第6話 関係は築かれ、異変は訪れる
私の提案に彼は一秒弱、固まりました。
「……協力、ですか?」
そして問い返されてしまいました。そんなに意外だったのでしょうか?
「眞嶋さん。僕は、あなたは幸せになるべきだと考えています」
急に言われて、胸がドキンと竦みました。
「一番の被害者はあなたです。だからあなたは今度こそ幸せになるべきです」
「それだったら宮藤さんだって……」
嗣晴さんだって澪さんの被害者。私と変わらないはずでは?
しかし、彼はかぶりを振ります。
「今の僕の『幸せ』は澪の破滅の先にしかないんですよ、眞嶋さん」
真っすぐに私を見つめる彼の瞳には、やはり濃密な『黒』が蟠っていました。
彼の決意を知って、でも、口から滑り出たのは自分でも意外な一言でした。
「それにしては、少し甘いのでは?」
「ぁ、甘い……?」
オウム返しに言われて、私はハッとなります。
「あ、す、すみません。私ったら……」
「いえ、いいんです。それよりも、何が甘いというんですか?」
彼は私の無礼を軽く受け流し、その点について尋ねてきました。
「そ、それは――」
「構いません。言ってください」
逡巡する私でしたが、さらに促されて仕方なく、思っていたことを口に出します。
「もしも宮藤さんが澪さんの邪魔をしたいなら、これから起きる事故を防ぐのではなく、澪さんが私を車でひく瞬間を写真か動画で記録して利用すればいいんです」
それでこの人は、澪さんに対する大きな武器を手に入れられる。
私という犠牲を考えなければ、それは間違いなく最善の方法なのです。
「こ、怖いことを考える人ですね、あなたは……」
「宮藤さんが優しい人なだけですよ」
この人を見ていればわかります。
私が今言った手段を、嗣晴さんは考えもしなかったのでしょう。
「今の宮藤さんは、澪さんにはいくらでも冷徹になれると思います。でも、その過程で他の人を巻き込むという発想を持てないんですね」
私の指摘に、嗣晴さんは「う……」と一声呻きました。
「そうみたいです。あなたを利用するなんて思いつきもしませんでした」
嗣晴さんは観念した様子で、後ろ頭を軽く掻きながら白状しました。
それは何も悪いことではないし、ただ利用されるよりはよっぽど好感が持てます。
「ところで協力というお話ですが、眞嶋さんは誰に復讐を? 澪ですか?」
彼に言われて、最初に頭に浮かんだのは澪さんではありませんでした。
私が最も復讐したい相手。
この世界で、私が一番許せないと思っているのは――、
「慶介さんです」
私の顔から表情が消えます。
澪さんの話をしているときの、嗣晴さんのように。
「私はあの人に殺されたんです」
自分でもわかるほど、その声は凍え切っていました。
新たな驚きをもって私を見つめる嗣晴さんに、私は凍えた声のまま説明をします。
「宮藤さんが澪さんにプライドを奪われたように、私は彼に心を殺されたんです」
私は彼に全てを語りました。
心を殺され、命を奪われるに至った、あの夜のことを。
その結果が愕然となったまま固まった、彼の顔です。
語り終えた私はのどが渇いて、紅茶に口をつけました。ん、美味しい。
「あいつは、またそんなことをしたんですか……」
嗣晴さんが、聞き逃せない言葉を呟きました。
「……また?」
私が繰り返すと、彼はハッとした様子でわずかに視線を泳がせます。
彼はしばし迷ったのち、深い嘆息と共に教えてくれました。
「同じようなことがあったんですよ、高校時代。あいつには半年ほど付き合った女子がいましたが、顔にニキビができただけで、無情にも捨てたんです」
「そんな理由で……?」
その話に、私はあの夜に目の当たりにした慶介さんの本性を思い返します。
「僕も知ったのは高校卒業の直前でした。その女子と話す機会があったんです」
「その、どんな感じで、あの……」
出すべき言葉がわからずにいる私に、嗣晴さんは説明を続けてくれました。
「わざわざ彼女の自宅にまで乗り込んで、ニキビを作ったことを散々罵倒して、一方的に別れを突きつけたらしいです。彼女はそれで、鬱を患いました」
「ひどい……」
「高校の頃の慶介は本当に幼稚でした。それでも結婚して何も起きていなかったから大人になったんだと思っていたら、それですか……」
深く深く、彼はため息をつきました。
人は変わらない。簡単には変われない。変わりたいと思わなければ、永遠に。
「私は――」
気がつけば、私は自分のおなかをさすっていました。
私は確信してしまったのです。
仮に子供ができても、慶介さんが父親である限り、そこに幸せはない。
彼は父親になるには幼すぎるのだ。と……。
「……ごめんね」
小さく一言だけ謝った私は、この瞬間、母親になることを諦めました。
「手を組みましょう、眞嶋さん」
嗣晴さんが、私に握手を求めてきました。
「よろしいのですか? 慶介さんは、宮藤さんの親友なのでは?」
「あいつが澪から逃げるために僕を身代わりにした時点で、愛想は尽きてますよ」
吐き捨てるかのような言い方は、彼の慶介さんへの感情を容易に想像させました。
「わかりました。よろしくお願いします」
私は嗣晴さんの手を握り返して、ここに契約は成立しました。
こうして、私と嗣晴さんは協力することになりました。
そしてそれは、今度こそ私があの子とお別れしたことを意味していたのです。
そのはず。だったのです――、
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
嗣晴さんと喫茶店で会ってから、二か月が経ちました。
その後、彼とはSNSを通じてやりとりをするようにしていました。
この日、私は嗣晴さん宛に短く一文だけ書き込みました。
緊急事態でした。
『生理が来ないんです』
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