二通目 お仕事と、三人の魔女のお話
拝啓 親愛なる魔王城のみなさま
お久しぶりです。一月ぶりのお手紙です。
本当はもっと頻繁に送りたいのですが、度重なる差し戻しで時間がかかってしまっています……。
どういうことかと申しますと、人界の調査任務自体は前年のうちに終わっているのですが、私は未だ先行調査班の所属ということになっていますので、情報漏洩防止のためお手紙にも検閲が入るのです。今回のお手紙はこれで四度目の書き直しです。面倒な仕組みですが、これほど回数を重ねるとむしろ検閲係のかたに申し訳なくなって参りました。もとより、問答無用で廃棄とはならず、差し戻しにしてくださる時点で感謝しかありません。
今日は、私がお世話になっている、"魔女"の話をしようと思います。
魔女、といっても歴史書の魔女とはまったく違う存在です。現代の人界では、まるで魔法を使ったかのように鮮やかな技術を"魔法"と呼び、その技術者を"魔法使い"とか"魔女"とか呼ぶのです。魔界で言うところの"外界者"と近いニュアンスですね。
魔女との出会いは人界を訪れたその日のことでした。私は、トウキョウに転送門を開いていた先行の駐在員と別れて、手配してもらった宿泊施設に向かっていました。トウキョウでの移動はほとんどが"電車"という、魔都の外周移動車を縦に繋げたような乗り物です。けれどトウキョウは本当に人類が多くて、絶え間なく電車が走っているのに、そのどれにもぎゅうぎゅうに人類が詰め込まれていて難儀しました。その上、前もって潜入用に人界の服をあらかじめ預かってはいたのですが、人界への移転時に荷物が破損するトラブルがありまして、宿に着くまでは魔界の服のまま移動せざるを得なく……それが嵩張ること!人界の服は全体として魔界に比べてデザインも素材も軽くて動きやすいものが主で、魔界では一般的なデザインの、スカートの膨らみなどでも非常に悪目立ちいたします。なので、移動中の周りの視線がとても辛いものでした。目的の駅に着いた時は、思わずため息が出てしまいました。
疲労困憊のままその場で地図を開こうとして、その瞬間、突然、手を引かれました。転びそうになった私を支えてくれたのは、"魔女"のマリーさんでした。彼女は体にぴったりとしたドレスに、装飾的なコルセットを締めて、袖の広がったボレロを羽織り、その全てが黒一色でした。私よりもよほど浮いた出で立ちでした。(そこが魔都だったとしても浮いた服装ですよね?)
彼女は、私が電車を降りてすぐ立ち止まったため、電車の扉に裾を挟まれそうだったのに気づいて、助けてくれたのでした。魔女はそのまま、私を駅の外までエスコートして、名刺を残して去って行きました。後日お礼に伺った、その名刺に書かれた住所が、私の今の勤め先です。
職場には、三人の魔女がいます。三人の使う"魔法"は、針と糸の魔法です。
全身黒づくめのマリーさんは、黒い服なら喪服以外なんでも着ます。仕事は服のデザインをすることで、基本的にはフルオーダー、年に一度だけセミオーダーの受注会があり、この手紙が届くころがちょうどその時期で、とても忙しくなるそうです。
凛とした男装のレイナさんは、営業広報といった裏のお仕事と、時々モデルをしています。私は一応、彼女の部下ということになっていて、マネキンとしての所作を教わっています。
古典を好むシャルロットさんは、私の祖父母の代の頃に流行ったような、胸元を大きく見せて腰を限界まで絞ったドレスをいつも纏っています。担当は、パタンナー。彼女の仕事に、私の魔界での知識が生かせる機会があって、そこから雇っていただくお話になりました。
というのも、彼女らの作る服はワンピースというよりはフォーマルで、ドレスよりはカジュアルで、そう、ちょうど私の生家のようなおうちで、家族親戚だけでお茶をする時に着るような服なのです。(人界の服は前述のとおり、軽くて動きやすい、夜会に出る前の少女や、王城の通用口に出入りしている男性が着るようなデザインのものが好まれるので、魔女たちの服はかなり珍しいデザインです)
かつて私がまだ生家に住んで生活とも言えない生活をしていた終わりの頃、母や祖母のお下がりを繕い、時には解体して何枚かの服から一枚のドレスを仕立てる、というのをしていた時期があります。最初に訪ねた時、ちょっとした行き違いでお手伝いの人と間違われ、サンプル品にレースやビーズなどを縫い付けていくお仕事を任せられてしまったのですが、上記の経験からデザインが不自然にちぐはぐに感じる部分があり、気になって聞いてみたところ、それが非常に参考になると喜ばれました。
お仕事を始めて一年ほどがたちますが、まだまだ見習いです。普段は店の受付や電話(人界の通信機械)の番、荷受けなど雑用をして、時間に余裕がある時に色々な技術を教わっています。魔女たちとしては、将来はモデルでも職人でも、やりたいことが見つかれば専門的に学んで欲しい、とのこと。とても気に入っていただけてるようで嬉しいのですが、魔界での立場との両立を考えると、快く頷けないのが申し訳ないです……。
あと、実は、これは魔女たちの希望でやっていることなのですが、魔界から持ち込んだドレスを着てお仕事をすることもあります。人界のファッションにもだいぶ慣れましたし、自分の好みも掴めるようになりましたが、やっぱり着なれた故郷の衣装が、一番落ち着きます。
同封したハンカチは、魔女たちのブランドで催事のノベルティとして作ったものです。
水色の一枚は、ぜひマフィに使って欲しいです。
そういえば前の手紙に書いた、カガミモチを食べました。割って食べる、と聞いたのですが、想像よりも固く、かろうじてナイフの刃が通ったので、ケーキのように八つに切って焼きました。大きな誤解だったのですが、私はてっきりカガミモチは甘いものだと思っていまして、最初は何も味付けせずに食べたのですが……食感は面白いのですが、ほとんど味がせず……。けれど調味料との相性がどれとも良くて、しょっぱいのも甘いのも色々試してみました。その中で一番私が合うと思ったのが、魔都の二番街の『撫子亭』で買えるブラックホットソースです。ほのかな甘味がよく感じられてとても美味しかったです。あのソースはニホンの主食であるコメという穀類にも合うので、減りが激しく、もう二三瓶余計に持ってくれば良かったと後悔しております。
ご迷惑をおかけしますが、次回の定期支給物資に、ブラックホットソースを含めそちらの調味料をいくつか入れていただけるよう、取り計らっていただけないでしょうか。
あと……できれば北部特産の、光雪虫の蜜煮も探していただけると助かります。よろしくお願いいたします。
かしこ
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