どうも、噂の聖獣は私です。~転移したらモフモフボディ!? 公爵家のペットになりました~

千堂みくま@ド田舎出身の芋令嬢★発売中

第一部 そのモフモフは無自覚に世界を救う?

1 突然のモフモフ化

(ここ何処? なんでこんなトコにいるんだっけ?)


 頭上には水晶がキラキラと光る、直径三メートルはありそうな巨大シャンデリア。足元は摩擦係数ゼロみたいなツルツルの大理石。

 かなり念入りに掃除したのか、鏡のように床の上を映し出している。

 その大理石を覗き込む私、吉川莉乃りのの視界には――


(なんだこりゃ。ペンギン?)


 謎の生物が映っていた。見た目はコウテイペンギンの赤ちゃんそっくりだけど、色合いがまるで違う。灰色でもないし黒くもない。全身が真っ白なふわふわの羽毛で覆われていて、ずんぐりむっくりした胴体に短い翼――フリッパーが付いている。


 体長は三十センチぐらいだろうか。ぱっと見、ぬいぐるみにしか見えない。抱きしめたくなるような愛くるしさだ。


(可愛い……!)

「ペエェ……!」


 可愛いと言おうとしたのに、私の口から出たのは「ペエェ」という奇妙な鳴き声だった。あれ、おかしいな。不思議に思って首を傾げると、大理石に映ったペンギンもどきの首もコテンと倒れる。


(は……?)

「ペ……?」


 手を振ると、ペンギンのフリッパーも同じリズムでぱたぱた動く。体を横向きにするとペンギンも横を向き、お尻についた短い尾羽がぴょこんと揺れる。


「ペッ、ペェエエエ!?」

(どぉいう事!? なんで私ペンギンになっちゃってるわけぇ!?)


「勇者様、ようこそお越しくださいました!」


 フリッパーをじたばたさせていると、離れた場所から女性の嬉しそうな声が聞こえた。ペンギン化した自分の姿にパニくってたけど、よくよく見れば私の周囲は人で溢れている。でも誰も彼も変な格好だ。


 女性はおとぎ話の中に出てくるようなヒラヒラしたドレスを着ているし、男性は立派なスーツを着ているし……いや、スーツじゃなくて燕尾服だ。


(変なの。まるで童話の世界だわ……。王子様がたった一晩で嫁探しでもしてんのかな。向こうには何があるんだろ?)


 足元に変なペンギンがいるというのに、私に注目している人間は誰もいない。みんな一つの場所に集まって何かを盛んにはやし立てている。


 私はペンギン化したショックも忘れて、足とドレスのすき間を縫って人だかりが出来ている場所にペタペタと近づいた。頭上から興奮した様子の話し声が聞こえてくる。


「勇者様が来てくださった。これで南大陸は救われた!」

「ずい分お若い方ね。凛々しくて素敵……!」

「さぁ勇者様、お疲れでしょう。どうぞこちらへ」


 ティアラを頭に載せた綺麗なお姫様が、紺色の服を着た少年の手を取って微笑んでいる。お姫様はカツラかと疑ってしまうような色の髪の毛だ。金色にピンクを溶かしたみたいな色。なんか凄い。

 しばらくお姫様の髪の毛に目を奪われてたけど、隣の少年を見た瞬間、くちばしが裂けそうになった。


「ペェッ……!?」

(そっ、爽真そうまぁ!?)


 少年が着ている紺色のブレザーは私の地元にある芽柴めしば高校の制服で、その少年はと言えば幼なじみの斉藤爽真である。なぜ彼が私と一緒にここにいるのか。

 いやその前になぜ爽真は人間のままで、私だけペンギンなのか?

 全然納得できないんですけど!


「ペエ、ペエェ!」

(爽真! 爽真ぁ!)


 私は短い足をジタバタと動かして爽真に近づこうとしたが、人の壁が邪魔になってなかなか進めない。みんな爽真のことを「勇者様!」と呼び、まるで社長のような特別待遇で持てなしている。

 爽真もちやほやされて嬉しいのか、美少女なお姫様の手を握って赤い顔でヘラヘラして。


(爽真のバカ……! 私があんたに告白したとき、付き合ってくれるって約束したくせに! 私というものがありながらその態度は何よ!)


 ようやく人垣から抜け出した私は、ダダッと助走をつけてその勢いのままべちゃっと腹ばいになった。摩擦がほとんどない床の上を、幼なじみ目掛けてツルーッとペンギン滑り。


(喰らえぃ! ペンギンアターック!)

 ――ガスッ!

「いでぇっ!?」


 私のくちばしは狙い通り爽真のふくらはぎに激突し、奴は変なうめき声を上げた。目が覚めたか、浮気者め。


「勇者様、どうなさいましたの? まぁ、何かしらこの変な鳥は……。衛兵! 衛兵、早く来なさい!」


 爽真に攻撃したことでようやく私という存在に気づいたのか、お姫様が高い声を上げて誰かを呼んでいる。何だかやばそうな展開だ。不穏な空気を察してこそこそ逃げようとしたが、その前に誰かの手が私をひょいっと持ち上げた。


「ペエッ!?」

「その鳥を何処かに捨ててきて頂戴!」

「ははっ。畏まりました、アシュリー殿下」


 ガタイのいいオジサンが私を脇に抱えたままお姫様に一礼し、どこかへ向かって歩き出す。オジサンの一歩が広いせいか、のしのし振動がすごくて酔いそうだ。ぐえぇ。


「ペグェェ、ペェエ!」

「こらこら。城から出すだけだから暴れるなって。何も取って食おうってんじゃない」


 オジサンの腕に抱えられて大きな扉から出る時、一瞬だけ爽真と目が合った。彼は迷惑そうな顔でふくらはぎを撫でていたけど、口が「……莉乃?」と動いたように見えた。 

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