第17話 はじめてのおしまい

「だから脅されたんですって。警察が脅しますかね普通」


 サツキは携帯を片手に部屋の中をウロウロと歩きまわっていた。

 電話の相手はもちろん沢城だ。


「そんなの気にしなければいいだろ。それに相手は所詮警察の下っ端だぞ。いざとなったらお前の方が実力は上なのだから思い知らせればいい」

「そういう問題じゃないんですよ!警察という組織に逆らうのが怖いんです!」


 相変わらず弱気なサツキ。確かにこの少年なら警察に刃向かうなどというキモの座ったことはできないだろう。

 だが、職務を放棄されたら沢城も困る。


「あのな、お前はこの街を守らなきゃいけないんだ。そんなことで犯人探しをやめるのか?」

「ボス探しに集中するんでやらなくていいってなりません?」


 なるほどこいつは職務放棄の方向性で行く気なのだ。

 沢城は怒りを抑えながらもなるべく精一杯、彼女なりに優しく接することにした。


「おい腰抜け、お前なんの手柄も立てずによくそんなことが言えるな」

「いえ、手柄ならありますよ」


 その言葉を待ってましたとばかりにサツキはニヤリと珍しく沢城の言葉に笑った。


「なに?」

「Aを捕まえました!」

「お前がか?」

「はい!読み方はエースっていうのかな?多分そうだと思うんですけど」

「嘘つくな馬鹿野郎」

「ば、バカァ!?」


 沢城は呆れた。今まで素直に反省をしたり落ち込んだりと次回からはなんとか気をつけようと頑張る姿勢を見せていたためサツキを見捨てることはなかった。なのにこいつは遂に嘘をつき始めたとは。


