第8話 お入学

 神殿に帰ると、神殿戦士に最敬礼された。


「失礼を承知で、伺わせて頂きます。どうやって空蹴を取られたのでしょうか」


 脅迫ではなく、乾坤一擲の思いで聞いているのが判る。


「枝跳び山羊から取りました。二月掛かりましたよ」

「普通は攻撃しようとすると気付かれて、逃げられてしまうのですが」


 投石器を出して見せる。


「攻撃の霊気を感じさせずにそれなりの威力の攻撃が出来ます。落とせたら、後は運ですね」

「尊答、生涯恩に着ます」


 そんなに大袈裟なもの、ではあるのか。ジジババでも持ってなかったんだし。

 イノシシに空蹴持ちがいるそうだ。同級なら羚羊や山羊より防御力高くて、手強そう。

 神官長様に投石器の値段を聞かれたので、神殿戦士限定で、材料になる枝を用意してくれたら、体格に合ったものを作って寄進することにした。

 斜め上に飛ぶようにするには、少し工夫がいる。


 夕香が十五歳になるまで爺児と六級ヘビ獲りを続けたが、八人の神殿戦士が空蹴持ちになった。

 ヘビの代金と神殿からの謝礼で、もう一丁銃を作った。

 増えた拳銃はヒップホルスターに斜めに入れる。

 どうも太股の外側に銃があるのって、邪魔なんだよね。


 神殿の推薦状を貰って、王都北の郭にある職人養成所に行く。

 実習や素材採集があるので、日帰りで森に行ける場所にある。

 入学は一月、四月、七月の年三回。入学式はない。

 国が優秀な職人を生まれに関係なく育てるための場所で、本来親や親方からしか教えられない秘伝的な知識を、赤の他人に教えるのを承知した職人が教官だが、師匠と呼ぶのが慣例になっている。


