第7話 カレーライスもどき
「ついたぞ」
「んぅ……」
端街まで帰還した俺は、布を頭から被ったジャンヌに声を掛ける。真夜中過ぎから潜入し、探索を終えて外に出た時点で夜明け、端街まで戻ってきたのは丁度夕暮れ時だった。
一応熱中症や脱水症状などに注意して気にかけていたが、どうやらそれでも彼女には少々つらかったようで、随分とぐったりしていた。
「本当に人類はこの星で種を繋いでいくつもりなのですか……?」
「さあな、それを決めるのはお偉いさんだ」
二輪車を車庫にしまって、盗難防止のために車庫に鍵を掛ける。電子キーとか生体認証みたいな高級品は無いが、旧式の物理鍵なら存在する。壊そうとすればそれなりの機材が必要なため、よっぽど堂々と盗もうとするやつ以外は避けることができる訳だ。
――夕飯はどうしましょうか?
「あー、原生生物狩ってくるの忘れてたな。しょうがない。酸素缶の配給があったことだし、外食するか」
端街では食料の供給は滅多にない。だからこそ、原生生物を狩ったりすることで食いつないでいるのだが、彼らは人間の味覚にはすこぶる合わない。
キチン質のような外皮と、ぶよぶよの肉、ほぼ液体のような内臓など、ぐちゃぐちゃのどろどろである。中央で出されるキューブ型の栄養剤が非常に懐かしい。まあなんにせよ、慣れるまでが地獄だな。
俺はそんな事を考えながら、端街を歩く。ジャンヌは出自はもちろん、外見が幼い少女である。そういう訳で彼女にはまだ布を被ってもらっていた。
「ごめんよ」
端街を歩き、進んでいった先にあるドア――コンテナの蓋を開け、声を掛けると中にいた数人の客が俺の方を向いた。
「ようバイル坊、ここにくるとは珍しいな」
「ここじゃドラッグは売ってねえぞ」
「ところでそのチビはどこのだ? 変なこと吹き込むんじゃねえぞ」
爺さんたちの言葉を受け流しつつ、俺は一番奥の廃材で作ったカウンターに腰掛けた。
「あら、バイルちゃん。今日は何かいいことあったのかしら?」
「依頼が忙しくて食いそびれただけさ――三人分の飯を出してくれ」
俺はそう言って、酸素缶を三つテーブルに並べる。
「相変わらず大食らいね、それにしてもいつもより量が多くないかしら?」
酸素缶を受け取りながら、カウンターの向こうにいるばあさんはそう言って微笑みかけてくれる。
「ああ、今日は一人多いからな」
そう言って俺は後ろについて来ていたジャンヌを椅子に促す。
「あらま、こんな小さい子、端街にいたかしら?」
「ちょっと色々あってな、依頼がらみだから詳しくは聞かないでくれ」
依頼が絡んでいると言えば、基本的に深入りはされない。この街は全てが非合法だからこそ、他人の秘密を無理に暴こうとするのは死に直結している。
「ええ、分かったわ。じゃあちょっと待っててね」
そう言って、おばあさんは更に料理を乗せていく。
「……何度見ても慣れねえな」
赤茶けて、濁ったオイルのような粘液から引き揚げられた肉片が、糖質フレークが乗った皿に盛られていく。
「はいよ、お待ちどうさま」
「助かる」
カウンターに置かれたのは、水の入ったコップ二杯と茶色い泥のような物がかかった糖質フレークが大小の器に盛られた物だった。
――わあ、いつも通り美味しそうですね!
