平民転生
袴垂猫千代
第1話 やりたい事と出来る事は違う
物心つくのはいつごろからだろう。歩けるようになって暫くして、転生したんだと気付いた。
個人情報はなくなっていたけど、一般的な知識は残っていたが、無理に目立つ必要もないので使い処はなかった。
小学校的な公的な基礎教育があって、読み書きと四則演算は誰でもできる。
言葉は日本語に聞こえるし、表音文字と表意文字を合わせた字も、日本語と同じだと思ったら、漢字とひらがなかたかなに見えるようになった。
俺の名は
この世界には造り主と呼ばれている創造神が実在していて、十二歳になった午前零時に技能を二つ貰える。
ちなみに、一日は三十二時間だが、五十秒で一分五十分で一時間なので、一秒が同じなら地球の二十四時間より短い。
一月が四十日で十か月で一年なので、一年は地球より少し長い。
生まれた場所は熱帯の森に近い石造りの砦で、両親は守備兵だった。
容姿は掘りの深い東洋人か。黒目黒髪が大半で、茶髪が少しいる。
髪はウェーブが掛かっているが、緩いのから縮れているのまである。
親と同じ守備兵か個人的に魔物を狩る討伐人になるつもりで戦闘訓練を受けていたけど、十二歳になって授かったのは武具錬成と識別だった。
武具錬成は武器も防具も作れるが、頑張っても一流止まりで、超一流の物は作れない感じ。
最高級品しか作らない名人より、高級品を量産出来た方が、一般人の役には立つ。
識別は様々な事項が広く浅く判る。何々とは丸々である、程度。
鑑定が専門書だとすると、国語辞典みたいなもの。
識別は常時発動しておくと、自分に向けられた敵意や悪意を感じ取れるので、索敵が出来なくても不意打ちを防げる。
一緒に起きていた両親に報告すると、親父が困り顔になった。
「身内に武具の錬成師がいると助かると言った覚えはあるが、そんなに何度もじゃなかったよな」
「造り主様が、俺に一番合っている技能をくれたんだよ」
「そうだな」
「この子はちょっと賢そうだから、文人は兎も角、職人が向いてるんじゃないかとは言われてたよ。決まる前に言ったら道を間違えるかもしれないから言わなかったけど」
「そうなのか」
造り主様のくれたものが最適に決まっているので、不満はない。
翌朝神殿に報告と登録に行くと、直ぐに仕事を教えられた。
対応してくれた神官様はそれなりの年のおっさんである。
幼馴染の神官見習の少女なんてものは、リアルな転生には存在しない。
「まず、紙を作ってみましょう。白黍の枯葉を細かく砕いて、筋を取り、自分の霊力を混ぜながら紙にします。見本を渡しますので、複製しても出来るはずですが、基本以外を教えると伸びなくなるので何か工夫があればして下さい。枯葉ですから、無駄になっても気にしなくて良いですよ」
錬成はさらに細かい適性があるが、紙とガラスはどの適性でも作れる。
神官様が見本の出来の良い紙と、主食の大粒のホワイトソルガムみたいな白黍の枯葉を、一桶(十キロ。十リットルも同じ)くれた。
技能と同時に空間収納「物入れ」も貰えているので収納する。
収納は初期は十桶、職人は収納の中で作業をするので、更に十桶貰える。
使っていると増えて行くが、魔物には十樽(十トン)超えもいるので、何れはそんなのも収納内で解体出来ないといけない。
あんまりでかいのはばらして収納するけど、収納の大きさが職人の能力を図る基準の一つになっている。
収納量イコール霊力量なので、基本的には戦士系や文官系より生産系の職人が霊力量が多い。
でも防御力も攻撃力も低いから、生産系無双って訳にはいかないんだよね。
それは後々の課題として、今は紙づくりである。
枯葉を細かくして葉脈取って、霊力使って再合成すれば、わら半紙みたいのは出来るんだけど、白い方が価値がある。
草木灰の灰汁で洗濯してるから、灰汁で煮てから水洗いすればいいか、と思って灰汁を貰って収納したら、収納内で漂白出来るのが判った。スキルですね。
丁寧に細かくして葉脈を意識して分離、灰汁を消費して漂白、再合成したら、ちょっと良い半紙が出来た。
貰った枯葉を全部半紙にして神殿に持って行く。
