第18話 ギャグ漫画?
一斉に参加者が走り始めた。一年生から六年生までの生徒が、混ざってカードの元へとダッシュする。
「さあ始まりました! カードの中身は摩訶不思議。意外なあの人物やあんなものの名前まで、借りるのも少し戸惑ってしまう何かが書かれています」
台本を読み進めていくと、何やら違和感を感じた。
「例え放送事故のようなことが起ころうと、先生たちは一切の責任を負いかねます。学校外から借りてきても大丈夫です」
これは……どこからどう読んでもおかしい。一切の責任を負いかねませんなんて、先生たちが言ってもいいセリフなのか? さっき一哉と桃音が書いたものよりひどいカードがあったりするのか。もしかしたらあれは、まだマシな方だったのかもしれない。
「さあ、最初の一人がカードを引いたー! 中に書かれているのは、お父さんの臭い靴下だー!」
お父さん公開処刑。保護者であろう観客たちが、一気にざわめき出すのが分かる。みんな、今カードを拾った少女の父親が誰なのか気になっている様子だ。これ、わざわざ臭いだなんて書く必要があるか? いや、全国のお父さんはみんな足が臭いのが常識か。
「さあさあ、みんな五十メートルを走り終えてきている。次にカードを拾ったのは白組! カードの中身は、腐ったお弁当!! 続いては赤組!! 四葉のクローバー!!」
これ作った人、頭大丈夫かな。赤組の子、三角広場まで走って四葉のクローバー探しに行っちゃったけど。これは、かなり時間がかかるぞ……。
「校長先生のネクタイ!! ダイヤのネックレス!! 三十センチ以上の髪の毛!! 普通のお題が続いているー!」
それが普通なんだけどね。こんな変なお題を出す小学校、どこ探しても絶対見つからないぞ。
カードを引いた生徒が全員グラウンドから消えた。次の出番の生徒たちが、不安そうに顔を見つめ合っている。無理もない。もしも俺が生徒だったら、多分これバックレてるから。小学生の純粋な心、恐るべし。
「おっと、赤組が一人戻って来たー! 持っているのは、お父さんの臭い靴下!」
「審判さん!! ちゃんと臭いです!!」
そんなこと言わなくてよろしい。
少女が走って来た方を見ると、グラウンドの隅で奥さんらしき人物に慰められている男性がいた。あ、あの人が君のお父さんか。娘に臭いだなんて言われて泣いちゃってるけど。
審判の方を見る。靴下の匂いを嗅ぎ、不快そうな表情を浮かべているのがテント越しに見えた。もう可哀そうだからやめてやれ。
「合格が出た模様です。あとはゴールまで走るだけ。おっと、みんな順調そうだ。続々と審判の元まで駆け寄っている!」
ネクタイ、髪の毛、ネックレスとみんな順番に借り物を見せている。少しすると、四葉のクローバーを発見した赤組の女の子が走ってやって来た。審判から合格サインを貰うと、一斉にゴールまで走り抜けていく。
「腐ったお弁当は難しいか?」
白組の男の子が戻ってこない。グラウンドを眺めてみても見当たらないし、一体どこまで探しに行ったんだろう。さすがに校内にはいるよな? もう他の五人はゴールで退屈そうに突っ立っているけど。一応全員が終わるまで第二レースに移ることができないルールになっているが。
「……え?」
西門の奥の方、誰かがこちらへ向かって走ってくるのが見えた。白組の男の子だ。長方形の何かを手に持って、必死の形相でグラウンドへと入って来る。もうすでに自分以外の参加者たちがゴールしているのを見て、少し残念そうな顔をしていたが、それでも男の子は審判の元へと向かう。
「合格」
男の子が手にしていたもの、それは、コンビニ弁当。
「……」
小学校の運動会の借り物競争で、学校外まで何かを借りに行った歴史がこの世に存在するのだろうか。いや、まだ枯れ葉や通行人だったら分かるが、腐ったお弁当だぞ。小学生の男の子がすぐそこのコンビニまでわざわざ腐った廃棄弁当を貰いに行ったんだぞ。教師たちも何か言わないのか? そもそも借り物が腐ったお弁当だっていうのがおかしいと思うんだけど。
「白組、今ゴールしましたああ!」
パンッパンッとピストルの音が鳴り響いた。勝利した赤組の喜びの声が聞こえてくる。それに対し白組は、戦に負けたくらい悔しい顔をしている。そんな顔しなくてもいいんだぞ。だって、全てはこのお題が悪いんだから。
「続いて第二レースです」
みんなの準備が整うと、俺の合図とともにピストルの音が鳴った。一斉に走り始める生徒たち。二レース目のお題も散々だった。太った男が首にかけているタオル、使いかけのトイレットペーパー、カツラ、いまだにお母さんと一緒にお風呂に入っている男性など。小学校はおろか、高校の体育祭でもこんなお題出されているのを見たことがない。これじゃまるでギャグ漫画だ。
