守宮の淑女 - レディ・ガーディアン - その3
「まずはこのビル内の様子を監視する能力だが――まぁ、これは大丈夫だろう。リスハの名前の由来事態がこのビルだ。そこが揺らぐコトはあるまい」
そう言う探偵さんに、リスハちゃんはうなずく。
「うん。それは大丈夫そう」
「――となれば、こちらか」
そういうと、探偵さんは足下に転がっているコンクリ片を一つ手に取った。
さっき投げつけられた大きい奴だけど、探偵さんはレオニダスさんを呼び出してそれを砕く。
手のひらくらいだったコンクリ片を、手で握れるくらいの大きさにした。
「あれ、それって嬬月荘を見て回ってる時に、時々ポケットから取り出してた……」
「そうだ。リスハの能力の一つがこれに宿っていた」
なるほど!
便利アイテムかと思ったらリスハちゃんのチカラが宿ってたのか。
「では音野さん。少しつきあってくれ。このビルの裏手にある公園に向かう」
「りょーかいです」
そうして私たちはビルから出て、裏手の公園へ。
公園といってもそんな小さい公園だ。
住宅街の中にある、小さな遊具が二つくらいとベンチが一つある程度のもの。
そこのベンチに私たちは腰を掛けると、探偵さんがポケットから例のコンクリ片を取り出した。
「リスハ。どうだ?」
すると、コンクリ片に話しかける。
私はこれがリスハちゃんの能力に関することだという予備知識があるからいい。
だけど、端から見ると良い歳の男性が、コンクリ片に女の子の名前を付けて呼びかけている事案のようにも見える。
すると――
《はいはーい。先生、存歌。ワタシの声が聞こえるかしらー?》
――なんとコンクリ片から、リスハちゃんの声が聞こえてきた。
「ふむ。問題なさそうだな」
「すごいすごい、なにこれ!?」
《ワタシの能力の一つよ。ビルの欠片に、自分の一部を宿せるの》
それを聞いて、アパート探索中に、探偵さんがちょくちょく石を取り出してたのを思い出す。
なるほど、あれはリスハちゃんとお話してたワケだ。
《こうやって外でお話できるし、何なら写し身みたいなのも……》
そう言って、リスハちゃんは少し喋るのをやめる。
それからややして――
「やっほー!」
――コンクリ片の中からリスハちゃんが飛び出してきた。
「……ってあれ?」
そのまま探偵さんの膝の上に、横座りする。
「リスハ。出てくるサイズを間違えているんじゃないか?」
「やったー先生の膝の上~」
喜び首に手を回しながらも、ちょっと目が泳いでいる。
探偵さんの指摘の通り、サイズを間違えたというやつなのかもしれない。
「普段の
「……それがそのぉ、ダウンサイジングできなくなっちゃったみたい……」
「そうか。ならば降りろ」
そう言って探偵さんはやや乱暴にリスハさんを放り投げた。
「いったーい。ちょっと先生ひどくないッ!?」
「リスハちゃん大丈夫?」
「存歌がやさしー!」
手を引いて立たせてあげる。
それを見ながら、探偵さんが訊ねた。
「石の中には戻れるか?」
「やってみる」
リスハちゃんは、むむむむむ~っと眉を顰めて何かを念じて……そして石の中に吸い込まれていった。
《できるみたいよー》
「外に出ての消耗はどうだ?」
《以前の小人モードと同じ消費で、あのサイズで活動できるみたい》
「小人モードとやらが使えなくなったのは痛いが……まぁ許容範囲か」
ふぅ――と息を吐いてから、探偵さんは立ち上がった。
「さて音野さん、事務所に戻ろう。
今日は少しばかり冷えるから、外で長話というのもあまり良くないだろうからな」
探偵さん、私には結構紳士的に対応してくれるけど、リスハちゃんは結構粗雑な扱いな気がする。
まだまだ私が身内じゃないからかなぁ……。
うーん、もっと仲良くなれば変わるかな?
めざせ、粗雑な扱い!
……いや違う。なんかその目標は違う気がする。
なんであれ、私は探偵さんと一緒に、事務所へと戻るのだった。
「おっかえり~」
事務所に戻ると、リスハちゃんが明るく出迎えてくれる。
その姿に、ふと疑問が湧いたので、リスハちゃんに訊ねた。
「石から出てきたリスハちゃんと、お留守番してたリスハちゃんって、別人?」
「おっと、難しい質問ね。
同一の存在ではあるけれど、合流するまでは別個体……みたいな?
