3 タスク

第9話 ジャンクヤードへ

 第三の月が中天へのぼるタイミングを選んで回収に向かったが、その必要はなかった。


「妙だな……」


 最新鋭の装備に身を包んだ兵士の一人がそう漏らした。


「電源の復旧までどれくらいかかる?」

「十分ほどかかるはずです」


 今回向かった場所は、中央制御端末の認証キーの回収だった。それがあると検知したのは中央街のレーダースキャンだったが、そのスキャンに反応する為には、電源が落ちていない必要があった。


 だとすればなぜ電源が落ちたのか、現在バックアップチームを中央街から呼びつつ、電源を復旧させているが、完全な復旧には数時間かかるはずで、元老院からは不満が出ている事だろう。


「全く……」


 彼はため息交じりに、起動の進捗率をじっと睨む。


――今回の回収が上手く行けば、君達にも席を用意しよう。


 彼らは、帰還する時に冷凍睡眠装置の使用を約束された人間だった。


 当人たちは知る由もないが、既に無い席をエサに、多くの人々は元老院に縛られている。バイルが発見した冷凍睡眠装置の故障は、元老院たちのみが知る事実で、多くの人々は再び本星へ帰還することを夢見ているのであった。


「――隊長、電源復旧終わりました!」

「よし、バックアップチームに引き継ぐまで待機だ」


 本来ならELFの生成を承認し、素体を連れかえれば終わるはずの任務で、遅くとも夜明け前に帰還できる予定だった。


 しかし、今外では日の出が見えている筈で、随分時間を食ってしまっている。予定は狂いに狂っていた。


「くそっ……」


 隊長は一人、誰にも気づかれないように悪態をついた。



――



 朝、目を覚ますとケイとジャンヌが親しげに話していた。


『そうですねぇ……私が思う一番おいしい肉は鳥型の原生生物のものですね』

「なるほど、でしたらチキンカレーがお口に合うかもしれません」

『またカレーですか!? ジャンヌさんカレーばっかりおすすめしますよね!?』

「……楽しそうだな」


 スピーカー越しに喋るのは、ケイの正体がバレる可能性があり、なるべく避けたかった。だが、どうやらジャンヌとは楽しい話をしていたようなので、咎めることはしなかった。


「おはようございます。バイルさん」

「ああ――寝なくていいのか?」

「はい、必要ないので」


 エルフは人間ではない。その知識はあっても、そう言われると本当に大丈夫なのかと不安になる。


『今日はどうしますか?』

「そうだな……食料の確保はもちろんだが、ジャンクヤードには行っておきたい。その為には――」


 俺が言いかけた時、事務所の端末が着信音を発した。


「はい、バイルです」

『お、今日は早起きしてるんだな。悪いが、ちょっと頼まれてくれないか?』


 通話の相手は顔なじみのザルガじいさんだった。


「なんだよ、また腐食した小型コンテナでゴキが出たか?」

『そんなんじゃねえよ。ボイラーが一つ必要になった。とりあえず動く奴なら構わねえから、見繕ってくれねぇか?』


 ザルガじいさんは、中央街から供給される水を扱う人間の一人だ。どうやら温水を供給するための装置が故障してしまったらしい。


「ボイラー? どうせ暑い昼にボトルに水入れて外に置いとけば充分だろ。俺はこれからジャンクヤードに用があるんだよ。それにそろそろ飯の調達も――」

『ジャンクヤードに用があるならちょうどいいじゃねえか、報酬はこっちで食材を調達してやるから、頼んだぜ』


 ザルガじいさんはそれだけ言うと、通信を切断してしまう。仕方ないな……俺は溜息を吐いて、二人に向き直ると今日の行き先を告げる。


「ジャンクヤードに向かうぞ」

「ジャンクヤードとは何でしょう?」

『実際に見た方が説明するよりもずっと分かりやすいですよ』


 ジャンヌの疑問に答える代わりにケイはそれだけ言って俺の身体へとひっこんだ。



――


 二輪車を走らせつつ、横に見える巨大な構造物――中央街をちらりと見る。


 ノアを包み込む巨大な隔壁はドーム状になっており、内部と外部を完全に切り離していた。生活排水などはノアの物を流用すれば完全に内部で循環したものを作れるものの、問題はそれ以外――定住する以上は、構造体を作り、そこで暮らす事になる。廃品や老朽化した建材などは行き場を失うことになる。


 それらが外部へ排出される門。そしてその廃品たちが高く積まれ、黄土色の大地に土砂のように広がっている場所。それらを総合して俺たちはジャンクヤードと呼んでいた。


「すごいですね、色々なものがあります」

「まあ、どれもこれも廃品ばっかりで、そのまま使えるものはほとんどないがな」


 機械類の修理は、墜落直後はともかく、最近は技術の継承も行われていないことも多く、乗組員の中にもオペレーターは多く居たが整備士はそこまで多くない。なので製造、修理ができる人間は少なかった。


 ただでさえ少ないというのに、整備士はノアの修理にかかりきりで、尚且つ五〇歳を超えれば端街へと追いやられる。少し考えれば無謀だと分かりそうなものだが、どうやら元老院たちはそう考えていないらしい。


 だから結局のところ、この星の鉱床から原材料を採掘し、ほぼ使い捨ての機械製品を大量に生産し、大量に消費する。そう言った前時代的なサイクルが出来上がっていた。


 俺たちは、他の廃品を漁る人間たちの間をすり抜けて、二輪車を押していく。


――ボイラーでしたっけ? あるでしょうか……

「完動品を回収業者(スカベンジャー)が見逃してるって事はまずないだろうな。いくつかの廃品を共食いさせて物を作るぞ」


 共食いとは、昨日加熱器を直した時にやったような、二つの故障品から無事な部分を組み合わせて動作する物を作るということだ。


「あと、そろそろ事務所に来客用のベッドを置いておきたかったんだ。それも探していこう――行くぞ、ジャンヌ」

「……あ、はい」


 ジャンヌに声を掛けると、彼女ははっとしたように付いてきた。そうか、ケイとの会話が聞こえないから俺がうわ言を言ってるように聞こえてるんだな。スピーカーを背負う訳にもいかないし、どうしたものか……

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