第30話 新たなる決意

 ミチアを孤児院へ送り届けるために訪れた、アルティリアのまちきょうかい

 そこで残酷な事実を突きつけられた僕は、すっかり打ちひしがれてしまった。


「――さあ、どうぞ。こちらの部屋をお使いください」


 教会の〝お手伝い〟をしているというソアラに導かれ、僕はベッドとテーブルがあるだけの、小さな小部屋へと案内された。あの後、を終えて戻ってきたクリムトしん使が様子を見かね、一晩の宿を提供してくれたのだ。


「すみません……。僕まで世話になってしまって」


「いえ……。私の気が回らなかったせいで……。本当にごめんなさい」


 そのようにソアラは言うものの、まったくもって彼女に落ち度はない。

 すべては僕の弱さの問題。僕の心の持ちようなのだ。


「クリムトさまのおっしゃるとおり、今は静かな時間が必要です。……それにアインスさんの気持ち、わかるもの……。だって私も……」


 そこでソアラは言葉を切り、ものげな様子で目を伏せる。

 しかし彼女は何事もなかったかのように、にっこりと僕にほほんでみせた。



「ミチアちゃんの様子、見てきますね。そろそろ起きたかもしれないから」


 そうだ、自分のことでいっぱいで、教会ここに来た目的を忘れていた。

 もしも目覚めて誰も居なければ、きっとミチアは寂しがるだろう。


「はい。よろしくお願いします」


 僕がそう言うと、ソアラは小さくうなずいて、静かに部屋を出ていった。


 ◇ ◇ ◇


 一人になった僕は壁際に剣を立てかけ、硬いベッドにあおけになる。

 小さな窓を横目でにらむと、明るい日光が射し込んでいる。


「静かな……。時間……」


 時間が惜しいのは理解しているが、どうにもからだが動かない。


 いっそのこと、このベッドから不快な自動音声が流れでもすれば、強制的にでも動かざるを得ないのだけれど。


 音声といえば噴水広場にあった、あの構造物オブジェクトの存在が引っかかる。あのこえは、確かに〝転送〟と言っていた。そうなると、〝転送先〟となるのはなのだろうか。


「あれって、ランベルトスにもったのかな」


 もし、あれが拠点間転送ファストトラベルの装置なら、移動の時間を大幅に短縮することができる。


 前回はアルティリアを救う戦争に、多くの日数を要したが――。移動をカットすることができれば、もっと多くの国や人々を、ひいては世界を救えるかもしれない。


「勇者……」


 僕の頭に、そのふたが思い浮かぶ。


 特定の誰かの利益にらず、誰に対してもへだてなく、世界をきょうから救う者といえば――やはり勇者が定番だ。この世界のエレナはうしなってしまったけれど、まだミチアのように、守りたい人々は大勢いる。


「勇者になろう」


 声に出して言葉にしたたんからだに熱がめぐるのを感じる。

 明確な目標が定まったことで脳が活性化され、ぐんぐんとやる気がみなぎってきた。


 もう、悲しんでばかりはいられない。

 仮にも勇者を目指すのならば、規律ある行動をしなければ。


 ――今後の計画に思いを巡らせていると、ドアを小さくノックされた。


 ◇ ◇ ◇


「はい?」


 僕は先に返事をし、ゆっくりとしんちょうにドアを開く。


 すると目の前のろうには、着替えを済ませて笑顔を見せるミチアと、申し訳なさそうな顔をした、ソアラの二人が立っていた。


「すみません、アインスさん。この子が、どうしても見てほしいって……」


「……かわいい?」


 さきほどまでの悲痛な表情がうそのように。

 輝くような笑顔を浮かべ、ミチアはクルクルと回ってみせる。


 彼女は真新しい子供用の法衣ローブを身にまとい、あんなに汚れていた髪は、今は明るく鮮やかな緑色をしている。ボサボサだった毛髪も綺麗きれいに整えられ、可愛らしい髪飾りやリボンなどの装飾品が付けられていた。


「うん、かわいい。とっても似合ってるよ」


「えへへ。ありがとう、アインスお兄ちゃんっ」


 人は短時間にして、こうも変われるものなのか。


 ミチアの嬉しそうな顔を見ていると、自然と僕の口元もゆるんでしまう。

 僕は廊下にひざをつき、そっと彼女の頭をでた。



「……よかった。私のゆうだったみたいですね」


「はい、もう大丈夫です。ありがとうございます」


 安心したようなソアラの声に、僕は力強い返答を返す。

 そして目の前でとした顔をしている、ミチアを優しく抱きしめた。


 ミチアは少し戸惑ったものの、そっと僕のからだに小さな腕を回す。

 そうだ、僕は必ずミチアを守る。もう立ち止まってはいられない。


 勇者とるべく旅に出て、この子が幸せに暮らせる世界をもたらしてみせる。

 そのように心にちかったのだった。



 ◇ ◇ ◇



 その後、ミチアとソアラはべっとうにある、孤児院へと向かっていった。

 僕は旅を再開すべく、世話になったクリムトしん使あいさつをしにいくことに。


 小さな寝室を出てみると、左右に長い廊下が延びており、壁にはいくつものドアが並んでいる。さて、どれが〝正解〟だったか。ソアラに案内されて来た際には、ろくに周囲が見えていなかったのだ。


