第2話 西へ

 長栄と東征の間は、兵員輸送車のようなごつい乗り合いバスが定時運行している。

 魔物の霊核で動く動力機関があるのだ。小さいのを収納させてもらったけど、どう見てもスターリングエンジンなのに、原理は判らなかった。

 錬成の適性がないと、知っているのに複製どころか、理解も出来ないらしい。

 自分の能力じゃない力を振るわせないための仕掛けだろうと思う。


 運賃は戦闘力がある職人を基準に、戦えない職人五割増し、戦士系半額、文官系倍額になる。

 それほど危険はないが、リカオンかコヨーテくらいの弱い魔物の群れがいる。

 朝一番の八時発に乗ると、夕方の九時に長栄に着く。

 結構長いので、軟質ガラスでエアクッションを作っておいた。

 万が一破裂してもいいように平たい布の袋に入れてある。座布団カバーである。


「兄ちゃん、それ売り物ないか?」


 隣に座ったおっさんに聞かれたので、千円くらいの感じの銀貨一枚だと言ったら、他の乗客も欲しがって、作り置きの二十枚が瞬く間に完売した。

 誰でも収納を持っているので、座布団なんか用意してありそうなんだけど、性能が違ったようだ。

 おそらく隣のおっさんは商人なので、直ぐに複製が出来てしまうだろうと思う。この程度の物に独占権はない。

 途中の休憩で犬っぽい群れが遠くから見ていたが、襲ってくる気配はなかった。


 休憩中に使えそうな石を拾って、エアクッションを作っておく。

 無事に長栄に着いたら、直ぐに神殿に行って、エアクッションの知識を寄進した。

 錬成技能持ちに説明して、遠距離の乗客用に売ってもらうようにした。

 どこかの店に元祖を主張されるよりまし。

 向こうの神殿でやればよかったのだけど、こんなに受けるとは思わなかった。


 東征にはいなかったんだけど、長栄には神殿の子が採集に行く護衛をやっている、でかいオオカミはこのくらいだったかと思う、日本では見ない大きさの犬がいる。

 狼の弱体化した個体が高知能化して、普通より小さい霊核を補うために霊気結節が発達して、薄い霊気に対応した。

  犬は人間とは違う技能を一つ授かる。

 尻尾は垂れているけど、顔がどうみても柴犬。

 可愛いのだけど、勝手に撫ぜたら事案以前に、本人(本犬)に怒られる。

 仲良くなると、本当に心が通うようになって、テレパシーみたいな心話で話せるらしい。

 

 神殿の用が済んだら、ジジババの住んでいる長期滞在型の安宿、討伐人長屋に行って、お土産に紙とガラスパック、エアクッションを渡す。

 十二歳のお土産なんてこれでも上出来なはず。

 こっちの両親からのお土産はない。この世界の家を出た庶民の子供なんて、こんなもの。


 二人はまだ六十代で、地球人の四十代より若く見える。

 ジジの名は康勇コウユウ、ババの名は彩香サイカ

 他に十歳のお袋の妹芳莉ホウレイがいる。レイ叔母って呼んだら喜んで、お姉ちゃん面された。

 お袋の血族は誰も料理が出来ないので、四人で外食に行ってから別れた。

 討伐人長屋は借家じゃないので、余分な者は泊まれない。俺は神殿の宿に泊まる。


 神殿に戻ったら、エアクッションが大評判だった。自動車があるのになぜなかったんだ。

 文明や考え方が、変にいびつなんだよね。

 文明については、人間同士で争わないように魔物を強めに作ったけど、ちょっとやり過ぎたので何度かテコ入れをしているようだ。

 自動車はその代表。あと、俺が見たかった物が、ここの神殿にはある。


 三百年くらい前に技能として、銃製作と他人に渡せない拳銃を授かった人がいた。

 そう言う人は御使いと呼ばれて、神官からも尊敬されていた。

 異世界の知識を授かるには、それを理解している必要があるので、御使いは転生者だったと思われる。


「これが、青燕セイエン様の自作の拳銃です」


 機嫌の良い神官長様が、神殿の奥でガラスケースに入った拳銃を見せてくれた。

 どうみてもコルト・シングルアクションアーミーだった。

 青燕様が地球人だったのか、神様の趣味か。


「青燕様が技能として授かったのは別の拳銃で、銃身が八角だったそうです。こちらはその写しとして青燕様が作られた物の絵です。授かった技能そのままの写しを作るのははばかられたようです」


 現物はないので見せてくれた精密なイラストは、レミントンM1875だ。イラストの銃身は丸い。 

 沢山人殺しをしたと歌にも歌われてるのに、義賊扱いされているジェシー・ジェームズが持っていたらしい。

 ヘキサゴンバレルは、パーカッションで弾倉が簡単に交換出来るやつじゃなかったっけ?


「あと、小さな物としてはこちらがあります」


 バードヘッドグリップのコルト・ライトニングと坂本龍馬が持っていたスミスアンドウェッソンモデル2だった。

コルトで揃えりゃ良さそうなものだが、なんでモデル2なのか。青燕様は日本人だった?

