人恋いマンション - ヴィジター・ガーダー - その後 2


 カフェ『ソラノウエ』。

 マンションの十階を改造したカフェの窓際にあるカウンター席。


 私と綺興ちゃんは横並びに座っている。


 あの夜の怪我もだいぶ癒えたので、その快気祝いとして綺興ちゃんに連れてきてもらったカフェだけど、この席からは黒方寺コクホウジ駅前を一望できるの。

 コーヒーもケーキも美味しいし、隠れ家っぽい雰囲気もあって、なんかすごい良いお店を教えて貰えたみたいで嬉しい。


 ちょー……っと、コーヒーとケーキのお値段はお高めだけど。

 普段使ってるカフェチェーンの価格帯と比べると、一・五倍から二倍くらい?

 どちらかといえば貧乏寄りの大学生としては、注文する時に若干キョドってしまった自信がある。


 でもまぁ綺興ちゃんが奢ってくれるらしし、出てきたコーヒーとケーキが美味しいからよし! って感じ。


 ……と、まぁ胸中ではお店を楽しみまくってる私だけれど、横にいる綺興ちゃんはというと、どことなく不機嫌にスマホを見ている。


 うわーん……私、何かした?


 私の戸惑いは余所に、綺興ちゃんがスマホの画面を見せてきた。


「在歌。このニュース……」

「ん?」


 見せられたのはニュースサイトの見出し。


「……『殺人で逮捕された元警官、逃亡の末殺人現場で死亡』……これがどうかしたの?」

「どうもなにも、それ。緒櫓花オロカ町の出来事みたい。逃げた警官って言うのは在歌が捕まえたっていうお巡りさん」

「じゃあ、現場で死亡って……あのビルに戻って死んじゃったってコト?」

「そうみたいね」


 それは、なんというか……なんなんだろう。

 悲しいワケでもないし、悔しいワケでもないし、嬉しいわけでもない。

 どうでもいいような気もするし、なんかモヤモヤもする。


「あの町、長くはなさそうだよね」


 つまらなそうに、綺興ちゃんがそう口にした。

 その言葉の意味が分からなくて、私は首を傾げる。


「あそこは、心霊スポットを観光名所として町興しをしていた。

 だけどその実体は、実際に人を殺して噂を広めていたという悪質なモノ。その事実が、シガタキくんの突発ライブ配信で判明してしまった」


 私の調子に乗った謎解きシーンはほぼほぼ全部公開されちゃったワケなんだよね。あれ。音声だけとはいえ。


「あの内容には色々思うコトがあるけれど、今はちょっと脇に置く」


 そこで綺興ちゃんはコーヒーを啜る。

 綺興ちゃんは美人だから、それだけでなんか絵になるね。


「――とにかく、あのライブでケチがついてしまったワケね。心霊スポットに遊びにいったら幽霊に扮した町の人に殺されるかもしれないというイメージは、もう拭えない」

「まぁ、そうだね」

「そして、そこで踏みとどまっていれば、まだ盛り返せた可能性はあったんだけどどうやら踏みとどまれなかった」


 うーん?

 自分が殺されかけたこととか、そういうことに怒っているのかと思ったけど違うのかな?


