第40話 魔王が降臨した世界

 この農園で経験した、数々の記憶。最初の侵入ダイブで体験した、大切な人との思い出。そして二度目に訪れた時の出来事と、空から見たエレナの未来。さらに三度目の世界で味わった、悲しい結果と僕の悔しさ。


 どれも一言では語りきれず、とても上手く話せたものではないが。僕はエレナとゼニスさんに、それらを包み隠さずに打ち明けた。


「そう……、なんだ。わたしとアインスさんが夫婦に……。それに、あのシルヴァンさんとも……」


 エレナの関心事は、やはり自身の結婚相手のことのようだ。ゼニスさんは少し顔を伏せながら、時おり「ううむ……」とうなごえをあげている。いくら〝平行世界パラレルワールド〟を信じてもらうためとはいえ、余計なことまでしゃべりすぎたかもしれない。


「ごめん……。混乱させちゃったね。僕が伝えたかったのは、今度こそ農園ここや世界を守りたいな、って」


「ううん。ちゃんと伝わったよ。そこまでわたしたちや、この世界を気遣ってくれたなんて。――それに、なんだか本当に〝勇者さま〟みたいだなって」


 勇者。前回の僕は勇者になろうとして、まったく逆の〝犯罪者〟になってしまった。三度目の侵入ダイブでは筋道すら見えなかったが、いきなりエレナの口から〝勇者〟の単語が出てくるとは思いもしなかった。



「うむ……。邪悪なる魔王現れるとき、勇者もまた現れる。それが世界のいんりつなのかもしれぬ」


「魔王? この世界には、魔王が現れたんですか?」


 その質問に、ゼニスさんがゆっくりとうなずく。

 そして僕の瞳を見つめながら、おごそかな表情で口を開いた。


「そうじゃ。ガルマニアに現れた魔王によって、ネーデルタール王国は滅ぼされ――今や〝ガルマニア魔王国〟によるきょうはアルディア大陸のみならず、東の海にまでおよんでおる」


「ガルマニアに、魔王が……!?」


「うん……。少し前に戦争があったんだけど、その戦いが終わった直後、ガルマニアで魔王による反乱が起きたそうなの」


 エレナの話を聞いたところ、以前に僕が経験した〝砂漠エルフとの戦争〟が、この世界ではすでに起きてしまっていたようだ。と、いうことはリーランドさんやカイゼルたちに、アルトリウス王子といった戦友たちも参戦していたはずだ。


「その……。魔王って、どんな相手なんですか?」


ざんぎゃくにしてあくぎゃくどう。まさに人類の共通敵。そのような存在だと聞いておる。――その名は、魔王リーランド」


「えっ!? リーランドさんが!?」


 僕は思わずとんきょうな声をげる。まさか、あのリーランドさんが?

 傭兵団長に皇帝ときて、今度は魔王になっているなんて。


「あっ、すみません……。彼とは一緒に戦ったことがあって……」


 僕は改めて、二人に〝傭兵〟時代の記憶を話す。


 カイゼル、ドレッド、ヴァルナス、そしてアルトリウス王子。たとえ僕が居なくとも、頼もしい彼らがついていたはず。それなのにリーランドさんが魔王になってしまうなんて、どうしても僕には信じられなかった。


「そうか……。ううむ、あの戦争の詳細はわからぬが、確かにアルトリウス王子は出陣なされていた。砂漠エルフのちょう・ファランギスを破れたのも、王子の〝継承者の力〟あってのことだと、大きな話題になったほどじゃ」


 僕らがファランギスと戦った際には、王子は別の部隊に居た。あの決戦で〝なにか〟が起こり、リーランドさんが魔王と化してしまったのだろうか。



「ねえ、そろそろお夕飯にしない? アインスさんも、ねっ?」


 僕が考えにふけっていると――。

 エレナがから立ち上がり、にっこりとほほんでみせた。


 またエレナの料理を味わうことができるのか。

 僕は喜んで言葉に甘え、夕食をそうになることにした。



             *



 アルティリアカブの温かなスープとパン、そして香ばしい野菜炒め。遅めの夕食ということで、きゅうごしらえらしいのだが。どれも手間が掛けられており、食す者への敬意や愛情が感じられる。


