!」

 どれだけ自分のことを強調したいんだ。私が私がって、自分大好きかよこいつ。

「ボイスレコーダー。あなたが持っているんですよね?」

「……」

 ああ、そういうことか。なるほど、理解した。思わず頬が緩む。それと同時に、牧野先生の目も光輝いた。様な気がした。

「分かった。約束は守るよ」

「ふっ。それでいいのです」

 その言葉を聞き、俺はスマホを受け取る。他の先生に言われた通り、この場で職員会議のデータを消した。牧野先生がそれを確認すると、多目的室を出ていく。時刻はちょうどお昼。俺は彼女と少し距離を置いて、最後の授業をするため、俺は苺花のいる教室へと向かった。

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