第6話 中央街(セントラル)にて

 人生にはどうにもならないことがある。


 産まれてから今までの間にたどり着いた真実は、様々な場所で実感できる。


 たとえば五〇を越えて中央街を追い出される人間を見送る時。

 あるいは生産性が無いと判断された人間を端街へ廃棄する時。

 もしくは原生生物の襲撃にさらされる端街を隔壁の向こうから観測している時。


「なるほど、では工事の進捗は予定通りということか」

「そうですな、この話はこれで十分でしょう。それより中央街のエネルギー削減について話をしたほうが良いと思いますよ」


 私は延々と続く会議を、テーブル脇に立って聞き流しつつ、テーブルについている人間たちを見る。


 全員が顔に皴を刻み、しわがれた声をしている。それもそのはず、移民船「ノア」の最高意思決定機関である元老院は、平均年齢九〇を超える超高齢議会なのであった。


 中央街には五〇歳以降は留まることができない。彼らが作った仕組みは、彼らが作っただけあって十二分に抜け道を用意されていた。


 五〇歳を超えた人間は、身代わりとなった人間の残り年数分中央街で暮らすことが許される。


 それがここにいる人間たちが椅子にしがみついていられる理由だった。


「やはりエネルギーのリソースをもっと船体の修復に割かなければ――」

「そうですな、しかし五〇を超えて中央に残れる人材は優秀ですから、彼らに使っているリソースはそのまま制限なしで使えたほうが良いでしょう」

「生命維持装置が動かなくなったら大事ですからな」


 和やかな笑いの中に、吐き気を催すような生への執着を見せる元老院たち。私は少し視線を泳がせることで、何とかその醜い姿を見ないように努めた。


 人生にはどうにもならないことがある。


 ここでしがみついている老人たちも、いつかは死ぬだろう。あきらめにも似た私の言葉はこういう場面でも表出した。


 どうにかしようとあがいたとしても、それは終わりを遅らせるものでしかなく、周囲を巻き込んでまでのあがきは、破滅的な終局を迎えることが目に見えていた。


「それで、中央端末の認証キーだが、部隊の編成は終わっているのかね?」

「ああ、今夜近くにでも発ってもらうつもりだ。もちろん『第三の月』を克服した動力を使ってな」


 バイル。


 私は心のなかで友の名前を呼ぶ。彼がこの老人たちよりも先にキーを手に入れなければ、この環境は変えられそうになかった。


「ふふ、それさえあればメインジェネレーターを起動できる。船の修復は飛躍的に進むはずだ」

「テラフォーミングと中央街のエネルギーは現状で何とかなっている以上、こちらにすべてリソースを向けるのは当然ですな」

「やれやれ、これで私達にも本星へ帰れる希望が出てきましたぞ」


 老人たちの言葉を、私は妄言と切り捨てて目を閉じた。



――



「随分不機嫌だな、ウィリアム君」


 会議を終え、主の私室まで戻った私は、彼からそんな言葉を投げかけられた。


 アルバート・カイゼル。年齢は五八歳、八年前に一二六歳で死亡した元老院議員の後釜として抜擢された壮年の男で、議会の平均年齢を大きく下げる事に貢献していた。


「当然です。あんな荒唐無稽で無謀な考え、すぐにでも否定すべきでしょう」

「ふふ、そうだな――しかし、それは相手を警戒させてしまう。ただでさえ若造と侮られている今、我々は目をつけられるわけにいかないのだよ」


 一〇年前、ノアの長距離通信と冷凍睡眠ユニットに致命的な故障が見つかった。


 長距離通信は修理不可能だったが、幸い冷凍睡眠ユニットは全てが機能不全を起こす破損ではなかった。しかし万全には程遠く。コールドスリープ機能の八割が失われ、数十人程度の人間しか処置をすることができなくなっていた。


「回収の首尾はどうなっている?」

「問題なく、当然彼は貴方の意図を汲んでくれています」


 アルバート氏が唐突に問いかけてくるが、私はその問いに既に答えを用意していた。私は彼の秘書であり、彼のするべき事、したいことは可能な限り把握していた。


「なら、少しは道が拓けるか」

「はい」


 当然ながら、元老院のメンバーはコールドスリープの少ない椅子にしがみついて離さない。彼らとその親族が席を埋めた後、残った椅子は一桁残るか残らないかだろう。


 そう考えた時、目指すべきは本星ではなく、この星に定住するという選択肢が浮かんでくるのは当然で、為政者として取るべき方策ではあったのだが、元老院は為政者の中でも腐敗が進んでいた。


 自らの保身と既得権益にしがみつき、他者を思いやれなくなった時点で、彼らは既に存在価値がマイナスへ振りきれている。


「元老院は本星への帰還により、かの地での発達した延命技術に縋ろうとしている。ここにいるほぼすべての人間の命と引き換えにな」

「……」


 私は彼の言う事に答えることはしなかった。しないよう言い聞かされていた。


 口に出せば、それはいつか態度に出る。元老院の一員ならまだしも、ただの補佐官である私はそれが致命傷になる。彼らに対して否定的な言葉を吐くことは、破滅の遠因となることだった。


「私もあと二十六年……『彼』の願いに応えられているだろうか」

「はい、私からはそう見えます」


 めずらしく不安げな我が主に、私は恭しく頭を下げる。私はそろそろ戻ってくるであろう彼に思いを馳せた。

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