未来予血の筆記具 - ブラッド・ライナー - その4
「さすがに、ちょっとやりすぎよ」
その言葉に、私に跨がる男が反応する。
「これから犯すってんだから、まだ始まってもいねーんだよ!」
「貴方の話じゃない」
そう。この男なんてどうでもいい。
大事なのはあやふやなモノに形と方向性を与えること。
「未来予血のペン――いえ、本来の名称は『
そこに宿る血を好む妖精たちは、人間の血を貰うコトで未来予知と、子供のイタズラ程度のマッチポンプがせいぜい! そうでしょ?」
名前を付ける。
方向性を定める。
それを私だけでなく、現在の利用者に認知させる。
それこそが、この場を脱出する為の最終手段ッ!!
「何を言って……」
「
人間の認識を狂わせ、取り憑いて洗脳するなんて、そんなのは未来予知という能力の範疇から外れている。例えそれが予知を遂行する為のマッチポンプだとしても、予知能力という範疇を越えたコトはできない」
ぴろぴろぴろぴろぴろぴろ
慌てたような羽音が聞こえる。
血血血血血血血血血血血
慌てたような声が聞こえる。
「『
でも、もう遅い。この一手で、ここから逃げ出すッ!
「未来を予知し自分たちを信じさせ、依存させ、最後には大量の血を得るのが目的だけど、そんな大それたコトはできないのが、『
あやふやなままだったから、予血ペンは凶悪な怪異だった。
みんなが噂を信じ、絶対に予知が当たるとされているから、他人を洗脳したり、認識を阻害したりというチカラを発揮できた。
過程はどうあれ、予知の結果が正しくなるのであれば、認識阻害も洗脳も、それ以外の悪質な手段もなんでもあり――あやふやだったからこそできた手法だ。
因果関係が逆だろうと、予知が正しいことになるように、予知をしてから様々なモノに影響を与える。それが予血ペンという存在だった。
「『
雑な予知を疑いなく信じるバカに拾われて良かったわね。どれだけ血を貰ったのかしら? そろそろ手首を切るくらいの血を貰えそう?
さすがにそれだけされれば、他人の洗脳や認識阻害とかのイタズラはできるのかしら?」
私の身体が動くようになる。
まずは、私の顔から精神に入り込もうとしている妖精を引っ張り出して放り投げる。
それから、反撃手段を考える……いや、その必要はない。
お昼休みに見つけた音が、手の届く場所にある!
ならば、握るべき音は一つ。
「『
その予知は完璧じゃない。妖精たちによるマッチポンプはあれど、それも完璧とは限らない。抜け出せるし、
「さっきからブツブツブツブツ、何を言ってやがる!」
さらに服を引きちぎられる。
でも、それで済むなら安いモノ!
何よりもう破かれてるんだからこれ以上破かれようと服の価値は変わらない。
「ちゃんと聞きなさい。みんなが予血ペンと呼ぶ筆記具に関する大事な話よ?」
「は?」
「予知は覆る。覆せる。妖精にできるイタズラはここまで。未来予知の時間はここで終わり。ここからは――」
そう――ここからは、私の脱出の始まりだ。
所長さんのように、私は私の名前を口にするッ!
「――ここからは過去に記された音の時間!
「なんだ……なんなんだよオマエは……!?」
顔を殴られる。
「が……!?」
痛い。泣きそう。だけど……。
私は痛みに耐えながら、男を睨む。
「過去の音を押しつけて再現する」
私は握りしめた音を、男の股間に押しつける。
「をふぉぉぉん……!?」
男が情けない音とともにビクビクと震えだした。
ついでに股間が湿りだしているけど、知ったこっちゃない。
完全にチカラが抜けているこのタイミングで、押しのける。
「あふん」
男は変な声を上げながら、横へと倒れた。
徐々にこみ上げてくるのを自覚しているのと、想定外のタイミングでいきなりくるのだと、たぶん勝手が違うんだろうなー……。
まぁ、それは女でも同じかもだけど、どうでもいい。
私は立ち上がって、見下すように微笑んだ。
「あらあら。まだズボンもおろしてもいないのに果てちゃうなんて、早漏にもほどがあるんじゃない?」
何の音を押しつけたのかと言われたら、まぁうん。察してほしい。
嬬月荘の時もそうなんだけど、ドヤってキメ顔できるほどの切り札って感じがしないんだけどさ。
だいぶ最低な切り札な気がするけど、ちょうど良いタイミングに刻まれている音がそれなんだから、私のせいじゃない。不可抗力だ。
ともあれ――
顔は痛いけど、身体の自由は聞く。反撃もできた。
ならば、あとはここから逃げだすだけだ。
男が復活する前に離れよう。
裏庭を飛び出し、正門へ向かう。
服が破けているけど気にしている場合じゃない。
零れた胸をかばいながら走るのは走りづらいんだけど……いっそもう気にせず両腕ブンブンふる?
それはそれで、何か女としてダメな気がするので悩ましい。
とりあえずスマホを取り出し、Linkerを起動。
音声通話モードで綺興ちゃんを呼び出す。
『どしたー?』
「綺興ちゃん、これから何を言ってるのか分からないコト言うと思うけどそのまま聞いててッ! それが対抗手段だからッ!」
『よくわかんないけど、わかった! かもん!』
即座に理解してくれるのは助かる。
所長さんでも良いかもしれないんだけど、
「予血ペンの正式名称いや本来の名称は――
妖精が宿っていて血を与えると予知してくれる……」
走りながらさっきの名前の名称を口にし、能力詳細を語る。
名称と方向性を、当事者以外にも認知させれば、きっとより固定されるはずだから……!