ワタシが本体で、石の方は分身。だけど分身はワタシの元へかえってくる間では、別のワタシなの」
「ん? んんー??」
リスハちゃんの言っていることが分からず、私は首を傾げる。
それを見てリスハちゃんはクスクス笑いながら補足してくれた。
「ワタシが大本のパソコン。あの石は作業用に大本からコピーされたデータ。
外で作業をしてきて更新されたり、新規に作成されたデータを、このビルに持ち帰ってくるコトで本体であるワタシと差分の統合や共有をする……っていうと分かる?」
「なんとなく?」
デジタルな話に詳しい人になら通じるかもしれないけど、私はちょっと無理かも。
それでも何となくは本当に分かった。
「とりあえず、ここにリスハちゃんも、石に宿るリスハちゃんも、どっちもリスハちゃんとして接すればOKってコトだよね」
「そう! それでOK!」
いえーい! と両手でハイタッチをする私たち。
それを見ながら――
「二人のやりとりを聞いていると時々頭が痛くなってくるのは気のせいか」
――探偵さんが何やら言っている。
でも、私もリスハちゃんもさして気にせずに、ソファのある部屋へと向かっていくのだった。
探偵さんの事務机もある部屋へと戻ってくる。
お客さんようのソファも置いてあるので、私はソファへと腰を掛けた。
探偵さんも正面に座り、リスハちゃんが淹れ直してくれたコーヒーを啜っている。
「さて、リスハとの顔合わせ目的が横道にそれまくってすまなかった。
最後に音野くんに確認したいコトがある」
「なんです?」
「君の能力の名前を聞いてないなと思ってね」
「ワタシも気になるー! っていうか存歌の能力自体が何なのか聞いてなーい」
そういえばリスハちゃんには言ってないか。
「えーっと、先にリスハちゃんに説明すると……」
過去の音をマンガの擬音的に視ることができる。その音に触れるとざっくりと情報を引き出せる。その音を握りしめてから何かあるいは誰かに押しつけると、音が発生した時の現象を再現したような影響が出る。
……とまぁこんなところか。
「そして名前なんですが……無いです。あった方がいいんですか?」
「ああ。リスハへの名付けとは逆に、開拓能力への名付けは可能ならしておいた方がいい」
「どうしてですか?」
「人の精神の発露であり、精神状況に左右されやすいのが開拓能力だ。
そんなモノが名前も付けずにあやふやなままにしておくと、何かあった時に暴走したり、変な形に進化したりしかねない」
……文字を握り、押しつけられるようになったのって、もしかしなくても、虫に襲われて焦ってたから発生した進化だったりする?
そうなると、確かにあやふやなままなのは怖いかもしれない。
知らずに人を傷つけちゃうような変化や進化というやつをされても困る。
「わかりました。何かアイデアあります?」
「そうだな……」
探偵さんが考えだすと、その横にいたリスハちゃんが挙手をした。
「はいはーい。ワタシつけたい!」
「付けたい……とはいうが、音野さんが気に入るかは別問題だぞ」
「もっちろん! ダメならダメでいいから!」
そんなワケで、私はリスハちゃんの付けた名前を訊ねる。
すると、彼女は大変嬉しそうに、顔の前で人差し指をピッと立てて告げた。
「
「じゃあそれで」
「即答したな。しかしそれでいいのか? 下手すれば能力の進化する方向性を定めるようなモノだが」
「自分でも自分の能力のコトまだまだ分かってなさそうだし、それっぽい名前ならそれでいいかなって思いました」
「君がいいなら、文句は言うまい」
探偵さんが小さく笑い、私もそれを返すように微笑んだ。
いやぁ、探偵さんのこの小さな笑み、ちょっとハマっちゃってる気がする。
「能力が進化し、ヴィジョンが発生したらそのヴィジョンにも名前をつけないとだけどねー」
「そうなの?」
「ヴィジョンは歴史上の人物や、神話の英雄や神の名前を付けるコトが多いらしい。実際、俺のレオニダスも歴史上の人物だ」
「へー」
……レオニダス、レオニダス……世界史も日本史もあんま得意じゃないから、ちょっとピンと来ないや。
それはそれとして、能力を使う時に探偵さんみたいに口に出して発動するとカッコよさそうだよね。
「さて、これで今日の顔合わせは終了だな。
今度の土曜日は、よろしく頼む」
「はい! あ、何か持ち物とかありますか?」
「事件次第だが、一泊してくる可能性がある。
着替えの類はあった方がいいかもしれないな」
「わかりました」
泊まりかー……。
廃墟みたいな建物で一泊とかだったらちょっと怖いかも。
まぁなるようになるか。
「それじゃあ、今日はこれで失礼します」
「ああ」
「あ、いつまでも探偵さんって呼ぶのも変ですよね。なんて呼べばいいですか?」
「探偵さんのままでも構わないんだが……まぁ君の好きに呼んでくれ。
「じゃあ、所長さんと呼ばせてください」
「わかった」
「では改めて失礼しますね所長さん。土曜日はよろしくお願いします」
「ああ」
立ち上がって、軽く頭を下げる。
「じゃあまた土曜日ね。存歌」
「うん、リスハちゃんも。また土曜日ね」
そうして私は郷篥探偵事務所を後にする。
実は、土曜日がちょっと楽しみだったりしている私なのでした。
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