 神様がくれたのはレミントンM1875なんだけど。


「これは、武器が作製出来るようになったら、複製の為に収納させて頂けるのでしょうか」

「はい、こちらは数も多く残っておりますし、銃職人を生むための物でもあります。武器錬成の技能があれば、収納してかまいません」

「その時は、よろしくお願いします」

「はい、お待ちしております。造り主様がお授け下さった物なのに、廃れてしまったのは残念に思っています」


 青燕様のスキルだった銃は成長限界がなく、使えば使うほど威力が増したが、普通に作られた銃には威力の限界があり、壊れたら直せる職人がいないので、今では現場で使う者も少ない。

 金持ちの文官が趣味で集めるので、なおさら市中には出回らなくなっている。

 寝る前に紙の製作を頼まれたので作っておく。神殿の仕事を受けるのは寄進と同じ。


 翌朝砂を取りに行こうとしたら、あるので製作するように言われた。

 戦士系の子が体力作りの為に取って来るそうだ。

 ガラスパックの他にエアクッションも作る。一過性のものだと思うが、作る傍から売れて行く。

 ジジババが安い魔物の皮を持って来てくれるので、サンダルを作る。

 一応足用防具扱いで、履くと足に張り付いてサイズが調整される。


 錬成が防具寄りにならないように、強化ガラスを意識して水晶のペーパーナイフを作ってみたら、売れた。

 透明なのと、ファインセラミック風に白いのの二種類。

 たまに他人が思いつかない事をやるのがいると、ジジババは驚かなかった。

 俺の他にも、前世の知識だけのチートなし転生者もいたのかもしれない。

 透明なのは水晶刀、白いのは白石刀と呼ばれるようになる。


「これ、小刀や包丁は作れないのかい」


 料理しないババに聞かれた。


「切れ味がいい分、欠け易い。あんまり大きく出来ないし、食べ物に使うのは止めといた方がいいよ」

「これで戦うってなら兎も角、気を通して使えば、皮剥ぎ程度なら欠けやしないよ」

「そうか、生き物相手じゃなきゃいいんだ」


 こっちの世界にファインセラミックのイメージがないのと同じに、俺は地球での、人参切ると欠けるイメージに引っ張られてた。

 刃渡り二指(二十センチ)のナイフを作ったら、これも売れた。

 鋼鉄より安く切れ味は良いので、採集に最適だった。

 複製は作れない謎仕様。

 強化ガラスやファインセラミックを理解していないとだめなのか。 

 拳銃は銃製作の技能があっても、複製の複製は作れない。

 製作が出来るのに複製する必要もないが。


 一月ナイフを作っていたら、武器製作の技能が生えた。武具製作が消えた訳じゃないので、防具も作れる。

 実際に作っているのは、今のところ安いサンダルだけだけど。

 神官長様にお願いして、SAAを収納させてもらった。

 聞いていた通り、見た目だけシングルアクションで、ダブルアクションだった。


 複製には三口半(三百五十グラム)の銀と自分で倒した四級の魔物の霊核六個が必要。

 弾倉に霊核が入り、そこに溜まった霊気を、闘気弾として撃ち出す。撃鉄は平たい。

 魔物は霊核の大きさで一級から十級に分けられていて、三級より上は人間が手を出せる相手ではない。

 偶に霊気の薄い場所に来てしまって、野垂れ死んでいるのが発見されるだけ。

 ツキノワグマくらいの森狼で六級なので、やはり金持ちの文官の護身用か。

 しかも誰でも使える物ではなく、霊力量で装備制限がある。

 作ったばかりでは五級の本気の一撃くらいの威力しかなく、使い込んでも四級の渾身の一撃までにしかならない。

 威力が上がると装備制限もあがるので、誰でも四級の一撃を撃てるわけでもない。


 造り主様、また加減間違ったんじゃないかな。

 もうすこし手に入りやすい材料で作れて威力が低い方が、弱い者の護身用として使い手がよくて、人間が増長する恐れもないと思う。


 自分で作れるなら材料費だけだけど、四級を六匹倒せるならこの程度の武器はいらない。

 気を込めずに撃てて連射が出来るので、不意打ちと牽制には使えるかもしれないが、不便を解消する発明は売れても、ちょっと便利になる発明は売れない。

 青燕様は自分と同じに成長する武器をスキルで貰ったので、霊核が調達しやすかったんだろうけど。


「如何ですか、作れますか」

「まだ実力が足りないようです。鍛えれば材料があれば複製出来るようになれると感じるのですが、四級の魔物を倒さないといけません」

「そうなのです、最初の一つを作れたら、他人が倒した物でもよいそうですが。小さいのは、買った五級の核で作れるのですけど」


 廉価版もあるのか。


「小さい方の威力は、どのくらいなのですか」

「最初は七級の一撃ほどだと言われています」

「ショウベンウサギの体当たりですか」


 物凄く臭い小便で自分より強い魔物も寄り付かないようにして、実力より霊気の濃い場所に棲んでいる、大型犬サイズのウサギがいる。


「体当たり程の威力は出ないと言われています。犬の本気の一撃くらいだそうです」

「それだと、犬と一緒に狩りに行く方が良さそうですね」

「そう考えられて、作りたいと思う職人もいなくなって、廃れてしまったのですね」


 技能ではない外付けの遠距離攻撃にしても、魔物の角なんかにたまに技能が残っているのがある。

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