復讐の人形に恋は許されますか?
紫陽花
第1話 死から呼び戻されて
濃紺の空に赤みがかった満月が浮かぶ夜。
ラングロワ帝国の皇宮では、盛大な夜会が行われていた。
豪奢なシャンデリアの灯りの下で、麗しい美貌の男女が優雅にダンスを踊っている。
「イネス。そなたは本当に女神のような美しさだな」
「もったいないお言葉です、皇帝陛下」
イネスと呼ばれた令嬢は恥じらうように瞳を伏せ、口もとに美しい弧を描く。
(皇帝クロヴィス──。あなたが奪った命の代償を必ず支払わせてあげるわ)
その胸に、憎き皇帝への復讐を誓いながら。
◇◇◇
一点の光さえない暗闇の中。
ジュリエットは、あの数日間の出来事を何度も思い出していた。
いや、正確に言えば、思い出したくもないのに脳裏に焼きついて離れない光景に
皇宮で開かれたガーデンパーティーに突如現れた魔物たち。
来賓客を守ろうとして殺されてしまった辺境伯。
夫の棺の前で眠るように意識を失う辺境伯夫人。
そして、無表情でジュリエットの首を掴む皇帝──。
そんな
(エドガール様、ミレイユ様、お救いできなくて申し訳ございません……。お二人をお救いできずに死んだわたしは、きっと地獄に落ちたのでしょう……)
何もできなかった自分が情けない。
いくら後悔してもし足りない。
──もしあの日をやり直せたら、必ずお二人を助けるのに。
創生の女神に何度も、何百回も願いを捧げたが、時間が巻き戻ることはなかった。
地獄に落ちた者の願いは聞き届けてもらえないのかもしれない。
(……ならば、冥府の神よ。もしいらっしゃるなら、わたしの魂を地上に戻してください。少しの間で構いません。あの男に復讐する機会をお与えください──)
ジュリエットが心から強く願ったとき、突然、暗闇に白い光が差し込んできた。
光は次第に明るく広がり、ジュリエットの意識を包み込む。
(この光は何? 熱くて、痛い……!)
「…………」
引き裂かれるような痛みが引いたあと、ジュリエットは恐る恐る瞼を開けて、驚愕した。
「え……どうして……?」
まず、瞼を開けられたことがおかしい。
ジュリエットは皇帝に殺され、魂だけの存在となっていたはずなのに。
視線を動かすと、胴体と、胸の上で組まれた両手が見えた。
それに、固くて平らな場所に横たわっている感触もする。
「……わたし、生き返ったの……?」
目が見えるし、口もきける。手足を動かして起き上がることもできる。
もしや、冥府の神が願いを叶えてくれたのだろうか。
「ああ、冥府の神様……ありがとうございます」
ジュリエットが神に感謝の言葉を捧げる。
しかし、その直後、低い男性の声が聞こえてきて、ジュリエットはびくりと肩を跳ねさせた。
「やっと目覚めたか、ジュリエット・エベール」
「……っ、あなたは……!」
声のしたほうを振り向くと、艶やかな黒髪の青年が部屋の入り口で腕を組み、その深い海のような蒼い瞳をまっすぐジュリエットに向けていた。
ジュリエットは青年の瞳から目を逸らすと、頭を低く下げてお辞儀する。
「……ご無沙汰しております、アルベリク様」
青年はジュリエットの主人の息子である、辺境伯令息アルベリク・オリヴィエその人だった。
(アルベリク様がいらっしゃる……ということは、ここはオリヴィエ家のお屋敷……? 一体何がどうなっているの?)
状況が掴めずに戸惑っていると、アルベリクがジュリエットの顎に手を添えて上向かせた。
アルベリクの蒼い瞳と再び目が合う。
「ふむ、上手くいったようだな」
(うまくいった? 何のこと?)
ジュリエットが眉を
「君は冥府の神が生き返らせてくれたと思ったようだが、それは違う」
「え……? それはどういう──」
ジュリエットの問いかけに被せるようにして、アルベリクが告げた。
「俺が君を
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