3〜突然の訪問〜

 紫陽花が璃仁のところへ来たのは、週が明けて月曜日のことだった。

 朝、いつものように登校して教室で本を読んでいると、新学年早々気怠げな空気感の漂う教室の扉のところに紫陽花が顔を出した。


「田辺くん」


 大きな声を出すのが恥ずかしいのか、紫陽花は璃仁に強い視線を送り、璃仁が扉の方へ来るのを待っていた。

「朝から別のクラスのお客さん?」「あれ、でもあの人先輩だぞ」「本当だ、しかもすっごい美人」「てか、紫陽花先輩じゃない?」「「でもなんで田辺に用? 田辺って帰宅部だよね?」「もしかしてそういう関係?」「うわ、先輩相手に手出してんの?」「大人しい顔して手早いな〜」


 クラスメイトたちが囁き合う声が、静かな教室に反響して聞こえる。璃仁はこれ以上自分たちのことを噂する声を拾わないように、無言で立ち上がり教室から出ると、後ろ手で扉を閉めた。


「あああ、いきなり来るからびっくりしたじゃないですか!」


 紫陽花を2年4組の教室からできるだけ遠ざけようとして、廊下の突き当たりに追いやる羽目になってしまった。側から見れば璃仁が紫陽花をいじめているように見えるかもしれない。


「ごめんごめん。でもきみだって、先週私のクラスに訪ねてきたって言うじゃない」


 確かに紫陽花の言う通り、もとはと言えば璃仁が紫陽花の教室を覗きに行ったのだ。紫陽花のことを責められる立場じゃない。

 2年4組の教室から離れてようやく心拍数が落ち着いてきた璃仁は、その場でため息をついた。そしてようやく紫陽花に会えた喜びで顔が熱くなった。身体の変化を悟られないように、廊下の窓の方に視線を逸らす。廊下の窓からは校門が見えるのだが、始業時刻が近づいた今、バタバタと焦っている様子で生徒たちが校門をくぐる。一年前の入学式の日、璃仁はあの校門の前で、紫陽花を見つけたのだ。桜の写真を撮っていただけの紫陽花だったのに、食い入るように見つめてしまっていた。あの時の自分と今の自分が、同一線上の世界を生きているなんていまだに信じれない思いだ。


予期せぬタイミングで紫陽花の顔を見られたことで、完全に悦に入ってしまっていた。教室の扉のところに紫陽花の顔が覗いた時、本当は飛び上がりそうなほど嬉しかったわけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る