「お前は共食いみたいなもんなのによく言えるな……」
小声でケイに言葉を返すと、俺は大きいほうの皿を手元に引き寄せる。ケイ自身は原生生物を直接捕食できるうえに、俺はその養分を受け取る事ができる。だが、ケイはグルメなので、時々人間の食事を欲するのだ。共生している以上、同居人のリクエストにはなるべく答えてやるべきだし、俺が完全に飲まず食わず、もしくは原生生物を焼いて丸かじりだと飽きてしまうので、月に二回か三回はここに来るようにしていた。
「これは――」
「見た目は悪いが味はそれなりだ。これ以外だと原生生物に調整シーズニング掛けて食べることになるからな、我慢して食べろ」
そう言いながら、俺は濁ったオイル塗れの糖質フレークを口に運ぶ。柔らかく水分を含んだ細かいフレークと、濁ったオイルに溶け込んだシーズニングが絡み合って、それなりの味が口内に広がる。
「……カレーライスに似ていますね」
「あん? 何だそれ」
じっと料理を眺めていたジャンヌは、ぽつりとつぶやくように言った。
「説明が難しいのですが、本星の料理です」
「へえ、どんな奴なんだ?」
本星――地球の文化は、実際に知っている人間はほとんどいない。いや、元老院の一部は知っていそうだが……まあなんにせよ、知らない知識に俺の好奇心は刺激されていた。
「本星ではインドという国家があり、そこがルーツとなっています」
「じゃあ、その国の一般的な料理なのか」
「いえ、私が似ていると感じたのはルーツとなったインドの物ではなく、イギリスに伝わり変化して、更にニホンに伝わったカレーライスという食べ物です。そもそもカレーというのはインドの古語で、ただ単に『食事』という意味でつかわれる言葉で、現地では多数のスパイスを使った調理法が――」
「あー、いい、いい。大体わかった」
世間話をしようとしたら訳が分からない学術的な議論が始まったような気がする。まあ、なんか本星にも似たような料理があって、それがカレーライスというのだろう。
「……高速学習をする間、ずっとカレーライスを食べてみたいと思っていました」
「高速学習……? ああ、胚から育っている時にそんな表示があったな」
俺が相槌を打つと、ジャンヌはさらに言葉をつづけた。
「はい、エルフは人間と似た生命体ですが、プログラムされた年齢までシリンダーで強制的に成長させ、それ以降は機能停止まで外見が変わらない存在なんです。なので、肉体の成長中に意識は体感時間を約六〇〇〇万倍に引き伸ばし、五〇年分の生きた知識を深層意識で学習します」
「分かった分かった。詳しく言わなくていい」
まあ、結局のところ胚から成長する時に知識もそれ以上の速度で成長していたのだろう。要領を得なかったので、とりあえずそう理解しておいた。
「それより、食べたいと思ってたんだろ、味は合ってるかどうかわからんが、食ってみたらどうだ」
「……そうですね」
俺が勧めると、ジャンヌはゆっくりと細かく震える手でスプーンを口に運ぶ。それは恐怖とか不安とか、期待が混じった複雑な感情がうかがえた。
「はぐっ、んぐ、んぐ……」
一口含んで、丁寧に咀嚼をしている。その姿はどこか庇護欲をそそられる姿だった。
「……カレーライスではないです。やはりスパイスが足りず、ニンジンやジャガイモ――植物などの野菜が入っていないので、物足りない部分が大きいです」
「そうか」
「でも、美味しいです」
「そうか」
俺はそれ以上追求することなく、ケイと「カレーライスもどき」を口に運ぶ。料理といえばこれ、みたいなところがあるので、ジャンヌの口に合ったようで一安心といったところか。
目の前に盛られた食事の山を片付けていると、糖質フレークを温めるジャーから異音がしていることに気付く。
「ん、ばあさん。もしかしてジャーの調子悪いか?」
「ええ、ちょっとフレークの温めが上手く行かない時があってね……バイルちゃん修理してくれないかしら?」
「あいよ――」
俺はそう答えて、カレーもどきを口の中に掻きこむ。ケイの身体の中に押し込めば、このくらいの食事はそのまま体内に取り込むことができた。
さて、まずは電源を落とさないとな、ばあさんに言って中に残っている糖質フレークを別の容器に移した後、動力に繋がっているプラグを外す。
糖質フレークの加熱器は中央街にもあり、他の製品と同じく、壊れたかよっぽどの旧型がここの端街へ流れてくる。そういう訳で共食い整備とか、そういう方法で整備をつづけているので、物の修理ができる技師はかなり重宝されていた。
部品を見ていくと、モーターが一部焼き付いており、交換が必要そうだった。
「ばあさん、たしかこないだ基盤が壊れてる加熱器あっただろ、アレどこ置いた?」
「えっと、たしか……あったあった」
ばあさんがコンテナの奥からボロボロの加熱器を持ってくる。俺はそれを分解して、使えそうな部品だけを選別して二つの加熱器を一つにする。
「よし、これでいいな」
修理を終えて、試運転してみると加熱器は問題なく動き始めた。これでまたフレークを温めてくれることだろう。
「ばあさん、治ったぞ」
「ああ、ありがとうねバイルちゃん。今度サービスするわね」
「へっ、こんくらいならタダでいい」
端街で生活するうえで、恩は何よりも大事なものだ。貨幣経済の無いここでは、酸素缶が一応の通貨として機能しているが、それがあるからと言って酸素で腹は膨れない。
――良い事をしましたね。
「どうだかな、恩を売っただけさ」
小声でケイに答えると、俺は食事を終えたジャンヌを連れてコンテナを出る。外に出ると、周囲は暗くなっており、夜風が容赦なく体温を奪って行った。
「……寒いですね。日中とは全然違う」
「昼間の殺人的な暑さに比べりゃマシだろ」
「確かに……」
ジャンヌがボロ布をぎゅっと握りしめたのを見てから、俺は事務所へ戻ることにした。
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