第14話 「し……死んでる……」

「うりゃあっ!」


 だぼっとしたキャスケット帽を被ったジンが、小粒の(とはいえライオン程はある)コオロギ型夢喰い蟲へと、ガラス瓶を投げつける。

 瓶から撒き散らされた粘着質の液体が、蟲の脚を絡めとり身動きを封じた。

 

「ウィル、頼む!」

「おうよォッ!!」


 茂みから躍り出たウィルが、蟲の胴体を長槍で貫いた。串刺しで持ち上げられ、投げ飛ばされた蟲は樹々の枝葉を折り、巨木に衝突して動かなくなった。


「はァ~、蒸し暑くってヤになるぜ。ほンじゃ、封印しまっか……っとぉ!?」


 伸された蟲を封印しようと歩み寄ったウィルの顔先すれすれを、木の揺れに驚いたのであろう鳥が飛んで逃げていった。ビビッドカラーの大きい嘴が特徴的な鳥だった。

 黒翼をはためかせ飛び去る鳥を仰ぎ見て、ウィルが思い出したように口を開く。


「そういやよォ~、昨日……」

「ぜぇああぁーっ!!」

「──! ウィル、グルト先輩だ!」


 そう遠くはない場所から、グルトの雄たけびと激しい金属音が二人の耳に届いた。封印を済ませ、別動隊として大物を追っていたグルトたちの元へと藪を掻き分けて急ぐ。


「よ~っし、これで最後だろ? さっさと片付けて帰ろうぜ、ジン!」

「……あ、ああ、うん! そうだね!」


 今日の任務で赴いた〈星域〉は、小規模な密林型であった。狭いだけあって、グルト隊はここまでサクサクと蟲を発見・討伐できていた。

 蟲の気配も残り少なくなった頃、先日の巨蟻クラスの蝉型をグルトと取り巻きたちが見つけ、脅威度の低いコオロギ型の方はジンたちが担当することになった。

 後は蝉型を倒し封印すれば任務完了なのだが、ジンには気がかりなことがあった。


(なんだろ、いくらなんでも蟲が少な過ぎる気が……それにあの焼け跡……)


 今回の〈星域〉は蟲による侵蝕度も低く、空間は安定している。それゆえ、事前の〈儚遠鏡〉による予想でも寄生している蟲はそう多くないと推測されていた。

 現に、ジンが始めに感じ取った蟲の気配の数も似たようなものだった。少し二桁を超えるか超えないかという、大体その程度の数だ。

 進捗が順調なのはいいことだ。しかし、あまりに蟲との遭遇が少な過ぎた。

 次の蝉型で、ようやっと五匹目なのだ。


 地中に潜られたり、濃霧が出ているなど探知の障害となるようなものが発生している可能性もなくもないが、密林のところどころで見かける“ある痕跡”が、ジンの疑念を駆り立てていた。

 いたるところで草木が焼け、炭化し灰になっているのである。

 グルトたちはそういう〈星域〉なのだろうと、深く考えてはいなかった。蟲の骸や、封印処理された“種”が落ちている訳でもなかったからだ。

 それでもジンは、ありえないとは思いつつも、その焼け跡に既視感を覚えた。


(ま……まさか……でもどうやって……?)

「隊長! こいつ硬過ぎます……! 私の打撃が効いてない!」

「弱音を吐くなっ! 蟻型とそうは変わらん!」


 ジンとウィルが戦場に着くと、グルトたちはなかなか苦戦しているようだった。蝉は蝉でも幼虫の蝉だが、夢喰い蟲としての強さの度合いを測るには殆ど関係がない。

 幼虫の蝉型は後ろ脚を何本かもがれつつも、機敏な動きでグルトたちの攻撃をさばき、時には茂みや木を利用して矢をブロックしていた。

 グルトたちは地形と障害物に妨げられてか、戦いにくそうだ。ウィルも加勢しようとするが、ぬかるみに足を取られてモタつく。

 この蝉型は、些か知恵が働く個体と見えた。グルト隊は蟲を追い詰めているようで、その実、泥沼地帯という不利な地形に誘き出されていたのだ。


(く……ここじゃボクのトリモチ液も効果が薄いし…………げぇっ!?)

「どいつもこいつも、舐めやがってよぉーっ!!」


 グルトが鬼気迫る顔で、溜め込んだ鬱憤をぶつけるようにして蝉型を逆袈裟斬りにする。切断には至らずも、深手を負った蟲の巨躯が跳ね上げられ──爆散した。


「え!?」

「は……!?」


 爆発炎上し、真っ黒に炭化した蝉型が仰向けにひっくり返る。

 子分の一人が念のため、メイスでちょんちょんと蟲を突っつく。


「し……死んでる……」


 息絶えていた。確実な蝉ファイナルだった。


 ***


 任務から帰還し、報告を終えたジンはくたびれた様子で休憩室の片隅に居た。バックパックを足下へ置き、隊服も着替えずに独りベンチに座り込んでいた。

 その傍らで、グルトは色めき立つ取り巻きとその他大勢に囲まれ、「隊長すごい!」「さすが隊長!」と喝采を浴びる。得意気な顔のグルトだったが、「どうやったんすかアレ!?」と子分に聞かれると言葉を濁していた。


