青春時代

彼女は高校を卒業し、一浪するも、目指していた名門レニングラード大学の合格を射止めた。専攻は迷うことなく国文科。幼少期からずっと文学には助けられてきたし、本のおかげで先生や学校の質に関わらず知識を蓄え続けられた。小学校の時に、先生の間違いに気付いて、意を決してそれを指摘したのに、あっけなく自分が間違っている事にされて以来、学校の先生は信用できなくなった。思えばソ連時代は知識人の粛清などもあり、資格ある教員は不足していたし、戦後の混乱の中、小学校の教員には保育士程度の役割しか期待されていなかったのかもしれない。いずれにせよ、初めからアカリにとって学校は学びの場ではなかったから、選りすぐりの秀才が集う大学で学ぶ事はアカリの夢だった。


大学生活は思った以上に刺激的だった。そして初めて交際した人と結婚した。恋する若者らにとって二人だけの居場所は本当に限られていて、結婚すると支給される小さなアパートは夢の愛の巣だった。だからアカリの周りでも結婚ラッシュで、それほど珍しい事ではなかった。でも、学生結婚するカップルの半数以上がそうであるように、アカリの夢と恋は酔いの様にすぐにさめた。だから、同居もせずに離婚を決めた。離婚申請は簡単だったが、承認にはやたらと時間がかかった。その手続き中に運命的に出会った人との間に息子を授かったが、離婚がまだ成立していなかったため、入籍は後回しにして、未婚のまま母となった。24歳の冬だった。でも息子の父親とは結婚せず仕舞いで別れた。なぜって、理由は星の数ほどあったけど、取り返しのつかない最期の一滴が落ちたのは、まだ乳児だった息子と夏休みに友達のダーチャに滞在していたあの日だった。


数日前から来る約束をしていた彼が現れた。見ると手に見慣れない真新しいカバンを下げていた。聞くと、「いいだろう!買ったんだ。革製だぞ。」と嬉しそうにお披露目した。値段を聞くと、それほど高価でもないが、あればひと夏のダーチャでの食費やミルク代位は賄える程度の価格だった。これからまだまだ子育てにはお金が掛かるのに、贅沢品を買う余裕はあるのかと問いただすと、何と「君のお母さんがくれたんだ。」と打ち明けた。それは母が、アカリと息子のために、と工面して彼に言づけたたお金だった。


その話を聞いて男運のなさに同情する友達にアカリは言った。

「お父さんもお母さんもとってもいい親だったし、感謝してもしきれないワ。でもうちの親、一つだけ間違ったの。女の子は「かわいいね。」って育てないと、自分に自信がない大人になっちゃうのよ。で、年頃になって、「きれいだよ」なんて褒めてくれる男が出てくると、そういう言葉に慣れてないでしょ。舞い上がっちゃって相手を見極める冷静さを失うの。で、すぐに騙されちゃうってわけ。でも、これで私も学んだから、心配しないで!私もまだ若いんだから、本当の恋はこれから探すわ。あなたも娘ができたら、大事な事だからちゃんと覚えておいてね。」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る