「逃げてきた元警官を、町の人の一部は人喰いマンションにかくまった。

 どうして匿ったかは――まあ推測だけど、匿った人たちも共犯だったんでしょうね。たまたまわたしたちを襲う時にいなかっただけで」


 大げさに肩をすくめて、綺興ちゃんが続ける。


「推測はともかく、この人は匿われた先で、差し入れに毒を盛られて死んでしまった。

 毒を盛った人たちはビルの怪異のせいだと言っているそうだけど、警察もそこまでバカじゃないから信じないでしょうね」

「実際の怪異は所長さんが説得して、もう悪さをしなくなってるみたいだし。怪異の核も回収して別の場所に移したから、あのビルではもう起こらないんだろうけどな」

「一般人は知りようのない情報だけどね、それ。

 まぁ怪異が実在しようがしまいが、毒殺という証拠が残っちゃってるならどうにもならないだろうけど」


 ただ――と、綺興ちゃんは少し暗い声を出して繋ぐ。


「今見てたニュースが事実なのなら……毒の盛られた差し入れがオロロンドックだったコトは頂けない。

 これは恐らく町へのトドメになるんじゃないかなって思うワケよ」

「オロロンドック……なんだっけ?」

「あの町の名物。昔、B級グルメのコンテストかなんかで良い評価を得たっていう過去の栄華の象徴のような焼きそばの乗ったホットドック」

「それに毒が盛られたのが良くないの?」

「ニュースになっちゃったからね。しかも毒を盛ったのは、いくつかある観光客向けオロロンドック屋台のご主人だったっていうのもよろしくないと思わない?」

「ごめんちょっとよくわからない」


 私が首を横に振ると、綺興ちゃんは仕方なさげに小さく笑い、説明してくれる。


「オロロンドックは間違いなく過去にあの町を救っていた。

 心霊スポットは間違いなく現在いまのあの町を救っていた。

 それらに敬意なく穢した時点で、たぶんもう……緒櫓花オロカ町は、今後どんな町おこしも成功しないと思う。

 だって、町おこしの企画に釣られて遊びに行けば、殺されちゃう町というイメージが着いちゃったからね」

「あー……」


 そうか。

 どちらの町おこしも成功していたのに、どちらも殺人に利用されてしまったんだ。


 ましてやオロロンドックを売ってた屋台のおじさんが毒殺に荷担してるだなんて、イメージの悪さはすごい。


「実際、緒櫓花オロカ町のホテル――テン・グリップ・インは来年の春をメドに店じまいするそうだしね。

 あの夜のコトがニュースとして広まるなりすぐに発表してた」

「判断が早いというか撤退が早いというか……」


 県外からも人がくることがあるというあのホテルの中のレストランも一緒になくなるそうだから、本当にあの町は何もなくなってしまうみたいだ。


「ほんとバカだし、勿体ない話だなって……ちょっとイラっとしてた」

「あ。私のコトでイライラしてたワケじゃないんだ」

「なんで在歌のコトでイライラしないといけないの?」


 キョトンと、目をしばたたく綺興ちゃん。


「むしろ、私が気を失ってる間に銃で撃たれたり殴られたりしたらしいじゃない? そっちの方が腹立たしいんだけど!」

「あー、えっとー……それは……」

「別に在歌を責めないって。身体を張って守ってくれたんでしょ?

 それは嬉しいんだけど、在歌が怪我するのはイヤだなって」

「心配してくれてありがと。でも私も私で綺興ちゃんやみんなを守らなきゃってなってたから」


 そう告げると、綺興ちゃんはなんとも言えない顔をして、そっか――と笑う。


 なんとなく、こちらの胸が締め付けられるような笑みに見えた。

 心配して貰えるのは嬉しいんだけど、心配されすぎちゃうのもなー……などと思っちゃうのは贅沢かな?