 やはりエレナの手料理は僕の中で、頭一つ抜きん出ている。


 そんな優しいだんらんにおいても、やはり話題の中心は〝魔王〟や〝魔物〟に行き着いてしまう。僕はどうにか話題を探そうと、視線をあちらこちらへ移す。


「ん? あの光は?」


 僕は窓の外に時おり見える、白い光を指してみせる。

 見たところ照明魔法〝ソルクス〟のあかりのように思えるが。


「あれはアルティリア戦士団の人だよ。夜の間、この辺りを警備してくれてるの」


 王国の正規兵らは、ランベルトスの東に建てられた〝最後の砦〟に集まっているらしい。現在、王都や領地のまもりには、主に民間の武装団体や、戦闘経験のある国民による自警団らがそっせんして行なっているそうだ。


 さっきの人狼ワーウルフらによる襲撃は、まさに警備の隙を突かれたというわけか。


 エレナの料理は相変わらずのしかったが、結局その後も話題は変わらず。少し重苦しい食卓となってしまった。



             *



 夕食をそうになった後、僕は用意してもらった寝室へ入る。


 ここはエレナの両親が使っていた部屋。

 そして僕が〝農夫〟となった世界で、エレナと愛を語らった場所だ。


「あれ? この写真は確か」


 僕は壁際のかざだなに載せられた、古びた写真立てに視線をる。そこにはエレナの両親と思われる――赤子を抱いた若い女性と、同じく若い細身の男性が写っている。


「エレナの父親が……。以前と違う?」


 ハッキリと顔までは覚えていないが、確か最初の侵入ダイブで見た際には、くっきょうな体格の男性が写っていた記憶がある。


 そういえばエレナの父親は、確かてんせいしゃだったはずだ。つまり前回の父親は〝農夫〟の世界にしかおらず、彼女の母親は別の相手と結婚したというわけか。


「それじゃあ……。シルヴァンの子供と僕の子供は、どちらも同じ?」


 エレナの容姿には変化がないことから、誰が父親でも〝同じ子供〟が生まれてしまう可能性がある。そんなことは生まれる子・本人にとっては、大した問題ではないのかもしれないが。なんだか僕は〝父親〟として、かなりの喪失感を覚えてしまった。


             *


 僕は気持ちを切り替えて、小さな読書机の前に腰を下ろす。

 今の僕には〝自分自身〟のことなんかで、悩んでいるような余裕はないのだ。


 まさか、あのリーランドさんが魔王になってしまうなんて。つまりこの世界を救うには、必然的に彼と戦う必要がある。それに、これまでに集まった情報も、一度しっかりと整理しておきたい。


 僕はポーチの中から、迷宮監獄で受け取った〝薄汚れた本〟を取り出した。


「たくさんあるな……。おおっと」


 一冊一冊は薄い本だが、いかんせん数が多い。

 そんな紙束の隙間から、なにかが床に転げ落ちた。


「――これは水のせいれいせき? 本にはさまってたんだ」


 そういえば前回の〝地下酒場〟で、バーテンのナナから受け取ったことを忘れていた。これがあればのどかわいても、いつでも〝バルド・ダンディ〟が飲める――。


 バルド・ダンディ。その名前を思い浮かべた瞬間、あの〝財団〟からの文書がフラッシュバックする。確か創生管理部門の責任者の名は、だん はるだったはずだ。


 あまりにも似すぎている。まさかバルドは財団の者だったのか?

 つまり彼らは、ミストリアスにもアバターを降ろしている?


 ナナの話では、消滅した植民世界のバルドは〝神官長〟だったはず。

 しかし、この世界のバルドは〝賢者〟と呼ばれていたらしい。


 偶然の一致という可能性もあるが。バルドが〝とき宝珠オーブ〟なる超常的なアイテムを創ったことから推察するに、こちらもだん〝本人〟である可能性は捨てきれない。



「ダメだ。やっぱり情報が足りないな」


 現時点で僕がやるべきことは二つ。

 一つは魔王リーランドを倒し、今の世界を救うこと。

 もう一つはミストリアスの消滅を食い止め、世界全体を救うこと。


 そして僕が〝アインス〟としてやるべきことは――。

 おそらく、リーランドさんを倒すことなのだろう。


 そのためには、もっと強くなる必要がある。人狼ワーウルフを相手に死にかけるような状態でガルマニアへ乗り込んでも、あっさりと無駄死にするだけだ。


 しばらくは農園の仕事を手伝いながら魔物を狩り、レベルアップにはげんでみるか。明日エレナにも相談してみよう。


 そして合間に集めた資料を読みあさり、〝はじまりの遺跡〟のアレフにも会いに行こう。アバターであるナナに会えるとは思えないし、現時点で財団――すなわち〝偉大なる古き神々〟の情報を知るのは、彼くらいしか思いつかない。


 アインスとしての最後の冒険。それはまるで、手探りの暗闇で一粒の光明を探しだすかのような――そんな途方もない道のりが、静かにはじまろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る