第41話 勇者vs武闘家



 勇者パーティーのメンバーそれぞれの力を見るために、稽古が始まった。

 すでに、魔法使いミルフィアと、弓使いナタリの力は見せてもらった。二人とも、凄まじい力を持っていた。


 残るは、彼。武闘家の、ガルロだ。


「キミの力を、見せてもらおうか」


「あー……まあ、この流れで断るわけにも、いかねえわな」


 協調性を見せないガルロだけど、みんなが自分の力を見せるこの場で、断ることはしないようだ。

 ただ、疑問がある。武闘家って……どうやって、力を証明するんだ?


 ミルフィアとナタリみたいに、単に的を狙えば……ってわけにも、いかないだろう。二人は的に当てる以上に、パフォーマンスも見せてくれたわけだし。


「武闘家ですので、腕に自信のある方と組手をしてもらうのが、一番早いのですが……」


 と、武闘家の力を手っ取り早く見る方法を王女が、告げる。その視線は、周囲で見学している兵士たちに向けられる。

 しかし、兵士たちは目が合わないように、わかりやすく目をそらしていた。


 王女からの視線を、これほどわかりやすく避ける光景も、後にも先にもおそらくここだけだろう。


「うーん……ここはやっぱり、兵士長の方に……」


「いや、ここは俺が相手をするよ」


 王女が指名しようとした人物……兵士長というからには、一般の兵士たちよりも強い人なのだろう。

 王女が指名するというのだから、間違いない。そう、思っていたけど。


 横から、俺が行くと声を上げるものがあった。


「ゆ、勇者様?」


 勇者だ。自分のセリフを遮ってまで、自分がやると言った勇者に、王女は驚きを隠せないようだ。

 兵士たちの間でも、ざわめきが起こる。


 まさか勇者が、自分から組手に志願するとは……思って、いなかったからだ。


「構わないか?」


「へぇ、勇者様が相手か。こりゃ光栄だねぇ。俺は、全然構わねえが?」


「ゆ、勇者様!? 勇者様が、自らなんて……」


 話が進んでいく中で、王女は慌てた様子だ。

 だけど、勇者は極めて冷静だった。


「俺は、兵士長と組手を重ねてきた。一本取ったこともある。不足はないと思うけど」


「それは、そうかもしれませんが……」


「あー、もしかして勇者様が負けると思って、焦ってんのか? 王女様ぁ」


「!」


 勇者は、どうしてかやる気だ。そして王女も、ガルロの挑発とも取れる言葉を受けて、むっとする。

 そしてガルロを、キッとにらみつける。


「勇者様が負けるはずがありません! 勇者様、やっちゃってください!」


「……組手だからね?」


 王女からの許可も下り、ガルロの武闘家としての力は、勇者との組手で証明することになった。

 勇者は、異世界召喚により良く身体能力が大幅にアップしている。それは、鍛え上げた兵士長と渡り合うほど。


 対してガルロは、武闘家として神紋しんもんの勇者に選ばれるほどの、腕前だ。

 これはあくまで組手だけど、どちらに軍配が上がるのか……純粋に、興味がある。


「本気で来てくれよ。でないと、力を見る意味がないからな」


「へいへい」


 二人は、離れた位置に向かい合うように、立つ。

 勇者と武闘家……これは組手だけど、まるで実戦のような緊迫感を感じさせた。


「ではミルフィア、合図をお願い」


「えっ。は、はいっ」


 いきなり話を振られたミルフィアは、慌てた様子でうなずく。

 そして、火属性の魔法を上空へと放ち……パンッ、と火の玉が弾けるような、音が響いた。


 それが、合図となった。二人はほとんど同時に動き出す。

 お互いに距離を詰め、お互いのリーチ内に相手が入った瞬間……私の目では追えないほどの速度で、事態は動いていく。


 一瞬の瞬きをした直後には、勇者の蹴りがガルロの顔面へ。ガルロの拳が勇者の顔面へ、それぞれ放たれていた。

 二人とも、それぞれ己の手のひらで、相手の打撃が当たらないよう、受け流していた。


「……速いな」


「勇者様に、ついていくなんて」


 それを見て、冷静に分析するナタリと、驚いた様子の王女。

 王女は、心情での勇者贔屓もあるだろう。だけど、実際勇者の実力を見てきたのも、王女だ。


 その王女にとって、今の一瞬の攻防は、かなりの衝撃だったのだろう。


「せい!」


「!」


 勇者は、空いた手を握りしめ、拳を突き出した。狙うはやはり、ガルロの顔面。

 それを見て、ガルロは引く……のではなく、迎え討つ形で挑む。


 自分のおでこ……つまりは頭突きを持って、勇者の拳を受け止めた。


「っつ……!」


 その衝撃に、表情を崩すのは勇者の方だった。

 それを見逃すガルロではない。勇者の足を止めていた手のひらで、そのまま勇者の足を掴む。


 そして、思い切り腕を引き……片腕だけの力で、勇者を持ち上げた。


「なっ……」


「おーっ、らよ!」


 驚くべき光景。そのままガルロは、勇者をぶん投げた。

 あまりに突然のことに、勇者は抵抗することもできずに地面に叩きつけられる……けど、寸前に受け身を取る。


 だけど、その受け身すら一瞬の隙だ。


「! ふっ!」


 勇者の眼前に迫る、ガルロの蹴り。それが当たる寸前に、勇者は飛び退くように起き上がった。

 瞬間、勇者の懐にガルロが迫り……鋭く重いガルロの拳が、勇者の腹に突き刺さった。


 ドォッ……という、重々しい音とともに。


「がっ、ぁ……!」


「ふん!」


 勇者はまるで、硬直したようにその場に固まる……

 しかし、ガルロが気合いの入れた声を上げた瞬間、勇者が後ろに吹っ飛んだ。


 勇者の体を突き抜ける衝撃波が、周囲に立つ私たちにまで伝わってくるようだ。

 今の一撃だけで、大気が震える。ぴりぴりとした、そんな感覚が肌を打った。


「! 勇者様!」


 遅れて、王女が叫ぶ。

 吹っ飛んでいった勇者は、背後の壁に打ち付けられて、止まっていた。せき込む声が聞こえるから、意識はあるのだろう。


 勇者は武術でも、防御面においても常人とはかけ離れた力を持っているはずだ。

 それを、たった一撃を吹き飛ばす……それだけで、ガルロの実力を証明するには、充分だった。


「勇者様、今回復を……」


「いや……そんな、大袈裟なことじゃないから」


 吹き飛ばされた勇者に、王女は回復呪文をかけようとする。

 しかし、この程度のことで王女の手を煩わせたくはないのか、勇者が拒否する。


 その様子を見て……


「強がんなよ。骨が何本かイッてるはずだ。

 それに、ちょうどいいじゃねぇか。ついでに王女様……いや、女賢者の力も、見せてもらおうじゃねえか」


 ガルロが、待ったをかけた。

 たしかに、彼の言うとおりだ。勇者は強がっているけど、口からは血を流しているし、立ち上がってもよろよろだ。


 それに、ガルロが言うには骨も折れているらしい。

 そんな体を癒やすことができるのは、王女の回復能力。


 勇者パーティーメンバー、女賢者の力を証明するのに、ちょうどいいってわけだ。

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