 俺は既に銃複製を持っているので、高等科に編入でも良いと言われたのだが、銃以外の知識がないので、中等科にしてもらった。

 いきなり一人一つの、事務用デスクサイズの机の並んだ部屋に連れて行かれて座らされ、ジジを百歳前にしたらこんなかと思われるおっさんに、見降ろされた。職人だよね。


「おめえは、何が知りてえんだ。今装備してるもんは、全部おめえが作ったんだよな」

「そうですが、何を知らないのか判らない、判っているつもりで、知らなきゃいけないことを知らないかもしれないので」

「何だよそりゃ、難儀な奴だな。こっちから何か教えるってなあ、出来そうもねえ。判らねえことが判ったら聞いてこい。教えられるものなら教えらあ」

「頼みます」

「おう、でよ、他のガキをスケてくれるか。素材集めと能力上げは、おめえに頼った方がよさそうだ」

「それは、出来る事はするつもりです」

「それでいい、出来ねえことするもんじゃねえ」


 言い包められて補助教員的なものにされてしまった気がする。


「他のガキも、判んねえことがあったら聞け。教えられるもんなら教える。てめえらが何が判らねえかなんて、俺に判る訳がねえ」


 一人が拳を上げる。


「聞いていいなら聞くが、何で師匠はここの教官やってんだ」

「俺の血筋はひ孫までろくなもんがいねえ。本気で教えてえ奴がいねえのよ」


 師匠の自己紹介は剣や曲刀が得意の武器職人で、後継者探しに来た。

 中等科なら全体指導出来ると思ったら、俺が入って来てしまった。

 別の子が拳を上げる。


「腕上げるにはどうすりゃいいんだ、ただ作れって言われて、三年鉄を鋼にしたんだが、腕が上がったと思えねえ」

「玉を飲むのが一番早えが、そりゃ、拳銃使いが俺より詳しくねえか」

「もう、生徒じゃないようですが」

「おう、等し並でいいぜ。おめえが生徒で入ってきたのが間違いだ」

「じゃ、タメ口にする。やり方は色々あるだろうけど、俺は最初のはリスから取った。そこまで連れて行ってくれる身内がいたのが幸いした」

「おめえはこいつらを連れてってくれねえか」

「いいが、何処に何がいるか判らない」

「ちっと待ってろ。ここにねえはずがねえ」


 師匠が出て行ってしまったので、間を持たせる為に、石鉛筆と二十面体礫を見せる。


「この細い杭はまとめて握りやすい。これをリスに投げつける。こっちの礫は投げてもいいが、数を一度に投げる方法がある」


 投石器を出して見せた。


「武人なら、これに盛って、上手く投げれば七級の空蹴持ちの山羊やイノシシを落とせる。俺は無理だから、拳銃作ったが」

あにさん、空蹴持ちか」

「ああ、なかなか出なかったが」


 どたどたと師匠が帰って来た。


「おう、待たせたなって、なんだそりゃ」


 また初めから同じ説明をする。


「神殿の若けえ守り人を空蹴持ちにした道具ってなあ、それか」

「そうだが、まず、玉出す魔物の棲み処を見せてくれ」

「おう、これだ」


 森は北にあるので、八方位と距離、縁、浅層、中層で分けてある。

 機敏のリス、防御のツタヘビはどこにでもいる。耐久はイノシシか。空蹴もイノシシだ。


「跳躍は菱ウサギ?」

「ああ、ドタマに角じゃねえでかい菱形の鋲があるんでえ。当たり所によっちゃ、刺さるより痛てえ」

「骨が折れそうだな。夜目の影猫が八級で楽そうだけど」

「見付かりゃな。何処にいるか判らねえ」

「昼間は巣の中にいるとかではなく?」

「巣がありゃ、めっけられる奴ぁいるわな」


 取っていない技能持ちがいた。情けは人の為ならず。

 リスが一緒なので好都合。

 夕香を誘ったら、宝飾科の面倒も見ないといけなくなった。

 公式に特別教官扱い。

 なんちゃって中世の情報料は高い。


 公立の養成所なので、士官学校の希望者も護衛名目で付いて来た。

 リスと影猫の生息地から少し奥に行くと、菱ウサギがいる。

 同級生にリスの位置を教えながら獲っていると、割と上に気配を感じた。

六連射すると、ドブネズミ色の人間よりは少し小さい鳥が落ちて来た。


斑烏マダラガラスじゃねえか。良く判ったな、って聞いちゃまずいか」

「こりゃ、資料になかったけど。玉は出なくて書くような危険がない?」

「いや、霊力を落とすんだが、まず獲れねえ。悪賢くて、こっちの数が多いと襲って来ねえ」


 胸を割いたら、薄青い玉が出た。吸収すると霊力量が増えた。


「金持ちの懐に金が寄るってのと同じか」

「最初に獲ったのから出やすいけど、出ないと中々出ない」


 リスは同級生に、カラスは護衛に教えながら歩き回り、宝飾科は何か拾っている。

 二つ目の霊力が出た後、少し行くと木の根元に気配があった。

 容赦なく六連射したら、ボロボロになって猫が死んでいた。

 霊核は八級で、皮も使えそうにない。


「それが影猫だ。見た目はただのこげ茶の猫だな。影しか見えねえと言われてるんだが」


 ウサギの生息地までにもう一匹いたが、玉は出なかった。

 ウサギは八匹で玉一つ。ツタヘビが二匹いたので、護衛の希望者に獲らせたら、一つ玉が出た。

 帰りにリス五匹獲れて、玉が一つ。


「一日でこんなに出るもんじゃねえ。てか、見つからねえんだよな。これいつまでやってくれるんだ」

「国の上位の武人ならともかく、討伐人で五級獲れるのは一握りだから、しばらくは養成所に世話になろうと思っている。二人では浅層が良い処だし、空蹴取り手伝えば六級を獲れるから、霊核買う金も溜まる」


 十腕蛇の他に、皮の厚い平たいカエルがいるらしい。

 空蹴取りを手伝うと言ってしまったので、帰ると中層組と浅層組に分けて日替わりにしたいと言われた。

 なんだかめんどくさくなってきて、識別が魔物の意識を感じているのを話してしまった。


「文官が他人が敵か味方か、言ってるのが嘘か本当か判るってのを、魔物相手に使ってたってか」

「そういう事。武人はまず武技をお願いするし、職人は鑑定が多い。文人は森で連れまわされても自分で索敵しない。そんなとこで、今まで判らなかったようだ」

「でもよ、どんな技能も使い手次第だ。当分おめえ程識別を使いこなせる奴は出て来ねえんじゃねえか」

「明日から誰かに代わってくれってのは、無理だとは思う」


 種明かしをしてしまっても、現状は変えようもないのだった。





 

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