午前4時の大人には

結木 諒

美味しい朝

休日の朝は良い。どんなに早く目が覚めても、眠くなったら昼寝が出来る。月曜から金曜の9時から18時まで働き、たまに1、2時間残業したりして帰ってきたらシャワー浴びて歯を磨いて寝るだけの日常があってこその至福。

今日はshort動画に時間を溶かされたりしないという午前3時53分の決意。本当はめっちゃ2度寝がしたい。ベッドに戻って夢現に浸りたい。その気持ちを抑えるために冷蔵庫を開ける。

マーガリンとマヨネーズとスライスチーズだけを取り出し、肘で閉める。棚の上から引っ張り出した食パンに固まったマーガリンを適当に塗り、スライスチーズを乗せた上からマヨネーズをかけてトースターへ。その間に、お気に入りのマグカップにインスタントコーヒーと砂糖をたっぷり入れて湯を注ぐ。外はまだ暗い。クリープを掬ったティースプーンごとカップに突っ込んで掻き混ぜると、甘い湯気が立ち上った。これ以上の幸せがあるか?いや、無いな。

ピーピーとトースターが鳴いたので開けてやると、チーズとマヨネーズの酸味を含んだ香ばしい匂いがキッチンに放たれた。パン祭りで貰った皿に乗せて、コーヒーと一緒にリビングへ。

ソファに座ってスマートテレビで適当に気になった映画を流しながら、焼きたてのパンに齧り付いた。数回だけ噛んで甘いコーヒーを喉に流し込む。高カロリーと幸せは同意義だとどっかの学会で発表した方がいい。世界平和に貢献出来るレベルだ。今、隕石が落ちてきて地球ごと滅んでも私はきっと後悔しないだろう。そのくらい幸せだということだ。

あぁ、でも、今見始めた映画がちょっと面白いから、これが終わるまでは待ってほしいかもしれない。そういえば明日、大好きな漫画がアプリで更新される日だった。それも読みたい。なんなら最終回読むまでは死ねない。他にも連載中の漫画を10作以上読んでるし、あのドラマもまだ完結してない。


なんだ、まだまだ死ねないじゃん。


そんな風に思える私は、やはり幸せなのだろう。人間は案外、そうやって世界に生かされている。時間を浪費出来るのは生ける者の贅沢で特権だ。せめて文化的で最低限有意義な時間を過ごしたいと映画を見ていだわけだが、だらだらと考え事をしていたら話が分からなくなったので電源を消した。

コーヒーを持ったままベランダ側の窓に行き、鍵を開けて外に出ると陽が登り始めていた。空は夜と朝の境目の色だ。洗いたてのシーツと同じくらい綺麗な、この新品の朝が始まるのを眺めている人間が私以外にもきっといる。顔も名前も知らないが、彼や彼女らの今日が良い日になりますようにと祈ってコーヒーを啜った。

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