第4話 予期せぬ別れ
叙勲式の後は、皇宮の庭園でパーティーが開かれた。
軽食やワインなどが振る舞われ、来賓の貴族たちが楽しげに談笑している。
ジュリエットとミレイユも、それぞれ果実水とワインを片手にエドガールを囲み、叙勲式での勇姿を称えて褒めちぎっていた。
「あなたはいつも素敵だけど、今日は特に素晴らしかったわ。その勲章もとっても似合ってる。さすが私の夫ね」
「エドガール様のお姿があまりにもご立派で感動いたしました……」
誇らしげな表情のミレイユと、感激に瞳を潤ませるジュリエットに、エドガールが穏やかな笑みを向ける。
「そんなに喜んでもらえるとは。君たちに見てもらえて光栄だよ」
「ふふ、あと3つくらい勲章が欲しくなっちゃうわね」
「もっと頑張れということか? まったく俺の女王様は人使いが荒い」
夫婦の気の置けない会話にジュリエットがくすりと笑う。
「まあ、ジュリエット。今笑ったわね〜」
「あっ、申し訳ありません、ミレイユ様……!」
「ふふっ、怒ったんじゃないからいいのよ。あら、あそこにあなたの好きなケーキがあるわ。もらってきたらどう?」
「本当ですね。では、お言葉に甘えて──」
ジュリエットがデザートの置いてあるテーブルへ向かおうとしたとき、上空から黒い鳥のような生き物が飛んでくるのが見えた。
(あら、鴉? いえ違うわね、もっと大きい…………嘘っ!?)
それが鳥ではないと認識した瞬間、「ギャオオ!」という鳴き声とともに、鋭い爪がジュリエットを襲った。
「きゃああッ!」
「ジュリエット!」
ミレイユの手の平から赤い光が放たれ、悲鳴をあげるジュリエットと大きな爪の間に魔法の盾が現れる。
盾はジュリエットを護るように広がると、鋭い爪の攻撃を弾き返した。
「ありがとうございます、ミレイユ様……!」
「いいから、建物の中に逃げなさい! 黒翼竜よ!」
「は、はいっ! では、ミレイユ様も一緒に」
「私は結界を張り直さないと。今それができるのは、私か兄だけだから。あなたは安全な場所に避難してちょうだい」
「わ、分かりました」
ミレイユに指示され、ジュリエットは一人で皇宮の建物内へと駆け込む。
(まさか黒翼竜が現れるなんて……。皇都に魔物は出ないはずなのに……)
魔物が出るのは、森や谷などの人里離れた場所のみ。
その上、皇宮のある皇都は万が一にも魔物に襲われないよう、魔物除けの高度な結界が張られているはずだった。
他の貴族たちに押しのけられながらも、なんとか安全地帯へと逃れたジュリエットは、柱の横から庭園の様子を
数体の黒翼竜が庭園に降り立ち、逃げ遅れた人々を襲っている。
そこへ皇宮の騎士たちが駆けつけて応戦したり、怪我人を運んだりしているようだった。
(そういえば、エドガール様は……?)
辺りを見渡して主人を探すと、一体の黒翼竜と対峙するエドガールの姿が目に入った。
(あんなところに……! でも心配いらないわよね。エドガール様は魔物と戦い慣れているから)
辺境伯領は魔物が多い。
そのため、エドガールは魔物の討伐経験が豊富だった。
黒翼竜はたしかに強い魔物だが、エドガールはさらに上位の魔物を何体も倒している。
だから、数匹いたところで、さほど問題ではないはずだ。
(ほらね、やっぱり)
ジュリエットが思ったとおり、エドガールはたった数回の攻撃で黒翼竜を一体仕留めていた。
(さすがエドガール様だわ)
鮮やかな剣撃に見惚れて溜息をついていると、今まで植え込みに隠れていたらしい老婦人がよろよろと這い出してきた。きっと、もう安全だと思ったのだろう。
しかし、まだ生き残っていた黒翼竜に見つかり、狙いを定められてしまった。
(危ない!)
間一髪のところでエドガールが間に入り、黒翼竜の攻撃を受け止めた。
「今のうちに早くお逃げください!」
「ああ……辺境伯様、申し訳ございません……」
ジュリエットは建物から飛び出して、老婦人の元へと駆けつけた。
「エドガール様、この方は私がお連れいたします!」
「すまない、ジュリエット。頼んだ!」
エドガールは自信に満ちた笑みを浮かべると、剣を構えて黒翼竜へと向かっていく。
(ああ、もう大丈夫だわ)
ジュリエットはエドガールの勝利を確信した。
しかし──。
背後から黒翼竜の咆哮と、肉の裂ける音、そしてエドガールの苦しそうなうめき声が聞こえて、ジュリエットは後ろを振り返った。
(……そんな、嘘でしょう……?)
ジュリエットの目に入ったのは、黒翼竜の漆黒の爪に貫かれたエドガールの姿だった。
「エドガール様っ!」
そばに駆けつけたかったが、ジュリエットの腕には歩くのもやっとな老婦人がいる。
今は一刻も早く彼女を安全な場所へと連れていかなければならない。
葛藤を感じていると、突如、黒翼竜の体が紅い炎に包まれた。
それと同時に、ミレイユが金色の髪を振り乱して駆け寄ってくる。
「エドガール! あなた! どうして……!?」
黒翼竜を燃やし尽くす炎の前で、膝をついたエドガールをミレイユが抱きかかえる。
エドガールは荒い息を吐きながら、血のついた手でミレイユの頬に触れると、申し訳なさそうに笑った。
「すまない……しくじった……」
「謝らないで……あなたは悪くないわ……」
「気をつけろ……何か、おかしい……体が急、に、動かなくなっ……て……」
「分かったわ。分かったから、もう喋らないで。止血しないと……!」
辺りは血の海で、エドガールの青い瞳にはほとんど光が宿っていない。
「……アルベリクに、謝っておいてくれ……」
「ねえ、やめてちょうだい。自分で会って話せばいいでしょう……?」
死を覚悟したエドガールの言葉を受け入れられず、ミレイユが駄々をこねる子供のように首を振る。
「君を置いていくことになって、すまない……」
「やめて、聞きたくないわ」
「だが……君に抱かれて死ねるなら、いい最期かもしれない……」
「いやよ……あなた……」
顔をぐちゃぐちゃにして泣くミレイユの腕の中で、エドガールが穏やかに微笑んだ。
「愛しているよ、ミレイユ──……」
これが、エドガールの最期の言葉だった。
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