第14話 仕返し

「ま……蒼真……」

「ん、んん」

 なんだ。誰かの声が聞こえる。

「蒼真……蒼真ってば!」

「はっ!!」

 名前を呼ばれ、俺は思い切り目を見開いた。焦点が定まらない目線。頭がぼーっとする。あれ、俺なんで……。

「蒼真!! もう午後なのです!」

 その声は、苺花と、愛梨……?

「やべ! 寝てた!」

 慌てて飛び起きる。そうだ。俺あのあとベッドに飛び込んでそのまま――

「ってええええええええ! 三時!?」

 三時って、深夜の三時? ちょうど丑三つ時が過ぎ去った時刻の三時か? いや、そんな時間に二人が起きているわけがない。じゃあ今は……。

「蒼真が起きないから、朝ごはんもお昼ご飯も全部自分たちで用意したのです!」

「ほんと、大変だったんだから!」

 え、じゃあ俺昨日の夜から今までずっと寝てたってことか? はぁ、なんてことだ。最近寝不足が続いていたとはいえ、さすがに寝すぎだ。

「柚葉ちゃん怒って泣いちゃうし、桃音ちゃんは部屋にこもっちゃうし」

「え?」

「とにかく来てくださいなのです!」

「ちょ、ちょっとっとっと」

 二人に腕を引っ張られ、俺はベッドから転がり落ちる。その勢いで、ベッドの足に思い切り頭をぶつけた。

「いって……」

「早く! なのです!」

 俺は頭を押さえながら、ゆらゆらと立ち上がった。俺が寝ている間に、柚葉と桃音に一体何が。焦りとモヤモヤを抱えたまま、俺は二人に引っ張られ部屋を出た。


   ◆◆◆


 経緯はこうだ。柚葉は俺からの地味な嫌がらせに嫌気がさし、桃音に怒りをぶつけた。本格的に柚葉に嫌われたと思った桃音は、自分の部屋に閉じこもってしまったらしい。

「う、うっうう」

 柚葉の服の袖が涙でびちょびちょだった。雑巾のように絞れるくらいだ。目を真っ赤に充血させ、泣きじゃくっている。

「柚葉……」

 声をかけても、泣き止む様子はなかった。この間テレビで聞いた、やられたらやり返す。それを聞いて思いついたんだ。柚葉が桃音と同じ思いをすれば、反省するんじゃないかと。自分の犯した過ちに気づいて、謝ってきたりするんじゃないかと。

「ごめん」

「うっ、あんたなんかっ大っ嫌いっ」

「柚葉ちゃん」

「柚葉……」

 二人が心配そうに柚葉のことを見つめている。これは、さすがにやりすぎてしまったかもしれない。小学生相手にあんなこと。大人げなかったかもしれない。

「ごめんな。柚葉。ひどいことばっかりして」

 でも、俺は間違っていない。これには絶対やる意味があった。そう、絶対に。

「でもな――」

「うっぐすっ」

「いじめられるって、こういうことなんだ」

「……」

「桃音はずっと、毎日、学校でこんな思いをしてきた。だから学校にも行けなくなった。そう、柚葉のせいで」

「蒼真!」

「言いすぎなのです!」

 二人の声なんて、俺には届かなかった。今の俺は誰にも止められない。

「自分のミスを他人のせいにして、自分だけいい気になって、裏で誰かが苦しんでることも知らずに!」

「……」

「お嬢様気分を味わった感覚はどうだった? 気持ちよかったか?」

「……」

「なあ!」

「うるさい!」

「っ……」

 柚葉は顔を真っ赤にし、体をわなわなと震わせている。その様子を見ていた二人が止めようとしたが、無駄だ。

「うるさいうるさいうるさいうるさい! 自分を守ることの何がいけないの! あたしだって……あんなこと……」

「……」

 沈黙が流れる。外から小学生たちの楽しそうな笑い声が聞こえた。それとは裏腹に、ここは地獄のような空気。俺は唇を固く結び、唾を飲み込むと、大きく息を吸い込んだ。そして、再び口を開く。

「悪い。言い過ぎた」

「うう、ううううう」

「……」

 普段強気な柚葉の泣き声が、部屋中に響いた。涙で顔をくしゃくしゃにして、毛穴という毛穴から液体を垂らしながら。両手で顔を覆って、今にも爆発しそうな表情で。

「でも、俺知ってるよ。柚葉が本当は優しい子だって」

「……」

 柚葉の泣き声がやんだ。前髪で表情は見えないけど、少し落ち着いたみたいだ。俺が続きの言葉を言いかけようとした。

「っ……」

「あ、柚葉……!」

 しかし、一度も俺と目を合わす事のないまま、柚葉は部屋を出て行ってしまった。苺花も愛梨も、気を使って彼女の後を追いかけようとはしなかった。

みんな今夜は夕飯を別々に食べ、あれから一度も柚葉と顔を合わすことはなく一日が終わった。寮は気まずい雰囲気を残したまま、運動会当日を迎えたのである。

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