第27話 初めての

 商業船に乗ってからしばらく経った頃。立ち寄った海上市場に旅行鞄を売る商業船が来ているとラウネンが教えてくれた。二人の代わりに買って来てくれると申し出てくれたラウネンよりも早く、その店の店主が花屋に来てしまった。エリンとメリアが家出少女であることがばれてしまうとあたふたしていたが、現れた鞄屋の店主と一緒に現れた人物に見覚えがありエリンとメリアは隠れた場所からそっと顔を出した。



「エアフォルクさんっ」


「よっ。久しぶりだな」


「どうしてエアフォルクさんが?」



エリンが尋ねると、彼の隣にいたエリンやメリアと同い年くらいの青年がいくつかの鞄を掲げる。



「弟のヴェレだ。旅行鞄とか、そのほか諸々売ってる」



ヴェレは小さく会釈すると、ダイニングテーブルにいくつかの商品を並べ始めた。



「君たちのことは弟に話しただけで、他には誰にも話していない。弟も口が堅いから安心してくれ。最後に会った時、持ってる鞄が小さかったなと思ってな。弟の商業船にお前たちの通りそうな航路に集まる小規模の海上市場に来てくれって頼んでおいたんだよ」


「お前気が利くな。丁度でかめの旅行鞄がほしいってタイミングだったんだよ」


「それから約束通り、好きなだけ魚持って行っていいぞラウネン」


「お、そうだったな。忘れてたわ」



 ラウネンがエアフォルクの商業船で魚を選んでいる間に、エリンとメリアはヴェレの持って来てくれた旅行鞄の中から気に入る物を選んで購入した。



「ヴェレの鞄は丈夫で、軽いのね」


「…ありがとう」


「私もエリンも同じものをいただくわ。これならお洋服も沢山は無理だけどそれなりに持って行けるし、これまで使っていた鞄よりも軽くて遥かに物が入るわ」



メリアが自分の作った鞄を肩に掛けて喜ぶ様子をヴェレは静かに眺めていた。物静かで表情があまりないけれど、彼もまた喜んでいるのがわかる。



「久しぶりだね、エアフォルクにヴェレ」



アスターさんが自室から現れると、ヴェレは小さくお辞儀をした。兄は商業船にいる、ということを伝えたいようでこの船の隣に停泊した船を静かに指さした。



「そうかそうか、エアフォルクは戻って来るかな?」


「うん。ラウネンに魚」


「我々はこれから昼食にするところなんだが、君たちもどうだい?」



ヴェレはそれを聞くや否やエアフォルクのいる商業船に走って行き、網焼き用の網を持って戻って来た。



「ほう、久しぶりにバーベキューもいいかもしれないな。おーいモカラ、昼食はバーベキューにしよう」


「まあ、いいわね。バーベキューなんていつぶりかしら?」



エリンとメリアは顔を見合わせて首を傾げた。



「バーベキューって…」


「なんだろう?」



 ヴェレの発案で、昼食はバーベキューとなった。海上市場から離れた三隻の商業船は離れないように自分の船から二隻に向かってロープを伸ばし、辺りに陸も何もないいだ海の上に停泊した。全員ホリツォント夫妻の商業船に集まり、ラウネンがもらった魚やエアフォルクの奢ってくれた魚介を熱された網に並べていく。



「お野菜は大きく切ってねメリア。食べ応えがあるでしょう?」


「はい、モカラさん」


「エリンとヴェレは私とメリアが切った野菜やお肉を鉄串に刺していってね」


「「はい」」



ちなみにラウネンは既に食べる準備(何もしていない)に入っており、エアフォルクは選りすぐりの魚介を氷の入った発泡スチロールに入れて、自分の商業船から運んで来てくれる。アスターは火の様子を見ながら冷えたビールを飲んで、モカラに飲みすぎないよう注意されている。



「かんぱーい」



ラウネンの気持ちのいい掛け声が響き、七人は火の通った色鮮やかな野菜や肉、魚介にかぶりついた。ヴェレは大きなエビを真っ二つに割り、食べたさそうにしていたメリアにもう半分を渡して二人で食べた。ラウネンは相変わらず貝をつるんと飲むように食べ、それを見て苦笑するエリンは魚の塩焼きに頭からかぶりつく。モカラは串焼きに刺さった具材をひとつずつほぐして、アスターと一緒にそれを皿からフォークで刺して口へ運ぶ。エアフォルクは魚屋で魚に飽きているのか、いつ見ても肉を頬張っていた。

 第一陣をすっかり食べ終えて、第二陣を焼き始めた。第一陣の時にサボっていたラウネンは彼の見張り役のエアフォルクとともに調理をし始めた。



「海の上でバーベキュー…凄く素敵な思い出になったわ」


「ね。故郷には海を知る術も、バーベキューなんて食文化もなかったから」

 


少女の姿をした二人を、火の世話をしながらまだ信じられないといったように眺めていたエアフォルクは、ふと何かを思い付いたように声をかけた。



「おーいそこのお嬢さんたち、海には入ったか?」



首を振ったエリンとメリアから、エアフォルクは二人が海をつい最近まで知らなかったことを聞かされた。



「なら水着も持ってないよな。それ以前に、泳げるかどうかもわからないのか……そうだっ」



名案を思い付いたエアフォルクは、アスターの肩を揉んでいたヴェレに視線を向けた。



「お前の商業船にお嬢さんたちを案内してやれよ。絶対喜ぶから」



意味深に微笑んで見せるエアフォルクの意図を汲んだヴェレは、何度も首を縦に振ってエリンとメリアの手を引いた。

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