「バカじゃないですよ!」

「サツキ、お前にそんなことができるはずがない。見つけたとしても捕まえたんじゃなくて死体にしたんじゃないか?」

「本当ですって!今クローゼットの中に縛って閉じ込めてあります!」

「扱いが完全に死体じゃないか」


 まったくこのアホはというかのように沢城は頭を抱えてため息をついた。


「まあいい。仮にお前の話が本当だったとしよう。ならばそのエースだと思われるものに何か聞いてみろ。そしてまた進捗があったら報告するんだ」

「はい!」

「ああそうだ、言い忘れてた。私の経験上知ったことなんだが人間は長時間縛っていると死ぬぞ」

「え」

「重要参考人をまた殺す気か?」

「すみません!切ります!」


 サツキは急いで電話を切るとクローゼットの方へ慌てて走った。


「やばいやばい!」


 勢いよくクローゼットの扉を開け、中の様子を確かめた。


 手足を結束バンドで締められて口に猿轡をかまされている女性、エースだと思われる女性はサツキを見るなりもがいた。


「むぐぐぐ、、、」

「あ!生きてた。良かったぁ」


 この人が仮にどんなに悪人だとしても、今は死なれちゃ困る。


「じゃあ質問だえっと、、、」


 質問をしてみようとしたが、彼女はいましゃべれる状態ではない。


 あ、そうか。このままじゃ喋れないよな。


そう思ったサツキは女性に噛ませていた猿轡を外した。


「ぷはっ、、、!」


 少し苦しかったのか女性は呼吸を荒くしており、空気を多く体の中に取り込んだ。


「あなた特バツなんですよね?」

「そうだけど」

「こんなことしていいんですか?仮にも一般市民を守る職業でしょ」

「まあそうなんだけど時と場合によるんだ。今回は場合のケースだね」


 場合というのは"エースだという可能性"ということである。


「エースお前は、、、。読み方はエースで合ってるよね?」

「エース?」

「まあいいや。とにかく、君にはボスについての情報を洗いざらい喋ってもらう必要がある」

「すみません。私はエースじゃないです」

「そういう嘘はよくないね」

「嘘じゃないですよ」


 このような状況でまだ逃げる気か。こっちはお見通しなんだぞ。


 サツキはいつになく自信ありげだ。


「嘘ついたらどうするっていうんですか?あなた何もできなさそうですけど」

「いやマジで俺はやるぞ。本当に、ええっと、、、。ねえちょっと待って、俺ってそんなに怖くないの?」

「はい」

「こういう尋問っていうのは脅せるような迫力がないとダメだって上司から教わったんだけど俺致命的かな」

「その、、、脅すならせめてナイフとか銃使わないと」

「クソッ!武器ってこう言う時のためにあるのか!悔しいけどツツジが正しいなんて」

「あなた人殺したことなさそうですよね」


 その言葉にサツキはギクリとした。


 自分の今までやってきたことが一気にフラッシュバックされる。あんな死に方やこんな死に方、今まであらゆる人間がどうやって死んでいったのかを思い出した。だが、これはとても自慢できる話ではないしあまり知られたくないものだ。


「そ、そうだね。殺したことはないよ」

「え」

「あるんですか?」

「いやないよ。うん、ない」

「本当かなぁ」


 女性の怪しがる目つきにサツキは負け、白状せることにした。


「ごめんやっぱり嘘、、、。正直に言うと今まで40人近くは仕事で殺しちゃった。殺す気はなかったけど」

「最初の殺人は?」

「なんでそんなこと聞くの、、、」

「気になるんです!話してくれたら教えます!」

「イかれた子だな、、、」


 だが話すことくらい減るもんじゃないし、話して情報をくれるなら安いものだ。


「まあ、最初の殺人は小学生の頃なんだけど。俺はいじめられてたから辛くなって自殺することに決めたんだ」

「いきなり暗い過去」

「でもその前に最期に駄菓子屋でカルメ焼きを買って食べることにしたんだよ。そうしたら駄菓子屋の前でおじさんが俺にお菓子なら家にもっとあると言ってきたんだ」

「怪しいですね」

「でしょ?でも俺はついていったんだ」

「なんで」

「まあどうせ生涯を終えるならちょっと不思議な体験したいでしょ」


 昔っから変なやつだ。いじめられるのも仕方ないだろう。


「人目のつかない道に連れてかれておじさんが振り返って包丁を取り出した時、俺はここで死ぬんだろうなと思ってたんだ」

「生きてるってことはそこであなたが逆にやり返したということですか!すごい!」


 女性は目を輝かせた。


 だが、サツキは首を横に振った。


「いや妨害されたんだ」

「妨害?」

「通り魔だよ」

「いきなりのエントリーですね」


 いやまあ、偶然だと思うのだが災難ではある。サツキにとっても、不審者にとってもだ。


「待ち伏せしていた通り魔がおじさんにナイフを突きつけて、不審者おじさんVS通り魔の戦いになった」


 エイリアンVSプレデター、フレディVSジェイソンほどの迫力はないが、クズ同士の争いである。


「決着は?」

「いや見てるわけにもいかないしさ、俺は落ち着けって二人の喧嘩を止めようとしたんだ。でも埒が開かないと思った俺はイラッときておじさんを蹴飛ばしちゃってさ」

「イラッときて大人を蹴飛ばす小学生がどこにいるんですか」

「うるさいな。とにかく、俺は蹴っ飛ばしてやったんだ。そしたらバランスを崩したせいでおじさんは倒れて、一緒に倒れた通り魔はおじさんの頭を、、、。ザクっとね?」


 サツキはそういって頭にナイフを刺すようなジェスチャーをした。


「即死ですね」

「だから俺は死んだおじさんの包丁を拾って言ったんだ。"こんな危ないものを持ってたらそらそうなりますよ"って。そしたら通り魔がブチギレてこっちに向かってきてさ」

「あらやだ」

「びっくりして通り魔の喉に包丁を投げたら通り魔の喉にクリティカルヒット」

「それが初めての殺人ですか」

「うん。後で分かったことなんだけど、驚くことに怪しいおじさんは俺の街で連続児童誘拐事件の犯人だったんだ。暴力を振るった後に殺害をする凶悪な連続殺人鬼。そんな大物が小物な通り魔にナイフでぶっ刺されて死んだんだよ?なんか、どんなに巨大な悪を気取っても結局潰される時はあっさりと潰されるんだね」