 ――確か、礼拝堂の左側のドアをくぐり、角を曲がった記憶はある。


 窓は裏庭を向いていたことで、僕は廊下を左方向へ進む。そしてティになった廊下を曲がり、さらに左側のドアを開いてみた。


 ◇ ◇ ◇


 ドアを開くと、そこは礼拝堂だった。

 どうやら僕の選択は、無事に的中したようだ。


 きょうだんの前にはクリムトしん使り、彼は白銀のよろいかぶとに身を包んだ人物と、なにやら会話をしているようだ。


 クリムトは僕の存在に気づいたのか、チラリとこちらへ視線をった。


「あ、すみません。……お邪魔でしたね」


「かまいませんよ。ご気分は如何いかがですか?」


 僕は元気になったことを告げ、ゆっくりと二人の方へ接近する。


 すると鎧の人物が、金属のれる音を鳴らしながら、そのおおがらたいをこちらへと向けてきた。全身が隙間無く金属に覆われた姿からは、種族や性別さえもうかがれない。


 は確か、しん殿でんという存在だ。これまで遠目に見かけたことはあるものの、こうしてあいたいするのは初めてのことだ。



「フン、てんせいしゃか。いまいましい。まだ居座っていたとはな」


「転世者? 僕は旅人のアインスです。あの……」


「黙れ。ID:PLXY-W0F-00D1059B06-HH-00BB8-xxxx-ALPよ。貴様らさえ居なければ、ミストリアスはえいごうの歴史を刻み続けたものを」


 神殿騎士は男とも女ともつかぬ大声で、一方的にそうまくてる。

 僕はひつぜつくしがたいほどの嫌悪感を覚え、思わず全身に力が入る。


「神殿騎士どの。どうか彼は……」


しん使よ。けいも神のしもべならば、このような〝異常存在〟に肩入れなどせぬことだ。――よいな?」


ぎょ……」


 神殿騎士にいっかつされ、クリムトは静かにこうべれる。


「転世者よ。くれぐれも問題など起こさぬことだ。――やみめいきゅうかんごくへ送られたくなくば、な」


「わかりました」


 僕は表情を殺したまま、ただ一言だけ返答する。

 とても幸いなことに、このような相手への対応はわきまえている。


 神殿騎士は再度「フン」と鼻を鳴らし、真っ直ぐに出口へとからだを向ける。

 そして耳障りな金属音と共に、ゆっくりと礼拝堂から出ていった。


 ◇ ◇ ◇


「失礼いたしました、アインスさん。ご無礼をお許しください」


 神殿騎士が去ったあと、クリムトは開口一番にそう告げる。


「大丈夫です。慣れてますから」


 僕は口元に笑みを浮かべてみせるも、口角が引きつっているのが自分自身でもわかる。それが神殿騎士の高圧的な言動ではなく、の〝声そのもの〝と〝番号〟のであるのは間違いない。


 の独特なこわいろは、まさに合成音声そのものだった。さらには、あの数列だ。この世界でも結局、僕らは番号で管理されてしまうのか。


 ――いや、考えていても仕方がない。

 僕はどうにか気持ちを切り替えて、いくつかクリムトに質問をする。



「神使さん、その……。勇者になる方法って、ごぞんですか?」


「魔王を討った者に対し、ミルセリア大神殿から〝勇者の称号〟が与えられますが。幸いなことに、ここ数十年ほどは、魔王のきょうは耳にいたしませんね」


 なるほど。確かに魔王の存在が無いことは、この世界ミストリアスにとって幸せなことだ。


 それに僕が目指すのは、そうした〝記号化された勇者〟じゃない。そう考えてみると、この質問自体がナンセンスだったかもしれない。


 僕はクリムトに礼を言い、今度はエルフたちの住まうという〝しんじゅさとエンブロシア〟へ向かう方法をたずねてみた。


は、マナリエン族――つまり、エルフ族以外の立ち入りを禁じています。我らヒュレイン族が入ることは難しいでしょう」


「難しい? 不可能ではない、ってことですか?」


「唯一〝ほうおうこくリーゼルタ〟のみが、エンブロシアとの交流を保っております。あの国にならば、なんらかのルートがあるのやもしれませんね」


 魔法王国リーゼルタか。

 またしても初めて耳にする名前だ。


 しかも具合の悪いことに――クリムトいわく、リーゼルタは〝国そのもの〟が空中を浮遊しており、世界中を移動しているとのことだった。


「ちなみに、現在の位置などは……?」


「残念ながら。お役に立てず、申し訳ありません」


 そう言ってクリムトは両手の指を交差させ、祈りのポーズをしてみせる。結果的には〝不発〟だったものの、今後に生かせそうな情報は多い。


 僕はクリムトに情報と休憩部屋の礼を言い、旅を再開することを告げた。



「そうですか。またいつでもお越しください。あの子――ミチアも寂しがるでしょうから。あなたに光の神・ミスルトと、母なるミストリアの加護があらんことを」


「はい。しばらくは近くで情報を集めてみます。遠出をする前には、必ず挨拶にうかがいます」


 ミチアは新しい〝家〟を見つけたばかり。

 彼女の門出に水を注さないためにも、今は会わない方が良いだろう。


 僕はさいだんに祈りを捧げ、ひとり教会をあとにした――。

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