リムの世界(1)

 大きくはあるけど、まるでお豆腐みたいに無味乾燥な建物。

 言われなければ、おおきな訓練場とか倉庫のように見える。

 でも、私は分かっている。


 ここが……私たちの旅の終わり。

 ここで全てに決着を……


 建物の中に入ると、そこは……一面に機械のような設備と、深い海のような青い石があった。

 それは野球場くらいの広さの中に、二階建てで吹き抜けになっている中、天井まで伸びていた。


「何……これ」


 呆然として見上げる私に、ライムは言った。


「ここがラウタロ国王から一番最初にユーリに与えられた実験場。それからはずっとここで彼は全てを……生んできた」


「そう。そして、全てを……終わらせる場所。地上から万物の石を消し去るために」


「……私を……消すための場所」


 そうつぶやいた途端、奥の方から聞き覚えのある声が聞こえた。


「そうだよ、リムちゃん! ユーリかコルバーニちゃんか私か……でも、あなたは私がもらうんだからね!」


 その声と共に姿を現したのはサラ王女だった。

 そして、その隣にいるのは……


「りむ、また会えたな。そして……やっとこの日が来た」


「おじいちゃん……」


 コルバーニさんは私の元を離れると、おじいちゃんのところに歩いていった。


「ユーリ、この中に居る女の子を助けてあげて。リムちゃんはその交換条件として来てくれたの」


「そうか……分かった。では、近くに横たえておいてくれ。りむの件が終わったら一緒に彼女を蘇生させよう。われわれの仲間として」


 おじいちゃんとコルバーニさん、クローディアさん、そしてサラ王女とその兵隊さん……何十人?

 こっちは私とライム。


「りむ、ここで石の力を使って崩壊させようなどとは考えない事だ。石の欠片を使って壁を各所に用意させてもらった。何より、君は昔から嘘をつく子じゃなかったな? ちゃんと約束は守る子だ」


「リムぅ……ゴメンね、元の私だったら……」


 耳元で泣きそうな顔をしているライムの声が聞こえるけど、私は言葉を出さずニッコリと笑った。


「りむはどこまで知っている? アリサ。……そうか、そこまでは聞いたんだな。ではもうちょっとだけ教えよう。ザクター王の下で石の研究をしていた私やエルジア、ライムだったが、ある日ザクター王は力のさらなる利用に目覚め、石の力によって世界を支配しようとした。それに反発したため殺されそうになった私たちだったが、その時、万物の石が動いた。恐らくこの世界での居場所をもたらした私を失う事に危機感を持ったのだろうか。結晶病を国中に広めて、まさに死の国とした」


 おじいちゃんは険しい表情で言った。


「それにより、ラウタロ国は全てを失った。それどころか、それまで積み上げてきた天の頂をも目指そうとする文明も失った。それ自体は良かったが、世界中の何の罪もない人たちが病に苦しむ事となった。私とライム、エルジアはその罪滅ぼしのため、旅に出た。その過程でアリサに出会い、私の血を用いて助けたが、その結果、石の力を中和できる存在であることに気付き、この3人なら……全てを償い、終わらせられると思ったのだ」


「……ねえ、ユーリ。あのさ……リムちゃんは自らをコントロール出来ている。以前とは違う。だから……あくまでここのレプリカ破壊の協力だけでいいんじゃないかな?」


 そう話すコルバーニさんに向かってユーリは首を振った。


「今はそうかも知れん、だがこの先は分からない」


「そうだけど……でも、その時こそ私が清算する。この命に代えても。だって……ユーリは長くないんだもん。もう1~2年の命。だから、リムちゃんに協力してもらおうよ! そしたらユーリだって長生きできるよ! 世界は……私たちがあの日、望んだようにまた平和になる。ね、お願いユーリ……私を信じて。リムちゃんを助けて!」


「ここにあるレプリカたちはすでに自らの意思を持ち始めている。遠からず暴走する種もあるかもしれん。りむを助けて協力させる……それでどうにかなると思ってるのか? むしろ共鳴して暴走するリスクが高い」


「ライムだっている! エルジアだって。私もいる! ねえ、ユーリ、ずっと1人で抱え込んで……辛かったよね? ゴメンね……でもさ、これからは……私もいる。一緒に……償おう。この命を懸けても。そのためには、リムちゃんにも生きてて欲しいの。愛する人を犠牲にして成り立つ世界なんて……やっぱり嫌だよ」


 泣きながら話すコルバーニさんを見ながら、おじいちゃんは優しい表情になると、コルバーニさんの肩を叩いて言った。


「……アリサ。……信じていいのか?」


「ユー……リ」


 コルバーニさんが目を見開いて何度も頷いた。


「そうかも知れん。私たちは……償いの形を間違えてたのかも知れんな」


「そうだよ。私たちなりの形で……世界を作ろうよ」


「有難う、アリサ。お前を信じるよ。……りむの所に行くんだ。お前の居場所だろ」


 コルバーニさんは泣きながら微笑むと私とライムの所に歩いてきた。

 

「リムちゃん……ゴメンね。こんな私だけど……また……仲直りしてくれる?」


 私は言葉も出ず、何度も頷いた。


「……うん、当たり前じゃない」


「リムちゃん……私ね……リムちゃんに……渡した……」


 そう言いかけたコルバーニさんの表情が突然固まった。

 そして……呆然とした表情に変わり……口から血を吐き出した。


「え……」


 私は目の前の光景が信じられなかった。

 そんな私の耳に「リム、ライム様、飛んで!」と言う声と共に、リーゼさんが私に飛び掛ってきて、その場から押しのけた。

 その直後、無数の弓矢がさっきまで私が立っていた床に刺さる。

 

 そして、私の目の前で……コルバーニさんが倒れた。

 それを剣を持ったおじいちゃんが冷ややかに見下ろしていた。


「アリサ、最後までお前は変われなかったな。大局を見ることのできない愚か者」


「おじいちゃん……なんで」


 その時、私の近くに息を切らして駆け寄ってきたクロノさんが言った。


「ヤマモト、ユーリはお前の知っている男ではない」


「なんで……」


「りむ、石の力の一部……あの鳥を使って仲間を案内してたのか。生意気な真似を」


「おじいちゃん……なんで……なんで!」


「なんで? 可愛い孫娘のためだ。教えてやろう。私は償いなどどうでも良かったんだ。私は老いるまで結局何物にもなれなかった。元の世界の人間は私を受け入れ、評価しなかった。この国なら……と思ったが、結局病をばら撒くのみ。そして私も長くない。万物の石。そしてりむ。これらの力を使って私は再度命を得る。その後、世界を私の理想とする形に作り変える。リム、お前はそのための私の手足になってもらう。二人でこの世界の創造主になるために。私は何物かになる事が出来る」


「嫌だ……嫌だよ……嘘だよね、おじいちゃん」


「お前の意思はもはや問題ではない。サラ王女、リム以外の全員を殺せ。りむは……私がやろう。出来れば殺したくない。一緒に世界を作るんだ、りむ」

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