三通目 お礼と近ごろの心配と悩みと
拝啓 親愛なる魔王城のみなさま
前回のお手紙でお願いした支給の件、便宜を計ってくださってありがとうございます。たいへん助かりました。光雪虫の蜜煮も、旬ではないものなので探すのは大変かと思い、ダメでもともととお願いしたのですが、無理を聞いてくださって本当に嬉しく思います。
光雪虫は人界のさっぱりとした紅茶によく合います。魔界の紅茶は比較してみると、癖が強い香りがします。それぞれの環境に、茶の木が適応した結果でしょうけれど、もはや別の飲み物と言ってもいいくらいです。
人界では紅茶以上にコーヒーを飲みますが、魔界であまり栽培されていないのは、紅茶の風味の強さが、こちらのコーヒーと同じくらいあるからでは?なんてつらつら
と考えています。
支給品の配達の方から、北部のようすを聞きました。昨年起きた東部崩落も、最初は小さな地震やひび割れから始まって、十日ほどで大地が欠け始めたと聞いております。北部にご親族などいらっしゃる方は、対策部に届けを出せば王都の避難所を無料で借りられるはずですので、積極的に使っていただきたいです。魔王陛下も、民の命をなによりも優先に、と常々おっしゃっておられることですので……。
こちらで変わったことはといえば、勤め先の受注会というものがありました。
大きな施設の一角に、ベルベットを贅沢に垂らして目隠しにして、持ち込んだアンティークのランプで照らした空間は、本場の魔術よりも魔術的で妖しく美しいと感じました。大きなテーブルに布やレースのサンプルを山と積んで、お客様を一人づつお通しして注文していただくのは、今回はパニエでした。(殿方はあまりご存知ないと思いますので説明しますと、ドレスの裾を広げるために中に履く、何重にも布を重ねて膨らみを出したものです)
どうせ隠れるものなのだから……と思われるかもしれませんが、人界のスカートは丈が短いので、あえて長めの丈のパニエを身に付けて、レースを縫い付けた裾を覗かせる、というのが今回の品でした。
実は、この受注会で、少しだけ魔界の文化を紹介しました。(魔界の、とは、当然言っていませんが……)パニエに使うチュール生地の色見本に、魔界の贈答色名を添えたのです。"秘密の愛"、"追憶の哀"、"静謐の夜"などのわかりやすい名前はやはり人気がありました。"悠瞬の時"、"転回の天"、"樹下の猫"などの人界にはない物事や故事も、なんとなく伝わるところがあるようです。こうやって少しずつ、受け入れてもらっていけば、いざ大規模移住となった際の負担が減らせるのでは、というのが支部の上の方の意見です。私としては、出身を隠したままというのは少々ずるいように思うのですが……。しかし、これはあくまで私の気持ちの問題です。未だに魔族が正体を明かせないのは人界に魔界の文化や魔術への耐性がないせいでもありますので、文化の浸透を優先するという理屈も、もちろんちゃんとわかっています。
受注会は七日間あったのですが、最終日に時間の余裕が出来たので、私も一着注文しました。薄い爽やかな水色で、同封していただいたプレゼントとよく合うものになると思います。合わせて上から下までひととおり揃えたので、そちらに行く機会があれば、着て行きたいと思います。
最後に、少し私信を挟ませていただきます。個人宛のお手紙も、送れるようになればいいのですが……転送係の方の負担は、今でもとんでもないくらいに重いとお聞きしていますので。通信用の転送門を増やすよりは、大型の魔族でも潜れる門を開くことのほうが大事ですから。
マフィへ
リボンをありがとう。大切にします。
私も贈り物を用意しました。手紙とは別々に届くと思います。細長い箱です。色は、悩んだのですが、"永遠の淵"にしました。あなたがくれたリボンと同じ、"親愛の空"にしようかとも思ったのですが、"永遠の淵"の複雑に青と緑が混じりあった色のほうが、より私の気持ちにしっくりと嵌まると思ったので。我ながら重いと思いますが、きっとあなたは、苦笑しながらも受け取って、大切にしてくれるでしょう。そんなあなたが、大好きです。
マフィの従兄弟さんも北部にいらっしゃったと思いますが、どうかお気をつけてとお伝えください。
かしこ
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