ぴろぴろという奇妙な羽音を響かせながら、追いかけてきているけれど、先ほどまでと違って迫力がない。
足をかけようとしてくるけど、上手くいかない感じ。
「ま、待てッ!!」
正門までたどり着いたところで、復活したらしい男が追いかけてくる。
「あ! 私を押し倒したクセに、服を破って胸を揉んだ辺りで果てちゃった早漏男だ! 助けて!!」
大声を上げて逃げる。
『ああ? 存歌。今なんて言った?』
なにやら、電話越しに綺興ちゃんのドスの利いた声が聞こえた。
「ええっと……」
『怪異と戦ってるんじゃないのか?』
「ペンの持ち主である男も込み……かな?」
苦笑混じりにそう告げると、明らかに電話の向こうで綺興ちゃんが怒ってるのを感じる。
「ご、ごめん綺興ちゃん。怪異対策は十分っぽいから切る。
ここからは全力で逃げるから……ッ!」
『ちょっと存歌ッ!?』
私は謝りながら通話を切ると、軽く深呼吸してから走る速度を上げた。
正門周辺にいた人たちに注目されているのに気づいたけど、もう今更。
服が破けてブラもズレてとにかく最悪だけど、あの男に追いつかれるくらいなら、そのまま逃げる。
走りながらチラリと後ろを見る。
股間のあたりがだいぶ湿っているのを見て、思わず吹いてしまった。
「何を笑ってやがる!」
鬼のような形相で追いかけてくる。
男だけでなく、ぴろぴろと羽音を立てる妖精たちも。
だけど正直なところ、もうどっちも怖くはない。
「私を無理矢理に押し倒した挙げ句、服を破って乱暴に胸を揉んできたと思ったらそこで果ててしまったじゃないですか。
つまりめっちゃ怖い顔しているけどパンツの中はグチャグチャなんだろうなぁとか思ったら面白くなってきてしまって!」
わざと大声で言ってやる。
周辺の人たちはギョっとした様子でこちらを見――あ、何人かの人たちは通報してくれてるっぽい。ありがとうございます。
「テんメェぇぇぇっぇぇぇ!!」
そして、私は――どうみても廃墟にしか見えない、
一階のロビーの真ん中で、私は足を止める。
「ようやく観念したのかよ」
ヘラヘラした調子で声を掛けてくるけれど、肩で息をしてるので、あんまり余裕があるようには聞こえない。
「いえ、観念するのは貴方です」
くるりと男の方へと向き直り、私は告げる。
「
あなたに押し倒された時までは、妖精たちがペンの持ち主たる宿主から血を得る為に好き勝手やっていましたが、今は
「さっきから何だよ、その
「さっきから何度も言ってます。予血ペンの本来の名称です。
予血ペンという噂と、それに付随するあやふやなエピソードの数々が、あやふやなまま妖精たちにチカラを与えていたのだという話です」
「だから意味がががァ……ッ!?」
男の言葉が中断され、顔から床にダイブする。
「え?」
「あやふや故に強力であった怪異に名前を与えて弱らせたんだね」
倒れた男の背後には、夢アジサシのマスターが立っていた。
マスターも怪異への名付けの話、知ってるんだ。
「……服まで破かれている……って、その顔、大丈夫かい?」
本当にこちらを気遣うように訊ねてくるマスターに、心が温かくなる。
「あ、はい。
名付ければ弱体化するかも! って発想が出てこなかったらマズかったかもしれませんけど」
「顔は?」
「……痛いです」
「だよね。全く怪異を利用して女を襲うなどと……」
マスターが男を乗り越えて私のそばにやってくる。
「私のコートで申し訳ないが、羽織るといい」
「ありがとうございます」
所長さんかリスハちゃんに助けてもらうつもりだったから誤算ではあるけれど、マスターでも問題はない。
それに、このビルの中で騒ぎが起きるっていうことは――
「騒々しいからと降りてきてみれば、これはどういう状況だ?」
当然、所長さんも出てくるわけで。
「存歌! なんかピンチっぽかったけど大丈夫?」
「所長さん、リスハちゃん!」
さらにリスハちゃんも階段下りてきたので、もう怖いものなし。
「なんでだ……オレは予知の従っただけだ……夜の食堂でカツ丼食っている美人を押し倒せって……それをすれば幸せになれるって……」
ゆっくり男が立ち上がると、私の周囲を妖精たちがぴろぴろと飛び回り出す。
だけど――
所長さんは無言でレオニダスさんを呼び出し、レオニダスさんは周囲を飛び回る妖精をそれぞれの腕で一本ずつキャッチ。
そのままグチャっと握りつぶした。
握り潰されたゼリーのように飛び散る妖精。うーん、色だけならスプラッタ。
ちなみにリスハちゃんも同じことしてた。うーん、スプラッタ。
「予知……ああ、予血ペンの話か?」
「
「……なるほどな。無茶をする」
それだけで察してくれたらしい。
「だがだいたい分かった。予知にカコつけて音野さんを押し倒したワケだ」
「まったく――紳士としてあるまじき行いですね」
そして、所長とマスターは私をかばうように前に出た。
「っていうか存歌、顔!
明らかに殴られてるよね、これ!
こいつ、殺してよくない? ねぇねぇ? 始末しちゃダメ?」
ついでに、リスハちゃんはめっちゃ物騒な言葉で喚いていた。
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