51 霊山見えた

 爽真は紺色の詰襟の服にマント。ネネさんは魔法使いが着るようなローブと三角形の尖った帽子だ。あの帽子をリアルで被っている人に会えるなんて感激。

 レゲ爺さんがネネさんに何か話しかけている。


「余計なモンを収納してないじゃろな?」

「余計なものと言いますと?」

「簡易風呂セットは置いて行くんじゃぞ。あと圧縮クロゼットもいらん」


「先生はお分かりでない。旅先でこそ、温かいお風呂は必需品です!」


「あんなデカイもんを収納しとったら、いらん魔力を使うじゃろうが!」


「またモメてる……。もう出掛けようぜ」

 爽真はボソッと呟き、アシュリー姫に挨拶してさっさと羽つき馬車に乗ってしまった。大きなリュックサックを背負ったネネさんもレゲ爺さんから逃げるようにして馬車に乗り込み、私を抱っこしたハル様も後に続く。


「では行って参ります」

「お気をつけて……! 皆さん、どうかご無事で帰ってきてください!」

「ネネリム! しっかり仕事するんじゃぞ!」


 馬車が走り出すと、塔の上から手を振るアシュリー姫とレゲ爺さん、見送りの人たちの姿があっという間に小さくなってしまった。爽真が不安そうにそれを見ている。


「ソーマさふぁ、ふふぁんなんれふか?」

「……食いながら話しかけないでくれ」


 ネネさんはリュックサックを開けてコッペパンのサンドイッチを取り出し、口に突っ込んでモガモガ食べている。

 食べながら収納魔法に手を突っ込んで大きなお皿を出し、サンドイッチやタルトパイをてんこ盛りにし始めた。お、美味しそう……!


「良かっふぁら、ふぉうふぉ」

「わぁい! 喜んで頂きますペエ!」

「朝もしっかり食ってたのに……」

「莉乃ってこんな大食いだったっけ……」


 がつがつと貪る私とネネさんに、ハル様と爽真が引いている。いやほら、腹が減っては戦は出来ぬってやつですよ。

 ネネさんがパンをごくりと飲み込んでから話し始めた。


「寝坊したので朝食を取る時間がなかったんです。昨夜、かなり遅くまで本を読んでいたもので」


「それは感心だな。聖獣や霊山に関する文献か?」


 勉強熱心で偉いな、とハル様は褒めるつもりだったんだろう。

 しかしネネさんはかぶりを振った。


「いえ、巷でウワサの耽美小説を熟読してました。美しい殿方同士でイチャつく話でしたね。なかなか斬新でした」


 そう呟きつつ、爽真とハル様をじっとりした目で見ている。

 爽真がひいっと小さく叫び、寒さをこらえるように手で腕をこすった。


「やめろォ! 変なことを考えるのはよせ! 俺と公爵様を使って妙な想像すんなよ!?」


「大丈夫です。確かにお二人は見目麗しいですが、私が興味を持っているのは『売れるかどうか』なので。殿方同士のイチャつき市場は思ったよりも巨大なようです……。なにか売り出したいものですが」


「そう言えば、日本では声の目覚まし時計が売られてたペエ」


「声……! なかなかいいアイデアです! 殿方の声を吹き込んだ商品――これは女性を中心にヒットしそうですよ!」


「莉乃、余計なこと言うなよ!」

「商売のお手伝いしただけだペエ」

「……本当に仲が良さそうだな。さすが幼なじみだ」


 しばらく黙って聞いていたハル様が、低い声で呟いた。気のせいかもしれないけど、ちょっと機嫌が悪いような……。

 爽真があたふたと手を動かしながら言う。


「ちがっ、誤解です。俺たち深い仲ってわけじゃないですから。普通の幼なじみですから! そうだろ、莉乃」


「そうですペエ。確かに私は爽真に告白したけど、付き合うことは……」


「バカ! それを言ったらますます誤解されるだろ!」

「バカって何ペエ! 前から思ってたけど、爽真は私にバカって言うの多すぎペエ!」


「告白……したのか…………」

「録音の魔道具を持ってくるべきでした。公爵様の声は高く売れそうなのに……勿体ない」


 ハル様もネネさんも自分の世界に入り込んでブツブツ呟いている。爽真が「だぁーっ」と叫んで頭を掻きむしり、苦しまぎれに窓を見ながら言った。


「あっほら! もう湖が見えてきたぞぉ! 賢者レゲが言ってた通り、円形の湖だぁ!」

「ほんとペエ!? ハル様、失礼しますペ!」

「あ、ああ」


 湖はハル様側の窓から見えるらしい。私は彼の膝に乗せてもらい、窓の向こうに目をこらした。爽真が言った通り、眼下に円形の湖が広がっている。綺麗な真円で、一見すると岩のプールみたいである。

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