「やはり、あなたは気付きましたね」
神官様がそう言って、十枚一銅で買ってくれた。
正確な物価は判らないが、銅銭は十円玉に見える。一枚一円か。
灰汁作る手間を考えると赤字だ。
そうじゃない、生産系の能力で葉脈から直接アルカリ溶液を作るんじゃないか? でないと紙は商業用に生産できない。
「どうしました?」
俺が考えてると神官様に心配された。
「灰汁も、技能で作れるんですよね?」
「そうです」
微笑みながら頷いてくれた。
百キロ枯葉を貰って家に帰り、ひたすら白い半紙を生産する。
晩飯前に灰汁も作れるようになったとお袋に言ったら、紙にならない枯葉持って来るから、使う分を作るように言われた。 当然のようにただ働きである。
更に洗い物が俺の仕事になった。
寿命が百年以上あるので、二番目の子くらいまでは親と職業が違うと家を出て行くのが普通だ。
「俺はその内修行に出て行く訳だが」
「それまでの間でいいんだよ」
どっちも戦士系の両親はどっちも家事が嫌いだ。
女に生理がないので、下着がないだけありがたいと思えな状況。
この世界の女は本気で特定の男の子を妊娠したいと思わないと、子宮が妊娠可能状態にならない。
普段は長いだぼっとしたシャツや、貫頭衣、トーガ、サリー的な服装をしていて、武装には魔物の皮で造ったファウルカップを、男女とも股間に付ける。
魔物素材の革鎧は、皮膚の追加装甲として、直接肌に張り付く。
能力を伸ばすためにひたすら紙づくりをしたら、一月で卒業になって、ガラスづくりを進められた。
紙を作り過ぎてしまったようだ。
俺の紙は評判がいいのだけど、他の子が作るための材料が足りなくなりそうなのだそうだ。
ガラスも石粉に霊気を混ぜて作るので、板ガラスの他に、様々な硬度のビニールやプラスチックの様な物も作れる。
ガラスは工夫がいらないので、見本を複製すればいい。
なんでも一つずつ収納に入れると取り出すのが面倒なので、採集用に軟質ガラス袋がいくらでも必要になる。
言われた物を作って納品すると、中学生のバイトならこんなものかと言う程度のお金が貰える。
家や知り合い用に、落としても割れない柔らか目の食器も作った。割れても直せる。
俺が独立してやって行けるようなので、お袋が発情して次の子を欲しがるようになった。
妊娠期間は半年の五ヶ月で、負担は地球ほどはなくて警備の仕事は続けられるそうだ。
しかし、生まれた赤ん坊の世話をさせようと企んでいる気配がするので、対策を考えておく必要がある。
「普通のガラスは作れるので、採集に行きたいのだが」
「三年くらいはガラス作って修行するんだよ」
「ガラスにしても、砂漠の砂がいいんだ」
砂丘はほぼ石英なのはこの世界でも変わらない。粉にする手間も少ない。
「どこに行くつもりなんだい」
「長栄に行きたい。初子がいない方が孕み易いって聞いたぞ」
「そうだけどさ、生まれたら連絡するから、帰って来るんだよ」
「なんで」
「赤ん坊の面倒は誰が見るんだよ」
「神殿に頼めよ。俺はそうだったろ」
守備兵の子は、デイサービスで神殿の孤児院が預かってくれる。
「なんで赤ん坊の時のこと覚えてるんだよ」
「常識だし」
日帰りで砂漠に行ける西の城塞都市長栄には、この物臭でガサツな女に佳蘭などと言う可憐な名前を付けた、無責任な母方のジジババがいる。
職人になった子をどう育てていいか判らない親父は、特に反対しなかった。
ここ、国の東側の最前線の東征郭には、弟子を育ててくれる職人はいなかった。
技能があれば、ちょっとしたコツを知っただけで複製を作れるので、商売敵を増やすだけなのだ。
共に戦える者が増えるほど自分が安全になる戦士系とは違う。
国の職人養成所は高専的な教育機関で、それなりの技術を持った十五歳以上でないと入れない。
この三年をどう過ごすかで、人生が変わると言って良い。
そんな訳で、一緒に育った子供達から、ああ、あっちに行くのか、程度の感想を貰って、生まれ故郷を離れることになった。
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