第3話 仕事をください 

 話を要約するとこうだ。


 ここは魔物や魔法が存在する世界で、魔王の脅威に脅かされている。

 人々は、天からの恵み、【天恵ギフト】を生まれながらにして授かる。

 人より少し秀でた才能、戦闘に特化した能力などなど。【天恵ギフト】によって仕事の適性まで決まってしまう世の中だという。

 そして魔王討伐に必要不可欠な【聖女】はこの世界には生まれず、異世界――つまり私の住まう世界に生まれる。それが先ほどの女子高生――田中梨里杏リリアだと言うわけ。


 大陸一の王国であるドーラン王国の魔術師10人で魔法陣を組み、梨里杏を座標に指定して召喚の儀式を執り行ったのはいいが、偶然私が魔法陣の上に足を踏み入れてしまった。つまり、私がこちらに呼ばれたのは事故だったと。

 随分とひどい話じゃない?

 さらにこの異世界召喚は片道切符。元の世界に帰る方法は確立されていない。本当にありえないわ。


「こちらの事情で呼び立てた上に、事故で、さらに元の世界に送り返してもやれない……本当に申し訳ない!」


 来賓用の豪華な部屋の中央、私の対面に座った赤髪の男性はガバリと鮮やかな赤い頭を下げた。勢いが良すぎて丸眼鏡がさらにずり落ちる。


「いえ……あなたが悪いわけではありませんし、私が運悪く魔法陣に乗っかっちゃったのがいけないんです」


「しかし、あなたにも元の世界での生活があったでしょう?」


「あー……」


 そう言われて振り返ってみるが、両親も育ての親である祖父も既に他界しており、生活費を稼ぐために学生時代からバイト三昧だった私には親しい友人もいない。

 帰ったところで待っているのは仕事の山、山、山。元の生活を続けていてもその行く末は過労死かもしれない。

 私がいなくて困る人といったら、同僚や部長ぐらいか……あ、プレゼンどうなったんだろう。まあ、もう元の世界の状況を確認する術もないんだけど。

 仕事で抜けた穴だって、すぐに人員補充される。世の中は私なしでもつつがなく回り続けるのでしょう。


 それならば、心機一転こちらの世界で新たな人生をスタートするのも一興かもしれないわよね。

 振り返ってみて、元の世界への未練がほとんどなくて笑ってしまう。


「戻れないのなら、悲観するだけ時間の無駄です。私はこちらの世界で新たに生きていこうと思います。適応力の高さは自負しております」


「……そうですか。そう言っていただけると、幾分か心が軽くなります」


 それに、梨里杏にヘコヘコ頭を下げて下僕のように付き従っていたローブ軍団と違って、この人は私を見捨てずにきちんと頭を下げてお詫びもしてくれた。

 そもそもこの人は聖女召喚に直接関与していない。

 聖女召喚は王家主導の元で行われたらしく、彼は【鑑定】の【天恵ギフト】を有しているためにあの場に召集されていたんだって。だから、彼に怒りをぶつけるのも筋違いだわ。


「あ、今更なのですが、私の名前は蓮水紗千ハスミサチ、21歳。こちらの世界について何も分からないので、独り立ちできるまで助力いただけると助かります」


「僕は、アルフレッド・マーラー。年も言ったほうがいいでしょうか? ええと、26歳になります。もちろんあなたの身元は責任を持って保証しますし、分からないことがあればなんでも聞いてください。と言っても、分からないことしかないかと思いますが」


 苦笑しつつ差し出してくれたアフルレッドさんの手を取る。

 とにかくこの人がいてくれて本当によかった。でなければローブ軍団に用無しだと放置されて路頭に迷っていたに違いない。あいつらはマジで許さん。


「あ、できれば仕事を斡旋していただきたいのですが。早く生活基盤を整えたくて。あと住むところとかお金のこととかも……」


 こっちの通貨は流石に日本円じゃないよね。

 荷物は全部召喚時に落としたみたいで無一文だし、とにかく生きるためにはお金を稼がないと。


「そのことなのですが……折り入って頼みたいことがあります」


 ズレた丸眼鏡をクイッと上げたアルフレッドさんが神妙な顔をする。


「実は、僕は『ギルド』という冒険者を管理する組織のサブマスターを勤めておりまして、サチさんには是非我がギルドで働いていただきたい。ギルドには従業員用の部屋も用意されていますし、食堂も併設されています。従業員には賄いが出るので無料で食べれます。それに、共用ではありますが風呂もあります。悪い話ではないと思いますが、いかがでしょうか?」


 なんと。

 仕事、住む場所、食事まで一気に解決ですか?


「やります!」


 そんなもの、二つ返事でOKに決まっている。

 やっぱりアルフレッドさんがいてくれてよかった!


 やや前のめりな私の返答を受けて、アルフレッドさんはパァッと少年のような笑顔を浮かべた。そしてガッシと私の両手を掴んだ。


「ありがとうございます! 僕の予想が正しければ、あなたはギルドの救世主になる!」


「はえ?」


 爛々と輝く翠緑色の瞳に映る私は、間抜けな顔をして呆けていた。

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