「うィ~す、おつかれ~い」


 ウィルが併設の売店で買ってきた果実水のカップを、ジンの頬に当てた。

 礼を言ってジンが受け取り、ウィルは自分のカップに口を付けつつ隣に座った。


「いや~、ビビったよなぁ? オレにゃひとりでに爆発したようにも見えたが……まぁおかげさまで、今日はすっげ~早上がりできてありがてェわ」

「は、はは……確かにね。お昼までに終わるなんて、いつぶりかな」


 〈星域〉が狭くとも、探索を含めて一日掛かりになるというのはよくあることだ。それが今日は半日で終わってしまった。

 一時的に貸与された予備バックパックへの懸念も、杞憂に終わった。官給の正式バックパックと比べ予備品は容量と耐久性に劣るうえ、素材等の都合で小ぶりのくせに重くて取り回しが悪い。しかも、また紛失していれば今度こそ始末書ものだった。

 どうせなら、もう一方の懸念も杞憂ならよかったのにと、ジンは切に思った。

 ウィルが果実水を一気飲みし、首に掛けたタオルで口元を拭う。


「っぷは~……そんでよ、任務ンとき言いそびれたけど、聞いたか? 例の噂」

「……例の噂って?」

「“黒い鳥”だよ。なんでも昨日、オレらが知らんとこで大ゴトになってたらしいぜ。よく分からんが、お宝ドロボーが黒い鳥に変身して街を火の海にしたとかなんとか」


 ちびちび果実水を飲んでいたジンが噴き出しかけ、むせる。


「そ、そ、そうなんだぁ……とんでもないヤツだね、そいつは!! 死刑だよ死刑」

「お、おう……でも眉唾もんだけどな。誰も何も、大して被害受けちゃいねえッてのが腑に落ちねェ。オレもよ、カミンのヤツに真夜中まで付き合わされなきゃなァ……」

「アハハ、ザ、ザンネンダッタネソレハー」


 心ここにあらず、返事が露骨な棒読みになる。


(いや全部ボクだよ! ボクとあの人なんだよ! なんなら、今回の任務で蟲あらかた消し飛ばしてたのも全部あの人だよ!!)


 ジンは例の人が、空飛ぶ巨狼に乗って火の玉をブッ放すところを目撃していた。

 それも芸の細かいことに、グルトの攻撃にバッチリと呼吸を合わせてだ。

 あらかじめ彼女にはちゃんと言いつけておいたし、朝に家を出るときだって、屋根の上の彼女を起こさないように細心の注意を払った。

 それなのに、いつ、どこで、どうやって尾けてきて、今どこにいるのか。

 胸のドギマギを抑えるべく、ジンは気を取り直して果実水を飲んだ。


「だーかーら! “美味しくなって再登場♡ごつ盛り焼肉カーニバル弁当”を六コだっての! ほら、カネも足りてるだろーが! あたしとベルムートの分だっつの!」


 ジンは果実水を噴き出した。


「なっ、なンだぁ、大丈夫かよジン!?」


 むせ返るジンの背中を、ウィルがまごついた手でさする。

 すぐそばの売店で、子犬ベルムートを引き連れたキルシェが弁当をレジで山積みにして、店主のおじさんと揉めに揉めていた。


「あのねぇ嬢ちゃん、この弁当は人気商品なんだよ。食べ盛りのみんなに行き届くように、おひとり様三つまで、ってことにしてあるんだよ」

「ベルムートと合わせて六コだろ。合ってるじゃねーかよ!」

「ベルムート……って、その犬でしょ? 犬はダメだよ!」

「えっ……そうなの? ベルムート……おまえそうなの?」

「くうん……」

「オイ! やっぱりって言ってるじゃねーか!!」

「なんでだよ!? 勘定に含まないってことだってばよ!!」


 あくまで平静を装い、ジンが手ごろなタオルでゴシゴシと顔を拭く。断りなくタオルを使われ、ウィルは「あの、それオレの……」としょんぼりした。

 ジンはやにわに立ち上がると、拭いたばかりのはずの額に汗を滲ませながら、ぎくしゃくとした作り笑いをウィルに向けた。


「あ、あはは、ごめん、ウィル! ちょっとボク用事があったの思い出しちゃってさ! 仮のバックパックも返却しなきゃだし……悪いんだけどボク先に帰るね!」

「お……おう……マジで大丈夫か、ジン……?」

「あ、うん……ホントごめん。じゃ!」


 ウィルに別れを告げたジンはそのまま売店のレジへと仲裁に入り、キルシェの腕を引っ張ってドタバタと休憩室を後にする。

 一歩遅れて子犬ベルムートが二人を追い、出口で一旦ターンして頭を下げた。

 ウィルは足元の物を拾い、独りごちる。


「いやあいつ、バックパック忘れてってンじゃん……」

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