 子供にしてはとても刺激的な経験をしたであろう。


「でも、殺人鬼も通り魔も倒したようなもんですよね?それってお手柄じゃないですか!表彰とかされました?」

「んなわけないよ!俺はその場から猛ダッシュで家に逃げ帰ったさ!お母さんに何してたか聞かれたけど友達の家に行ってたってことにした。妹は友達いないの知ってるからめちゃくちゃ怪しがってたけど。事件は通り魔とおじさんとのぶつかり合いで死んだことになった」


 仮にナイフに子供の指紋が出ていたとしても、きっと警察はサツキが殺したなど信じなかったであろう。


「へえ〜、、、。すごい話でしたね」

「ほら、話したんだから。さっさとボスについて知ってることを話すんだ、エース」

「私、エースじゃないですよ」

「だから!そういう嘘はいいんだって!」

「本当ですって。私はその名刺をもらっただけです」

「、、、もらった?」

「はい。その名刺はエースからもらったものです」


 これはかなり大きな手掛かりとなりそうだ。一気にボスに近づくかもしれない。


「エースってどんな奴だった!?」

「えっと、白衣を着ていましたね。でもマスクとサングラスをつけちゃってて顔は分かりにくかったなぁ。ある日突然街中で話しかけられたんです、なんか私に用があったみたいで」

「、、、君、何者なの?」

「私ですか?私は普通の女の子ですが、、、」


 女性はミステリアスにニヤリと笑った。


「あなたは特バツなのに優しそうなので教えちゃいます。私は犯罪者ですが普通の犯罪者ではありません。きっとあなたの役に立つでしょう」

「犯罪者が?」

「はい。私は、、、」


ドンドン。


突然玄関ドアが激しく叩かれる音がした。


「なんだあ?」


 せっかく話している最中なのに。

 サツキはイライラしながら玄関へ向かうと扉を開けた。


 そこにいたのはフードにマスクをつけた変なやつだった。


 こいつはイタズラだな。ならば、それなりの対応をさせてもらうことにしよう。


「あの、すみません。チャイムがあると思うんですけど」

「おい」

「チャイムってものを知らないんですか?」

「おい」

「ここでチャイムの授業でもしてあげましょうか?貴方みたいな無知な人のために」

「おいてめえ!!」


 突然怒鳴り声をあげた。

 声からして男性であろう。


「うわっ!びっくりした、、、」


 すると少年は取り出したスマートフォンからある動画を見せてきた。

 それはサツキが例の爆弾魔と戦っている映像だった。


「これお前だろ」

「またその動画かよ。いい加減削除してくれないかな」

「お前で間違いないな?」

「はいはい、そうですよ。間違いなく俺です」


 直後、鋭利な刃物が向かってサツキに飛んできた。


「はあ!?」


 ギリギリ反射的にサツキは避けることができた。だが何が起こっているのか分からないが相手の手を見てあることに気づいた。


 どうやら何故そうなっているか分からないが、少年は手から突き出ている刃物でサツキを刺そうとしていたようだ。


「お帰りください!」


 サツキは勢いよく扉を閉めた。


 だが刃物が扉をズタズタに壊し始めた。


「うわあああ!!やばいやばい!弁償しなくちゃいかん!弁償代がぁぁぁ!!」


 こんな時に扉のことについて考えている暇はないというのに、サツキはズレたやつである。


 バカな心配をしていると、ついにマスクをつけた少年が無理やり中に入ってきた。


「サツキ、悪いけどお前には死んでもらうよ」


 少年の刃物は電動鋸に切り替わり回転し始めた。


「なんでいつもこうなんの!?」

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