4〜連絡先を聞こう!その2〜
「取り乱してすみませんでした。紫陽花先輩、わざわざ来てくださってありがとうございます」
冷静さを取り戻した璃仁は窓の外から再び紫陽花の方に視線を移す。以前会った時と変わらず艶のある唇と大きな瞳が学校中の男どもを虜にするのではないかと心配になる。心配したところで、璃仁は紫陽花の何者でもないのだから本人からすれば余計なお世話だろう。
「いいえ。むしろ、先週学校を休んでてごめんね。教室に来るなんて思ってもみなかったから、ちぃから聞いた時はびっくりしたよ」
ちぃ、というのはおそらくこの間のポニーテールの先輩のことだろう。あだ名で呼んでいるということは結構仲が良いんだろうな、と自分の友人関係を省みながら考える。
「それで、この間は何しに来たの?」
紫陽花が家庭の事情で数日間休んでいたことも気になったが、プライベートなことなので聞けなかった。
「いや、その、大した用じゃなかったんですけど」
気になる人の連絡先を聞くことが「大したこと」ではなかったら、いったいなんだろうと自分自身でツッコミつつ続けた。
「先輩の連絡先を、教えてもらえないかと思いまして」
ひと思いに本音をダダ漏らすと、紫陽花は驚いた様子で目を丸くした。璃仁の方はやはり恥ずかしく、再び窓の外を見遣る。先ほどよりももっと焦った様子の生徒たちが校舎の方へと走っている。頭上で始業の合図である予鈴が鳴った。
「あ、私もう戻らなきゃ。連絡先、また今度でいい? 今さ、スマホ鞄に入れてて持ってないんだ」
「あ、はい。分かりました」
スマホはいつでもポケットに入れて持ち歩いているものだと認識しているのは璃仁だけなのかもしれない。紫陽花の申し出にいささか残念ではあったが、ないものをねだっても仕方がない。それに、また次回会った時に教えてくれると言った。こちらの希望が伝わっただけでも良かったのだ。
「じゃあまた」
「はい」
紫陽花は振り返ると慌てた様子で自分の教室へと戻っていった。
相手の連絡先も持っていないのに「また今度」と言われると、廊下に取り残された璃仁は少しだけ不安な気分にさせられた。やっぱり、いつでも誰とでも繋がることのできる現代人の病気だと思う。
しかし去っていく紫陽花のスカートのポケットの辺りが四角く象られているような気がしたのは、気のせいだろうか。
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