第2話 絶世の美女
「アルベリク様がわたしを蘇らせた……!?」
ジュリエットが驚きに目を見開く。
「そんなこと、どうやって……」
死者を蘇らせるなど、神の領域だ。
そんなことが本当に可能なのだろうか。
戸惑いを隠せないジュリエットに、アルベリクはふっと微かに笑って、壁のほうを指差した。
「鏡を見てみろ」
アルベリクが壁際の大きな姿見を指し示す。
ジュリエットは不思議に思いながらも言われたとおりに鏡を覗き込み、目にした光景に言葉を失った。
(どういうこと? あれは
ジュリエットは茶色の髪に、
しかし、目の前の鏡の中には、18年間見慣れたジュリエットの姿はなく、思わず息を呑んでしまうほどの絶世の美女が映っていた。
冴えた月の光を思わせる艶やかな銀髪に、春の陽を溶かし込んだような金色の瞳。
肌は陶器のように白く滑らかで、ふっくらした頬と小さな唇は瑞々しい果実のようだった。
「前の君とは別人だろう。君の魂を別の器に移したんだ」
驚きのあまり人形のように固まったままのジュリエットに、アルベリクが説明する。
「強い哀しみや後悔を抱いて死んだ者の魂は、天に還らず、ずっと現世にとどまるという。君の魂もそうだった。俺は君の血が残されたドレスを
アルベリクの語ったことは、にわかには信じがたいが、現にジュリエットは別人の姿で蘇っている。
(そういえば、皇族であるミレイユ様は非常に強い魔力をお持ちだった)
ミレイユの子息であるアルベリクも、その魔力を受け継いでいるから、死者の蘇生などという神の
(それなら……)
ジュリエットはアルベリクに期待のこもった眼差しを向けた。
「わたしを生き返らせてくださったということは、エドガール様とミレイユ様も──……」
ジュリエットの主人であり、アルベリクの両親であるエドガールとミレイユ。
一介の侍女である自分が蘇らせてもらえたなら、彼らも命を取り戻しているはず。
しかし、アルベリクはジュリエットの瞳から逃れるように視線を逸らした。
「蘇らせたのは君だけだ」
「そんな、どうして……!」
「──父の魂はすでにこの世になかった」
「ああ、なんてこと……。ではミレイユ様も……」
希望を断たれてうな垂れるジュリエットにアルベリクが視線を戻した。
「いや、母は亡くなっていない。生きている」
ミレイユは生きている。
その言葉に、ジュリエットは心から安堵した。
「ああ……生きていらしたのですね。本当によかった……。今はお屋敷にいらっしゃるのですか? よろしければわたしがお世話をしても──」
「無理だ。……ここにはいない」
アルベリクの声の響きで、ジュリエットは事態が思わしくないことを悟った。
「アルベリク様、わたしが死んでから今までのことを教えていただけますか?」
◇◇◇
一年前から留学のため他国に渡っていたアルベリクは、急報を受けて帰国した。
『お帰りなさいませ、アルベリク様』
屋敷に帰ってくるまで、アルベリクは手紙に書かれていたことが信じられなかった。
何かの間違いではないか。
自分に会いたがった母がいたずらでこんな悪趣味な
そうであってほしい。
しかし、出迎えた執事や侍女たちの暗い顔と、服喪を示す黒い腕章を見て、父の訃報が事実であることを理解した。
『お父君のこと、誠に残念でございます』
彼は父が子供の頃から世話をしていたと言っていた。
きっと深い悲しみに耐えて、自分を気遣ってくれているのだろう。
アルベリクも油断すると滲みそうになる涙をこらえ、執事の肩に手を置いた。
『──母は無事なのだろう? 面会できるか?』
『いえ、実は……』
執事の話では、母ミレイユは夫を亡くしたショックで心神喪失状態となり、兄である皇帝の命でしばらく皇宮に留まり療養することになったらしい。
(母が心神喪失? いくら父が亡くなったとはいえ、それで心を閉ざすような弱い人ではなかったはずだ。それに、父だって辺境を守護する歴戦の騎士。たかだか魔物数匹に後れをとって命を落とす訳がない)
話を聞けば聞くほど、違和感が拭えない。
『……母には専属の侍女がいたはずだろう。彼女はどうした。話が聞きたい』
『残念ですが、侍女のジュリエットも亡くなりました』
『そうか……彼女も魔物に殺されたのか?』
『いえ、ジュリエットはミレイユ様の魔力の暴走に巻き込まれて死亡したとのことで……。皇宮から遺品としてドレスが送られてきました』
ジュリエットのドレスからは、たしかに母の魔力が感じられた。
(だが、どこか違和感があるような──)
『ジュリエットのドレスはいかがいたしましょうか。血で汚れていますが……』
『そうだな、ひとまず保管しておいてくれるか。それから、すぐに皇宮へ向かうから支度を頼む。皇宮への手紙も送っておいてくれ』
『かしこまりました』
翌日、アルベリクは辺境伯領を発ち、ミレイユに会うため皇宮へと向かった。
しかし、皇宮に到着し、ミレイユに会いたいと伝えても、「不安定な状態だから」と
『俺は母に面会したいだけだ。会話ができなくても構わない。会わせてくれ』
『申し訳ございません』
『父を亡くし、俺には母だけなんだ。頼む』
『皇帝陛下のご命令ですので』
騎士たちの皇帝への忠誠心は高く、同情心を誘おうと無駄だった。
結局、アルベリクはミレイユと会うことなく、ひとり辺境伯領へと戻ったのだった。
◇◇◇
「……俺には、これが単なる不幸な事故だったとは思えない」
アルベリクの低い声が部屋に響く。
「だから君を蘇らせたんだ。その目で何を見たのか聞きたかった。君が知っていることを教えてくれ」
ジュリエットはしばらく黙って俯いたあと、ゆっくりと顔を上げた。
「真実を知る覚悟はできていらっしゃいますか?」
「もちろん。そうでなければ君を蘇らせたりしない」
「もし、すべてがただの事故ではなかったとしたら──」
「父を死なせた罪を償わせるまでだ。たとえ相手が誰であろうと」
アルベリクの瞳の奥で、暗い炎が
ジュリエットが両手を握りしめ、小さくうなずいた。
「……分かりました。すべてお話しいたします」
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