7〜約束〜

「どうかした?」


 璃仁が先ほどカウンターで会った後輩だと気づいたからか、「SHIO」はタメ口で小首を傾げた。再び耳にした「SHIO」の声に璃仁は胸が高鳴っていた。


「いや、あの……ちょっと話してみたいなって」


 話しかける口実など何もなかった璃仁は、今の本心をそのまま彼女に伝えるだけで精一杯だった。「SHIO」の方は突然話しかけてきた後輩がただ自分と「話したい」と伝えてきたことに目を瞬かせる。そりゃそうだ。璃仁だって、もし知らない後輩の女の子から今のように話しかけられたらドッキリか何かの罰ゲームで話しかけてきたんだと疑うだろう。


 しばらく「SHIO」は返事をしなかった。その間、璃仁は冷や汗が止まらない。絶対に変人だと思われた。どうして安易に話しかけようだなんて思ったんだろう。せめて図書室ではなく廊下とか、校舎の外なら良かったのに——。

 この一瞬の間に頭の中を駆け巡る様々な後悔に、身体が沈んでいきそうな心地だった。

 しかし、「SHIO」はたっぷりの間を置いたあと、手に持っていた本を一度その辺の棚に置いて璃仁の目を見つめた。黒く澄んだ美しい瞳だった。写真投稿アプリで見る彼女も素敵だが、やはり実物はもっと綺麗で。璃仁は思わず息をのんだ。


「いいよ。でも昼休み終わっちゃうから、放課後でもいい?」


 まさか了承されると思っていなかった璃仁は、この瞬間生まれて初めて聞くほどの激しい心臓の音を感じていた。しかも、今少しだけ言葉を交わすのではなく、わざわざ放課後に時間をつくってくれるなんて。璃仁の高校生活で訪れた一番の幸福と言っても過言ではない。


「ありがとう、ございます。放課後、図書室前でもいいですか?」


 璃仁の提案に「SHIO」はこっくりとうなずいた。

 それから彼女は「図書室閉めるから」と言って璃仁を図書室の外に出るよう促した。気がつけば他の生徒はもう皆図書室から退散していて。璃仁と「SHIO」だけが図書室に取り残されている状態だった。


「それでは、あとで」


 妙にかしこまった口調で璃仁は「SHIO」の側から離れた。女の子と——しかもあの憧れだった「SHIO」と5分以上会話をしただけでも心臓が爆発しそうだった。こんなんで放課後に彼女と待ち合わせをして大丈夫なのだろうか。その日、5限目の数学も6限目の古典もまったく身に入らなかったのは言うまでもない。授業中、前から二番目の席に座る海藤がチラチラと後ろを振り返り璃仁の方を見ていた気がするが、今やそんな彼のいやらしい視線も気にならなかった。それくらい、放課後の「SHIO」との会合のことで頭がいっぱいだった。


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