でも不思議なことに、時間こそはかかるがみんな自分が引いたお題のものを必ず借りてくるのだ。たまたま母と毎日一緒にお風呂に入っているお兄ちゃんを持った女子生徒がいたり、鼻をかむためにトイレットペーパーを持ち歩いている保護者がいたり。第三レースも、一、二と同じく散々なお題が続き、続いて第四レース。最後の戦いが始まろうとしていた。
いよいよ柚葉の番。一哉と桃音が書いたお題は、全部第四レースに紛れ込んでいるらしい。さっき二人から二つづつお題を聞いたから、残りは多分まともなやつだ。どうか柚葉、変なカードを引きませんように。
「第四レース、準備は整いましたか?」
ちらりとグラウンドに目をやる。赤い旗を持った体育委員の生徒が、俺にウインクをした。どうやら準備はばっちりらしい。最後のレースだけあって、周りには緊張感が漂う。柚葉も少し顔をこわばらせているのが分かった。
「位置について」
走者の構えた拳にぎゅっと力が入る。一哉と桃音も、真剣な表情でグラウンドの方を見ていた。そんな二人をよそに、俺はマイクを持った手に力を込める。
「よーい……スタート!」
今日一番の歓声が上がる。ひときわ太鼓の音が大きくなる応援団。ビデオを構え続ける父親たち。柚葉含めた走者たちは、一斉にカードのある方へと走りぬける。
「四年赤組、早い、早いぞ! 後ろにいる走者と圧倒的差だー!」
「おお!」という客席の声。柚葉、こんなに運動神経抜群だったんだな。これは借り物次第では圧倒的有利になるんじゃないか?
「さあ、カードを引く。お題は……と、ともだち!?」
普通! 今までのカードの中で一番普通。普通過ぎて逆に違和感を覚える。これは柚葉、チャンスだぞ!
「一位もらいっ」
そう言ってガッツポーズをしている。そして、グラウンドの外へと全速力で駆け抜けていった。
「白組四年、運がいい。今のところ、暫定一位だー!」
その言葉と共に、残りの五人がぞろぞろとカードを拾っていく。お題は、Dカップの美少女だの女装が好きなおじさんだの。さっき柚葉と一哉が書いたものたち。一枚だけ、テストの問題用紙という難しいような簡単なようなものが混ざっていたが、ま、先生たちがどうにかしてくれるだろう。
「はいはい! 彼氏募集中の女です!」
グラウンドの奥の方から、保護者の中に混ざってぴょんぴょんと飛び跳ねる一人の少女がいた。高校生くらいだろうか。隣にいるのはきっと父親だろう。自分の娘の発言にショックを受けているのが目に見えて分かる。
すると、彼氏募集中の女のカードを引いた小学一年生の男の子が、少女の元へと駆け寄った。そして手を引き、審判の元に駆け寄る。すぐさま合格のサインが出され、男の子はたどたどしい足取りで、ゴールへと向かう。
「さあ、白組がリードしている!! 残りのみんなさんも頑張って下さい!! 時間はまだまだありますよ!!」
あれ、そういえば柚葉が戻ってこねえな。友達が見つからないのか。こんなに簡単なお題だっていうのに、もったいない。
続いてウィッグを付けたフリルのおじさんを連れて赤組の女の子が最後の五十メートルを走り始めた。こんな意味不明なお題だっていうのに、順調順調。
「柚葉ちゃん、戻ってこねえな」
「あれは……サービス問題だった……」
俺と同じく、二人ともなかなか姿を現さない柚葉に首をかしげている。まさか、さっきのお弁当みたいに外まで探しに行ったりしてないよな!? いや、お題的にそれはないか。いつも友達とわいわいしてるし。
「なあ、いせみ――」
後ろを振り返る。すると、そこにはハンカチで目元を押さえながら泣きじゃくっているいせみんの姿があった。赤色のハチマキを巻いた女子生徒に、ブラウスの袖を引っ張られている。
「先生、昨日は合コンだって言ってたでしょ!」
「ち、違う! それに私は振られてなどっ……ううっ」
「助けて」と涙目で俺の方を見てくる。ああ、桃音の書いたあのカードを引かれたのか。ごめん、俺にはどうすることもできない。だって俺は運動会をするうえで大事な大事な実況を任されているんだからな。誰かさんに頼まれて。
「みんな次々と借り物を手に入れているが――」
「……」
そろそろ彼氏募集中の少女の手を引いた男の子がゴールしそうだ。白組の生徒の声がひときわ大きくなる。
「何やってんだよ柚葉……」
周囲から溢れ出る歓声。必死に借り物を探す走者たち。そして、いつまで経っても姿が見当たらない柚葉。これには桃音も心配しているのか、不安そうな顔で眉間にしわを寄せている。
「あの子、おっそいなあ」
一哉も異変に気付いたようだ。あの柚葉が、こんなことで躓くわけない。きっと誰もがそう思っている。キョロキョロとグラウンドを見渡した。その時――
「柚葉!?」
「蒼真!」
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