第21話 アルトゥロの苦悩
「まあ、そんな事はどうでも良いわ。アルトゥロ=パチェコ男爵だったかしら?」
「ええ。そうです」
一瞬だけ慶子は、広大な思考の海に没していたようだが、復活を果たした。
そしてミスは、無かったことにして話を進める。
「お家の再興と言うことは、この状態でメリディオナル王国とも戦闘状態に入れって言うこと? あの国は高い山脈に阻まれて、まともな道はないはずよ」
「えっ、あっ。はい」
突然の、慶子の再起動について行けないアルトゥロ。
「ですので、全面戦争ではなく現王家。その周囲だけを滅ぼして、私の家が正当性を訴えれば良いのでは無いかと、愚考いたします」
「愚考ね」
考えをぶった切る。
「ぐっ」
アルトゥロは胸を押さえて机に突っ伏す。
「いい。現王家として、王城で住み。王として国を動かしている。その中では兵や近衛だか騎士がうようよいるのではなくて?」
「それは、そうです」
「その中を何とか突っ切って、王を切ったとしても、周囲がその正当性を認めなければ単なる謀反。捕まって絞首刑? それともさらし首? 今言っている正当性? そんなものは、あなたが言っているだけでしょ?」
ビシッと、慶子は言い切る。
「いえ。親たちも」
その返事に、小学生が使う、みんなが言っているからと言う、定型句を思い出す。
「その言葉は本当なの? 昔ご先祖が悪い事をして罰せられた。それを逆恨みでとか、過去の栄光を忘れられない年寄りが、適当に良いことを言っているのじゃ無くて? それならあなたは、単なる道化。乗せられた私たちも同じ。その場合、あなたに責任は取れるのかしら?」
指摘されて気がつく。
生まれたときから、ひたすら言われ続けた言葉。
それが本当なのか?
疑ったこともなかった。
「そう言われると、明確な証拠。証明できるものは今はありません」
分かっているのは、討伐に出た先祖。目的を果たせず責任を負い。当時公爵家だったが、没落への道を進んだ。だが、その討伐自体が王家の罠であることと、挟撃や伏兵すべてが王の指図であったこと。それは確かに証拠としてある。
「私たちを説得できないものが、現王の周りで務めている人たちを、説得できるわけが無いでしょう? やり直し。先ずはそこからよ」
ビシッと、指をさす。
どこかで見た、月に代わってお仕置きをするようなポーズ。
いや、胸を誇示しようと胸を張った姿は、どこかで見たような?
少しよろけながら、姿勢を戻す慶子。
「すべては、そこから始まるのよ。もし間違っていたなら、胸を貸してあげるわ。私の胸でお泣きなさい」
そう言って、アルトゥロに向けて両手を広げる。
「おい。慶子」
その台詞に、背後から怒りが発せられる。
そういう関係だった、秀明部長。お怒りだ。
「あっ。そう言うわけじゃ無くて、あの、金髪が好みとか、シャイな感じの貴族が良いとか。身長が丁度良さそうとか。あーごめん。はっきりざっくり言って、モロ好みなの」
「ぐはあぁ」
膝をつく、ミステリー研部長。山本秀明一七歳。
子供の頃から聡明で、あれはそう。小学校の三年生のとき、学校の図書館で江戸川乱歩全集に出会い。感銘を受けた。
小学校の三年生には、多少難解な文章。
だが、その魅力はすさまじく、没頭する日々。
その頃から、周りのクラスメートの稚拙さと幼さを肌で感じて、彼はいつしか周りから距離を置いた。
中学の頃になり、ミステリー好きがいることを発見し、連むようになる。
だがっ。彼らでも秀明とでは距離があった。
人当たりは悪くないが、心の中では見下していた。
そう。此方へ来て、慶子に会うまでは。
彼女は、幅広く読んでいた。
その違いだが、知識量に引かれた。
多少身体的には、上品だったが、その欲。
好奇心は素晴らしかった。
聞きかじったことも、躊躇無く試す。
それは男として、非常に満足できた。
お互い様で。
だが、その興味が…… いや、その素養はある。彼女が本と出会ったのは、いわゆる童話。ベタベタの王子様がキスをしてとか、迎えに来てとか……
そうだよ。彼女の基本は王子様。
一瞬でそこまで思考する。
うん? 身長が丁度良い。
ああそうか、顎クイをするのに俺じゃ低い。
「ああ゛あ゛ぁ」
「おい君、大丈夫か?」
何のことなのか、訳の分からないアルトゥロが手を差し伸べる。
「やめろ。おれに…… やさしくしないでくれぇー」
そう言うと、彼は泣きながら部屋を飛び出していった。
「あー。慶子と言ったか、国へ帰り。もう少し調べ直してくる。少し待っていてくれないか」
「ええ。待つわ。アルトゥロ様」
少し落ち込んだ、アルトゥロを慶子のささやかな胸が包み込む。
「申し訳ない」
アルトゥロは何かを決心し、立ち上がる。
慶子はそれを見て考える。
やはり、このくらいの身長差は欲しいわね。
「むふっ」
思わず、笑みが出る。
ただ、この世界の人。臭い。
「お風呂に入りません?」
「はっ?」
だが、慶子の目論んだ、男性における比較検討は達せられず、彼は旅立っていった。知識欲と好奇心を満たせなかった。垣間見せる理系のメンタル。
「仕方が無い。手近で研究ね」
「慶子。戻ってきてくれたのかぁ」
秀明の悲痛な言葉がこだまする。
「あらあら、寂しかったの? いらっしゃい」
「うん」
普段みんなには見せない、秀明。その真の姿。完全に彼は慶子に依存し、転がされていた。トリックには強いが、メンタルは弱い。
「ぼくね。さみしかったのぉ」
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