紅い夜、昏き朝
ぴえ~ん
壱 【変じる光】
千回の秋、つまり千年に匹敵するほどにその日が長く感じられるという比喩である。
時間の流れは人であろうと、物であろうと不変のものであるにも拘らず、である。
つまりは犬や猫にも、
いや、もしかしたら、田舎の田んぼに立っていたあの案山子ですら、
そんな下らない事を考えながら、私は電車の吊革に自分の体重を預けてひと時の休息を摂っていた。
外界の最高気温は日ごとに上がり続け、人間の体温を超えた辺りから最早『暑い!!』では無く『熱い!!』であった。
いや……『痛い!!』が正解か?
そんな痛さをもたらす光、太陽も地球の裏側へ行ってしまえば痛くは無いが、本当の意味での暑さを嫌らしく残していくのだ。
ふと快速電車の車窓から見えた夕方のそれは、逢魔時に相応しい不気味さを醸し出していた。
「
文明の利器は便利だなぁと、手元のスマートフォンを眺めながら大して感慨も無いが口に出して言ってみる。
ただ、今は夏真っ盛り故に夕方というには夜に大きく近い時間であるが。
「私の
一つため息を吐いた。
いつもの様にその電車は紅い夜へと私を連れて行く。
***
「いらっしゃいませ!初めまして、かな?」
ここは私の『夜の』戦場。
キャバクラ、スナック、ラウンジ……多少の違いはあるんだけど、まあ好きな様に呼んでもらって構わないけど。
この世界の人間は、皆売るモノは決まっている。
客にしても、それを理解した上でお金を払う。
「そうなの?嬉しいわ!!ありがとう!じゃあ、遠慮なく!」
勿論、売るモノは『高い酒』よ?
自分を売る女は二流だと私は思っているから。
『高い酒』を売るために自分の『時間』を仕事の為に使うの。
時間を使い勉強したり、たくさんの人と会い色んな所へ出掛ける。
知識や経験が増えていけば自分自身の魅力を増やす事が出来るし、結果としてそれが
「え、知ってる~!!あの歌手の新曲だよね?!」
どんなにくだらないと思っても、百人いれば百通りの考えや行動がある。
私は何に対しても見下ろす事はしない。
見下ろした途端に自分の足元が見えなくなり、足元を
世の中の人が呆れている様な事でも、私にとっての価値観は決まっている。
それが私にとって『必要』か『不必要』か。
「凄~い!!そんな事出来るんだ?もう敵無しじゃない?」
ハッキリ言って、腹の足しにも成らないこんな店に飲みに来る客はほぼほぼ甘えたいか、褒めて欲しい症候群持ちの人間(敢えて男に限定しないでおく)ばかりだ。
私とて褒められると嬉しいのは同じだ。
日本人の美徳として昔から『謙遜』というのがある。
私はそれを「ボトムライン・アスク」と個人的に呼んでいる。
日本人の歪な縦社会が生んだ、人間教育上の大きな弊害だと思っている。
つまり、日本人の首は縦には大きく動くようになっているけど、横には凄く動きにくいという弊害である。
個人的偏見も多分に含まれているが、この世界の構造も大して変わらないから覚えておいて損は無いはず。
「これ、私の名刺!…今度来てくれた時は、もう少しお話し出来るといいな~!」
笑顔は大切だ。
でも、ずっと笑っている人よりも『笑うべき時』に笑える人の方が相手に与える印象は大きく違う。
適当に誤魔化した相づちや返事は、時に大変な誤解を生む。
的確な返事は相手の話しを聞く、理解する、中身を知識として持っている、そして正しい返事を導き出す、というプロセスの上に成り立っている。
これが結構、というよりこれが出来ればほぼ他の事は出来るはず。
ホイホイお持ち帰りされたくなければ、それくらいのお勉強はして欲しい。
「お疲れ様でした!お先ですー!!」
夏は夜が明けるのも早いな。
マンションまでの帰り道、白み始めた空を見ながらふと思う。
また数時間睡眠を摂ったら、派遣として勤めている会社へ出社するのだ。
「昼と夜の間‥‥‥。私は人間に戻れているのかな?」
かと言って表の顔も裏の顔も、どちらも自分である事に変わりは無い。
夜の仕事も特に隠してはいないし、昼の仕事も惰性でやっている訳ではない。
何かやりたい事があるのか?と聞かれても、多分答えられないな。
お金は結構貯まってきた。
でも、いくらあれば老後は安泰になるんだろう?
あ……。
『老後』って、
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