第40話 魔王が降臨した世界
この農園で経験した、数々の記憶。最初の
どれも一言では語りきれず、とても上手く話せたものではないが。僕はエレナとゼニスさんに、それらを包み隠さずに打ち明けた。
「そう……、なんだ。わたしとアインスさんが夫婦に……。それに、あのシルヴァンさんとも……」
エレナの関心事は、やはり自身の結婚相手のことのようだ。ゼニスさんは少し顔を伏せながら、時おり「ううむ……」と
「ごめん……。混乱させちゃったね。僕が伝えたかったのは、今度こそ
「ううん。ちゃんと伝わったよ。そこまでわたしたちや、この世界を気遣ってくれたなんて。――それに、なんだか本当に〝勇者さま〟みたいだなって」
勇者。前回の僕は勇者になろうとして、まったく逆の〝犯罪者〟になってしまった。三度目の
「うむ……。邪悪なる魔王現れるとき、勇者もまた現れる。それが世界の
「魔王? この世界には、魔王が現れたんですか?」
その質問に、ゼニスさんがゆっくりと
そして僕の瞳を見つめながら、
「そうじゃ。ガルマニアに現れた魔王によって、ネーデルタール王国は滅ぼされ――今や〝ガルマニア魔王国〟による
「ガルマニアに、魔王が……!?」
「うん……。少し前に戦争があったんだけど、その戦いが終わった直後、ガルマニアで魔王による反乱が起きたそうなの」
エレナの話を聞いたところ、以前に僕が経験した〝砂漠エルフとの戦争〟が、この世界では
「その……。魔王って、どんな相手なんですか?」
「
「えっ!? リーランドさんが!?」
僕は思わず
傭兵団長に皇帝ときて、今度は魔王になっているなんて。
「あっ、すみません……。彼とは一緒に戦ったことがあって……」
僕は改めて、二人に〝傭兵〟時代の記憶を話す。
カイゼル、ドレッド、ヴァルナス、そしてアルトリウス王子。たとえ僕が居なくとも、頼もしい彼らがついていたはず。それなのにリーランドさんが魔王になってしまうなんて、どうしても僕には信じられなかった。
「そうか……。ううむ、あの戦争の詳細はわからぬが、確かにアルトリウス王子は出陣なされていた。砂漠エルフの
僕らがファランギスと戦った際には、王子は別の部隊に居た。あの決戦で〝なにか〟が起こり、リーランドさんが魔王と化してしまったのだろうか。
「ねえ、そろそろお夕飯にしない? アインスさんも、ねっ?」
僕が考えに
エレナが
またエレナの料理を味わうことができるのか。
僕は喜んで言葉に甘え、夕食を
*
アルティリアカブの温かなスープとパン、そして香ばしい野菜炒め。遅めの夕食ということで、
やはりエレナの手料理は僕の中で、頭一つ抜きん出ている。
そんな優しい
「ん? あの光は?」
僕は窓の外に時おり見える、白い光を指してみせる。
見たところ照明魔法〝ソルクス〟の
「あれはアルティリア戦士団の人だよ。夜の間、この辺りを警備してくれてるの」
王国の正規兵らは、ランベルトスの東に建てられた〝最後の砦〟に集まっているらしい。現在、王都や領地の
さっきの
エレナの料理は相変わらずの
*
夕食を
ここはエレナの両親が使っていた部屋。
そして僕が〝農夫〟となった世界で、エレナと愛を語らった場所だ。
「あれ? この写真は確か」
僕は壁際の
「エレナの父親が……。以前と違う?」
ハッキリと顔までは覚えていないが、確か最初の
そういえばエレナの父親は、確か
「それじゃあ……。シルヴァンの子供と僕の子供は、どちらも同じ?」
エレナの容姿には変化がないことから、誰が父親でも〝同じ子供〟が生まれてしまう可能性がある。そんなことは生まれる子・本人にとっては、大した問題ではないのかもしれないが。なんだか僕は〝父親〟として、かなりの喪失感を覚えてしまった。
*
僕は気持ちを切り替えて、小さな読書机の前に腰を下ろす。
今の僕には〝自分自身〟のことなんかで、悩んでいるような余裕はないのだ。
まさか、あのリーランドさんが魔王になってしまうなんて。つまりこの世界を救うには、必然的に彼と戦う必要がある。それに、これまでに集まった情報も、一度しっかりと整理しておきたい。
僕はポーチの中から、迷宮監獄で受け取った〝薄汚れた本〟を取り出した。
「たくさんあるな……。おおっと」
一冊一冊は薄い本だが、いかんせん数が多い。
そんな紙束の隙間から、なにかが床に転げ落ちた。
「――これは水の
そういえば前回の〝地下酒場〟で、バーテンのナナから受け取ったことを忘れていた。これがあれば
バルド・ダンディ。その名前を思い浮かべた瞬間、あの〝財団〟からの文書がフラッシュバックする。確か創生管理部門の責任者の名は、
あまりにも似すぎている。まさかバルドは財団の者だったのか?
つまり彼らは、ミストリアスにも
ナナの話では、消滅した植民世界のバルドは〝神官長〟だったはず。
しかし、この世界のバルドは〝賢者〟と呼ばれていたらしい。
偶然の一致という可能性もあるが。バルドが〝
「ダメだ。やっぱり情報が足りないな」
現時点で僕がやるべきことは二つ。
一つは魔王リーランドを倒し、今の世界を救うこと。
もう一つはミストリアスの消滅を食い止め、世界全体を救うこと。
そして僕が〝アインス〟としてやるべきことは――。
おそらく、リーランドさんを倒すことなのだろう。
そのためには、もっと強くなる必要がある。
しばらくは農園の仕事を手伝いながら魔物を狩り、レベルアップに
そして合間に集めた資料を読みあさり、〝はじまりの遺跡〟のアレフにも会いに行こう。
アインスとしての最後の冒険。それはまるで、手探りの暗闇で一粒の光明を探しだすかのような――そんな途方もない道のりが、静かにはじまろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます