第25話 福神漬け
「たいしょー」
「へい」
暖簾をくぐってきた、幼女魔王。
いつも通り冷えたジョッキを取り出した俺に、幼女魔王は衝撃の事実を告げた。
「きゅうかんびです」
「……へい?」
「きゅうかんばぁではありません」
首をふりふり。念押しする、幼女魔王。
休肝日らしい。
信じられない。この店を開いて三年、一度も無かった事態である。
「…………へい」
明日世界が滅ぶ予感に襲われながら、俺は普通にお冷を出した。
「どうして、ってかおだねぃ……」
お冷が乗っただけの寂しいカウンターに、スッと座る、幼女魔王。
深刻な表情である。
「らいしゅー、まぞくどっくで、ね?」
「去年は普通にしていたでしょう」
「このふゆは……たべすぎた。かくじつに、かくてーてきに……」
言われてみれば、そうである。
新人闇落ち女騎士も、クラーケン賢者も、今冬からの新しい客。そのほとんどが幼女魔王より年下なので、よく食べる。
つられて、幼女魔王もいっぱい食べた。
「おさけのめなくても、うまい、やつ……」
収納されていくジョッキを睨む、幼女魔王。
酒が飲めないなら居酒屋に来ない方が良いと思ったが、言わない事にした。
「おさけないなら、すべてすなでは?」
砂ではない。
虚無を孕んだ表情でメニュー石板に指を這わす、幼女魔王。
「……たいしょー」
「へい」
「かれー!!」
「カレイ?」
「かれーらぁーいす!」
カレイの煮つけは米が無いと酒を飲みたくなるので心配だったが、カレーライスならまぁ、一応、主食なので満足できるだろう。
「へい」
カレーライスはあまり店で出さないメニューだが、自分用の作り置きが時空在庫にあるので、準備は早い。
鍋ごと亜空間から取り出し、火にかけ。
「……においだけでうまい」
ぐつぐつと言い、暫くは取れないだろうカレーの香りが店内に充満。
ネコのフレーメン反応みたいに幼女魔王が変な顔をする……頃合いだ。
「へい、おまち」
「ふつうに ばんごはんだねぃ……」
ということで、カレーライスである。
インドイフリート人から仕入れたカレールゥを使ってるので、一応は本格的。具は大きめで、味は辛口である。
「……おっ」
スプーンを手に取った幼女魔王、目がきらんとする。
本日初めての目きらんであった。何かに気付いてしまったらしい。
「いいいろ、だねぇ」
「へい」
福神漬けである。
カレーは自家製と言えるほど立派ではないが、福神漬けはお手製。
自画自賛したくなる、良い赤色だった。
「こりっ」
付け合わせの福神漬けからパクつく、幼女魔王。
「……もぎゅ」
カレーライスをスプーンでかきこむ、幼女魔王。
うん、と目を細めて頷き。
綺麗な瞳を開いて、俺を見た。
「たいしょー」
「へい」
「これさ」
「へい」
幼女魔王、力強く告げる。
「ふつーにのめる」
普通に酒が飲めてしまうらしい。
……休肝日は、取り消しになった。
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