「あ、そうだ。これ聞いていいかどうか分からないんだけど」


 そんなことを考えている私に、綺興ちゃんは申し訳なさそうに訊ねてくる。


「ナイショにしたかった?」


 私の様子から察したのだろう。

 綺興ちゃんのその言葉に、私はうなずいた。


「まぁ言うてあんまりすごいチカラじゃないし」

「でも怖いおじさんたち倒せてたよ?」

「たまたま上手くいっただけ。周囲にこのチカラを利用できる条件がそろってたから」

「ソロってなかったら?」

「なにもできなかった」


 その言葉に、綺興ちゃんは天を仰いだ。

 何かを堪えるように目を強く瞑って、それから息を吐いて顔を下ろす。


「改めてゴメン、在歌。わたしのせいで危険な目に遭わせた。

 改めてありがとう、在歌。あなたのおかげで無事に生還できた」


 それから、少しだけ間を置いて綺興ちゃんは続ける。


「そしてもう一つゴメン。

 あまり人前で使いたくなかっただろう能力を思い切り使わせちゃった」

「まぁそこは気にしなくていいって。ああいう状況だったんだし、仕方ない仕方ない」


 にへら――と、私が笑って見せると、綺興ちゃんも少し肩の力を抜くように息を吐いた。


「でもさ、シガタキ君たちにも見せちゃったんだよね」

「あー……それは大丈夫かも? 最近の投稿見てないの?」

「え?」


 不思議そうにしている綺興ちゃんに、私は自分のスマホを操作して、とある動画を呼び出した。


 それを綺興ちゃんに見せる。


「ほら」

「これ……嬬月荘?」

「そうだよ」


 動画を見ながらなんとも言えない顔をしている綺興ちゃんに、私は軽く説明をする。


「所長さんと話をして、私や所長さんのコトは伏せてくれるみたい。それに、取材前に事前に探偵さんと相談するようだしね」


 あの場で決まったことを綺興ちゃんに報告すると、何とも言えない顔をした。


「そういえば、リスハは? 倒れたと思ったら消えちゃったけど」

「ええっと……あれは、リスハちゃんの超能力、かな?

 私たちと一緒にいたのは分身みたいなモノで本体は別のところにいたから、怪我とかはないよ」

「よかったぁ……」


 大きく安堵しながら、綺興ちゃんは息を吐く。

 どうやら、何の説明もなかったせいで、人でやきもきしていたようだ。


「ねぇ綺興ちゃん」

「なに?」

「私のチカラのコトを初めてちゃんと開かしたのは所長さんが初なんだ。

 だけど所長さんは同じようなチカラを持っているから、ちょっと別かもって思ってて」

「うん」

「本当の意味でチカラをちゃん開かしたのは綺興が最初だよ」


 これは本当。

 生まれて初めて、他人に教えてもいって思ったんだ。


「これからはチカラのコトで困ったら相談してもいい?」


 それから、私が綺興ちゃんにそう訊ねると、彼女は満面の笑みでうなずいた。


「もちろん!」


 チカラにあんまり意味がないと思ってた。

 だけど、友達作るのに役に立った。


 そして綺興ちゃんは初めてチカラを明かした友達だから大切にしよう。


「ところで、在歌は探偵のバイトはどうするの?」

「続けるよ。怪我が完全に完治したら喫茶店と探偵を掛け持ちする」


 怪異と関わるのは怖いけど、友達の為に自分は身体を張れるんだって知った。


 何の役にも立たない能力だと思ってたのに、いろんな人を助けるのに利用できた。


 ここ最近、怪異と関わる事件に巻き込まれて気づいたんだ。

 意外と、自分でも自分のことってよく分かっていないことに。


 言われるがまま大学進学して、言われるがままに卒業して、言われるがままにてきとーな会社に就職するんだと、入学した時は思っていたんだけど……。


 自分の中にある知覚できていない未知なる自分と向き合えば、もっと別の……自分だからこそ出来ることっていうのが見つかるんじゃないかって気もしてて……。


 だから――


「バイトを掛け持ちしながら学校通って、私が本当にやりたいコトっていうの探していきたいかな」

「いいね! そういうの! なら、わたしも一緒に探そうかな!」


 そうして私たちは、どちらともなく――コーヒー……は、どちらも飲みきっていたから――だいぶ結露したお冷やを手にした。


「これからもよろしく在歌」

「こちらこそ。これからもよろしく」


 お互いに示し合わせたわけじゃないんだけれど、何となく互いに乾杯するのだった。



=====================


 キリが良いのでこの時点で一度【完結】とさせて頂きます。

 ここまでしかプロットを作ってないともいいます。


 元々メイン原稿の隙間に書いていた作品です。

 またちょっとずつ書いて、貯まったりしたら続きを書くかもしれません。

 その時はまたよろしくお願いします。


 ここまでおつきあいして下さった読者のみなさまありがとうございました٩( 'ω' )و

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