3〜考えすぎる〜


紫陽花と今すぐどうこうなりたいわけじゃない。第一、彼女はフォロワー10万人超えの超人気者で。10万人と言ったら、東雲高校を超えて、いや、全国各地に彼女のファンがいるということだ。ちっぽけな町の端くれに暮らしている璃仁のことなど、紫陽花がいつまで相手にしてくれるんだろうか。学校にだって友達は多いだろうし、彼女を追いかける男だってうようよいる。


実際、紫陽花は出会った当初、璃仁に告白をしてこないかと聞いてきたじゃないか。それってつまり、告白されすぎてうんざりしているということだろう。今朝だってそう。紫陽花に話しかける海藤の映像がフラッシュバックする。あまり思い出したくない記憶だが、あれは完全に海藤が紫陽花に言い寄っていたのだから、紫陽花のモテっぷりが窺えた。


「はあ。ご飯でも食べよう」


 考えすぎて、いい加減脳が疲れてきた。

 璃仁は閉めっぱなしだった部屋の窓を開ける。雨はもう一滴も降っていなくて、薄闇に沈む小さな町の小さな住宅たちが、どこか自信なさげに佇んでいるように見えた。


 いつか、自分はこの町を出るときが来るんだろうか。

 クラスメイトたちに服装や持ち物が「汚い」「ダサい」と罵られ、「お前って、××町に住んでるんだっけ?」と馬鹿にされる度に、家に帰るのがいやになったのを思い出す。父親も母親も、恥ずかしくはないんだろうか。もっといい家に住みたいとは思わないのか。周りの友達の中には、海藤のように金持ちでいわゆる高級住宅街に住んでいる人も少なくなかった。そんな連中に紛れてこの町から登校していくのは、軽装備でラスボスの眠る洞窟へと向かうときのような心細さを覚えた。


 父や母にとっても同じじゃないか、と思う。

 大人の世界だから、ひょっとするともっと嫌らしく残酷な仕打ちを受けているのかもしれない。


 璃仁たち若者がSNSで誰かの幸せを羨んで、それに比べて自分は、と不幸感を募らせていくように、大人たちだって周りの人間と自分の状況を比べる瞬間があるに違いない。それにもかかわらず、この場所に住み続ける両親のことを、璃仁は逆にすごいとさえ思っていた。


 カーテンを閉めて、部屋から出る。一階へ降りて冷蔵庫を開けるとどーんとオムライスが現れた。作り置きをしてくれるメニューは一品ものが多い。さっと温めて食べられるから璃仁にとってはありがたかった。


 オムライスをむしゃむしゃ口に運びながら手慰みにスマホを見る。当たり前だが紫陽花から返信は来ていない。


分かってはいたのにがっかりしつつ、今度は例の写真アプリを開く。今日もおすすめに表示される若者たちの“リアルに充実した生活”を映し出した投稿が熱い。

璃仁のアカウントはプロフィール画像は初期設定のままだし、フォロワーも小中学生の時の知り合いがちらほらいるだけだ。それも、友達というほどの人たちではなく、ほとんど会話を交わしたことのないような人たち。けれど表立って璃仁をいじめてきた連中とはまた別の人たち。たぶんその人たちは、璃仁をフォローしたくてフォローしたというよりも、単にフォロワーの数を増やしたいだけなんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る