掌編小説・『new story』~私立探偵・猫田瞳・捜査日誌の4~

夢美瑠瑠

第1話 発端



 うらぶれた雑居ビルの3階の、北側のテナントには、「猫田瞳探偵事務所」と、小さめの看板がかかっていて、駆け出しで、世間知らずの甘ちゃんであり、アイドルぽい美貌だけで商売をしている…と思われがちなのだっが、実は東大卒でそれなりに頭の切れにも自信のある猫田瞳探偵が、終日来ない依頼を待ちなっがら狭いオフィスに蹲踞そんきょしているのだった。




 毎回「蹲踞そんきょ」という表現を使うが、これは「とぐろを巻く」というのっがもともとの意味である。




 蛇か何かみたいだが、この探偵はおよそ蛇とは縁遠い、むしろ、かの有名な団鬼六氏の代表作に倣えば、「花」の方なのは言うまでもない。




 一人で運営している事務所であって、始業時間も終業時間も探偵自身の裁量でなんとでもなるのだが、律儀でいい加減なことが嫌いなので、きっちり9時にはデスクに座り、5時まで依頼っがあってもなくても座ることにしていて、途中でサボタージュすることもめったにない。




 一応株式っ会社の形式をとっていて、自分が代表取締役、CEOなのであった。これはもちろん節税のためで、事件の捜査には何かと必要経費っが嵩むこともあって、瞳はそういうところは合理的でアメリカナイズ?されていた。大学の専攻も経営学なのだった。MBAというのもアイビーリーグの大学に留学して取得していた。




 「RRRRRRRRR…」




 と、しばらくぶりに電話が鳴った。


「こちらは猫田瞳探偵事務所ですが?事件捜査の依頼ですか?」


 さっきまでバーボンウイスキーを呷っていたので声はしゃがれている。もともとチャンドラーとかの影響で探偵にあこっがれたので…と、これだけは自分に赦している。だから、サムスペイドだのハードボイルドの誰それになりきっているつもりなのだ。




「極秘なのですが…それで私立探偵さんに依頼するんですが…うちのテレビ局のアナウンサーが脅されているんです。」


「恐喝ということですか?そちらはテレビ局?どういう役職の方ですか?」 


「私は、ーーーーテレビの編成部長のーーーーちうものです。23時からいつも放送している…「ニュースTODAY」のメインキャスターの川中綾佳をご存じですか?」


「ああ、いつも観ています。おきれいな方でしょう?一目見たら忘れられないくらい印象的な美貌ですね。」


「あの川中がですね、しつこいストーカーにつけまわされていて…妙な写真を送り付けられて、言うことを聴かないと写真をばらまくとか脅されているんです。警察に届けて、もし表ざたになったらこれはスキャンダルで、イメージダウンになります。


 こういうプライムタイムの番組は競争が激しいので、ダーティーイメージとかで視聴率が下がるのは困る。で、秘密裏に犯人を割り出して、裏取引してもいいから醜聞の露見を防ぎたいんです。依頼を受けていただけますか?」


 なんだか写真週刊誌にありそうなエロいようなえぐいような依頼で、瞳は多少戸惑ったが、探偵たるもの、殺人や凶悪な犯罪でも避けて通るわけにはいかない。それが運命であり宿痾?とも言えた。


「はあ…つまり、盗撮か何かをされて、その写真をタネに強請ゆすられているんですね?相手の要求は何なんですか?」

「言いにくいんですが、相当きわどい写真を何枚も盗撮されているらしくて…思い当たる節はあるけど、ストーカーみたいな変な男が付き纏うのは毎度のことらしくて、どの男かはよくわからないし、プライベートに侵入したりする、そういう犯罪を犯すくらい悪質なのが混じっているのも気が付かなかったそうなんです。犯人は川中に会って、話をしたい、至近距離で会話して気を引きたいというんです。身バレするとかそういう配慮はないわけで、明らかにどこかおかしい奴ですね。サイコパス、とか最近よく聞くそういう頭のイカレタやつかもなあ、て話していたんです。」


「ふーん…」


瞳は考え込んだ。


<続く>

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