第31話 時代は動き始める
「王命だ。行くぞ。目標はオリエンテム王国。アレクサンデル=オルムグレンだ。後続の兵はすぐに出発をするはずだ」
パリブス王国オリエンテム側要塞司令官、トルスティ=クレーモラ伯爵が吠える。
長期間専守防衛のみでじれていた。
圧倒的強さを持ちながらの防衛。
この世界の人間としては、命令によく従っていたといえるだろう。
そこへ、やっと王からの命令。
オリエンテム王国へ侵入して、王を倒せ。
次に攻撃をしてきたら追撃せよ。
伯爵は、それを聞いて喜んだ。
自身の持つ圧倒的暴力。
頭の中では、自軍の兵に追われ、バタバタと倒れていく敵兵。その姿を想像してほくそ笑む。
気導鉄騎兵団は、燃料の問題で遅れて出発となっているが、銃と呼ばれる新型の矢で問題はないだろう。
ちょうど、今回はなぜか、神野裕樹が姿を見せない。
なら王命が優先で良いだろう。
なぜか、戦術において、王命よりも神野裕樹に従えと命令されていた。
理由は、新型の武器を運用するのに、王よりも彼らの方が詳しいからだろう。
だが、時は期した。奴らは滅びたいようだ。
馬に乗り、トルスティ=クレーモラ伯爵自らが先頭を駆けていく。
装備は、金属糸を織り込んだ特殊装備。
特に外套は防刃性に優れ、矢も通らない。
見た目は普通の軍装だが、すべて防刃だ。
ヘルメットは、一見すると日よけ垂れに見える、矢よけ付きである。
兵装用複合繊維も開発した。
一メートルの距離で、この世界で使われている一般的な弓なら矢は通らない。
この開発には服飾関係に力を入れている、井上達が気合いを入れた。
多少コスっぽいが、軍服もエレガントでありながら、その性能は今までの軍装より強化されている。
日本軍の青褐色がベースだが、階級により赤ラインや銀、金のラインが上品に使われている。
当然、軍靴や手袋も鉄板入り。
従来より身軽だが性能は同等。
そう、従来は鎧装備。それに比べれば可動域も広く動きやすい。
戦闘に入れば、防刃のフェイスガードも装備する。
真っ白で、目の部分には分厚目のガラス入り。
兵達が装備して訓練をしたが、表情が見られないのが、あんなにも恐怖心を煽るものだとは知らなかった。
一方オリエンテム王国側も焦っていた。
強力だと思っていた矢が刺さらず、それを切っ掛けとして轟音が鳴り、兵達は一瞬で粉砕されてしまった。
そしてあろうことか、騎兵が出てきた。
第三次攻撃隊から、隊長を務めるライハラ=ポウタネンと、副官であるプルック=プッリネンは、それを見て焦る。
テーブルまで作り、優雅にお茶をしていたが、すべてを引っくり返して撤収に掛かる。
敵の武器は強力。
相対しての戦闘などきっとさせてもらえない、姿が見えたらもう此方の命はない。
「逃げるぞ。全員撤収」
見事なまでの、逃げっぷり。
装備も兵糧もすべて放り出し駆け出す。
上級の者達は馬で逃げるが、一般兵は駆け足だ。
ちりぢりになり、身を潜める。
その前を、百騎以上の隊が駆け抜けていく。
潜んでいた兵が、矢を放とうとしたら他の誰かがすでに放ったが、矢は至近距離なのに刺さらず、馬の上から筒が矢を放った兵の方へ向くと轟音が轟く。
騎馬は、その後を確認もせず駆け出す。
行きすぎた後、矢を放った兵を見に行くと顔がなくなっていた。
そのむごい死に方を見て、兵達はすべてを投げ捨て逃げ始める。
さっきの騎兵は、きっと第一弾の追撃。
すぐに、次がくる。
その時には、掃討兵だろう。
今のうちに、遠くへ。
無言だが、兵達は示し合わせたように、バラバラになって逃げる。
「ちくしょう。なんで今回に限って」
「伯爵あまり飛ばすと、馬が潰れます」
馬の出せる一番速い歩法が襲歩(しゅうほ)だが、わずか四から五キロが限界だ。
「そんなことは分かっている。だが……」
「追撃も、きっと速歩(はやあし)か駆歩(かけあし)ですよ。やつら、替えの馬がいませんから」
副官プルック=プッリネンの進言を聞いて、なるほどと理解をする。
此方は村や町で馬を代えれば良い。だが奴らにはそれが出来ない。
そう理解をして、スピードを落とす。
彼らは、知らなかった。
王都まで追撃するために、本気で追う気が無かったことを。
要塞から、準備が整い次第、兵達や兵糧の部隊が出発を始める。
その後燃料のアルコールを貰ってきた部隊が合流をすると、気導鉄騎兵団十騎がいよいよ移動を開始する。
多少改良も進み、歩行速度も上がった。
ハルバードと、二十ミリ機関砲が怪しい存在感をだす。
その姿は、オリエンテム王国民に恐怖を与え、パリブス王国に手を出した王国上層部への不満が募る状況を引き起こす。
今回の、出兵を傍観もしくは反対していた貴族は、これを機に王への謀反を企て、パリブス王国へ共闘を持ちかける。
パリブス王が、ストレスから反射的に決めた出兵だが、思ったよりは状況が好転して上手く行くこととなった。
熱が引き、目覚めた裕樹は吠えたらしいが、時すでに遅し。
周りになだめられる事になる。
だがその姿が、王国内に波紋を広げる。
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