世界図書

夜表 計

図書の小さな職員

 ここはとても大きな図書館。世界中の本、書物が集まっている場所。誰もが利用でき、国の重鎮すらこの図書館を利用し、法律や交易、研究など知識の宝庫としてその意義を最大限に発揮している。

 そんな大図書館で小さな女の子が迷子になっていた。

 母親と来ていたその少女は本を読むことに飽き、館内を探検していたが世界の全てが集約されている言われるこの図書館の大きさは少女の足で歩くのには不向きであり、種類や年代別に区分けされ案内版もあるが少女にはそれらを理解する知識はなかった。そのため、図書の奥へ何の目的もなく歩いていた少女は当然迷子になってた。

 自身の背よりもはるかに高い棚はまるで自身を取り囲んで見下ろしているかのような威圧感があり、少女の心にはどんどん恐怖が膨れ上がっていた。

 今にも泣きだしてしまいそうな少女の後ろから、鈴の音色が聞こえてきた。

 図書館で楽器を鳴らすのはもっての外なのだが、その音色は耳障りな音ではなく石畳を歩く靴音のような子気味良い音色であった。

 少女が鈴の音色のほうに振り返るとそこには手のひらサイズほどの小さな小人のような者がいた。それは紙程の厚さしかなくその小さな体で本の載った台車を10体で押していた。全ての小人の頭には紐が伸びゆらゆらと紐を揺らしていた。先頭の赤い花模様をつけた小人には小さな鈴が付いており、紐と一緒に揺らしてカランカランと音を鳴らしている。

 紙人形のように動いているその姿に少女の恐怖はどこかへ行ってしまっていた。

 小人たちは棚の足掛けを器用に上っていき、滑車を慣れた手つきで取り付け、本を紐にくくりつけて上へ持ち上げ本を次々と棚に戻していく。その光景を眺めていると赤い花模様の小人が少女に歩み寄っていく。

 小人はなにかを少女に問いかけるが、その言葉はとても早口で喋っているように聞こえ少女には聞き取れず少女は首を傾げるだけだった。

 その様子に小人は困り、全員が輪になって何かを相談し始めた。小人が集まっている姿は微笑ましく思い、また小人を見下ろす自分がなんだか巨人になったかのような気分になっていた。

 話しがまとまったのか赤い花模様の小人を含む3体が少女の前で手招きをする。残りの小人たちは台車を押し、自分たちの仕事に戻っていた。

 少女はカランカランと鈴の音のあとを追いかける。小人は大股でジャンプしながら少女の前を賢明に走っていた。

 小人の後を追っていた少女は自身がどんどん明るい場所へ進んでいることに気づき、ふと後ろを振り返ってみた。そこには深い緑色のカーテンで敷られていた部屋があった。カーテンをくぐってた記憶も無ければどこかの部屋に入った記憶も少女にはなかった。ただ本棚の間を小人に付いて行っただけだった。

 少女は急に怖くなり、足が動かなくなってしまった。カーテンの隙間から見える暗闇が少しずつこちらに近づいているかのような錯覚を少女に与えていた。

 暗闇に飲まれそうになった少女の手を小人が引っ張る。少女が視線を向けると3体の小人が肩車をして少女の手を掴んでいた。一番上の赤い花模様の小人が少女を見つめる。少女には顔のような模様が笑っているように見えた。

 小人は少女の手を引っ張って走り出す。紙のように軽いその体のどこにそんな力があるのか不思議に思いながら少女も走る。

 どのくらい走ったのか少女にはわからなくなっていた。長かったようでもあるし、短かったようにも思える。いつの間にか少女は図書館の大広間に着いていた。天井のガラスから降り注ぐ光が少女の心を落ち着かせていく。

「お願いです。娘を、娘が何処かへ行ってしまったんです」

 年若い女性が職員に縋り付いていた。

 子供が一人迷子になっただけ、それだけなのだが、その女性にはそれ以上のことが起きていると思っているようだった。

「すぐに職員を向かわせますので―」

「お母さん」

 少女が叫びながら女性に駆け寄る。女性もすぐにその声が娘の声だと気付き、女性は少女がちゃんとここにいるのだと全身で感じながら胸の中へ少女を抱いた。

「あぁ、良かった。なにかあったんじゃないかと思って心配したわ」

「大丈夫だよ、お母さん。小人さんたちが一緒だったから」

 少女は母親の胸から顔を離し、コボとを指差す。その指先に惹かれ、母親が視線を移すと、紙人形のような小人が職員と話しをしていた。

 小人は変わらず早口のような言葉で話している。少女にはその意味を理解できていなかったが職員にはその言葉がわかっているようだった。

「そう。えぇ、いいわ」

 小人と意思疎通できている職員に少女は驚きと羨ましさを感じていた。

 赤い花模様の小人が少女に近づき自身の頭についている赤い紐を外すと少女に手渡す。

 くれるの、と少女がしゃがみながら聞くと小人は鈴を鳴らしながらうなずく。

「ありがとう。小人さん」

 少女は赤い紐を受け取ると母親に渡し、自身の左手首に巻いてもらう。

「今日はありがとうございました」

 母親は少女を抱き上げ、職員に礼を言うと出口へ歩いていく。少女は母親の肩越しに小人たちへ手を振る。小人と職員は少女に手を振り、その姿が見えなくなるまで見送った。


 ここは大図書館。多くの歴史と知識、研鑽によって編まれた本が所蔵されている場所。そして、多くの物語が生まれ、刻まれてきた場所でもある。

 人の歴史とともに歩んできたこの図書館に新たな職員が入ってくる。

 手首の赤い紐をそっとなぞり、その新人職員は歴史の一歩を踏み出す。

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世界図書 夜表 計 @ReHUI_1169

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