第12話:準決勝戦と決勝戦
翌朝、イリアはいつも通り朝食を食べに来ていた。
星琉もいつも通り、試合前なので腹八分目程度に食べている。
いつも通り…しかし勘のいい大人たちは「何かあったな?」と察していた。
けれど何か聞くような事はせず、彼らもいつも通りを維持し続けた。
準決勝の相手はこれまでとは違った見た目の獣人だった。
昨日までの相手はケモ耳とシッポがあるだけであとは人間と変わらない見た目。
準決勝に現れたのはほとんど二足歩行の狼のような見た目だ。
「カッコイイ…」
「ははは、ありがとう」
星琉が思わず呟くと、狼男は機嫌良く笑った。
完全に狼の形をした顔から人間の言葉を発する様子は、地球でも知られる伝説の存在を思わせる。
シルバーグレーの毛並みに立ち耳、フッサリしたシッポ、頭部から上半身は毛皮に覆われた獣だ。
下半身は衣服に隠れて分からないが、靴を履いていない足が毛皮に覆われているのでおそらく同じだろう。
「私はルー。獣人は獣の部分が多いほど身体能力が上がるんだ。君の相手として不足は無いと思うよ」
「はい。よろしくお願いします!」
よかった~マトモな人だぁと思ったのは内緒。
昨日の午後がアレだったので、また変な筋肉に当たったらどうしようと思っていた星琉である。
そして始まった準決勝の対戦は、これまでとは比べ物にならないスピード勝負だった。
初戦のナルがこれまで最速の相手だったが、ルーはそれを上回っている。
パワーはボルほどではないが、地面に穴が開きそうな勢いだ。
しかし星琉が躱すとルーは身を翻し地面を蹴って跳躍するので、剣が地面に当たる事も穴だらけになる事も無い。
「君、まだ本気じゃないね?」
瞬時に迫り、ルーが言う。
繰り出される連撃、星琉は全て躱して跳び下がる。
そこへまたルーが素早く跳躍して来て、剣先が迫る。
スッと避けて反撃を仕掛けるが、星琉の攻撃も躱された。
続いてルーからの反撃、星琉がまた避ける。
剣を折られる事を警戒する星琉が打ち合いではなく回避に徹しているので、剣戟の音が無い静かな対戦となっていた。
「君くらいの実力者なら奥義の1つや2つあるだろう?見せてごらんよ」
何か期待している様子のルー。
これまでの対戦で星琉は通常攻撃だけで勝っており、武術を極めた者ならある筈の奥義を使っていなかった。
「残念ながら…」
振り降ろされる剣を僅かな移動で躱して、星琉は言う。
「今使ってるこの剣じゃ出せないです」
「ふむ…」
少々思案するルー。
「では見せてもらおうか。奥義無しで勝てるその実力を」
言いながら接近して放たれる突き。
屈むような体勢でそれを避け、星琉は下から剣を当て、弾いた。
ずっと回避ばかりで剣を受けにくるとは思わなかったルーが、不意をつかれて一瞬体勢を崩す。
その一瞬の「隙」を星琉は逃さない。
相手の懐へ飛び込み、剣を突き付けて勝負はついた。
「セイル、これを見てみろ」
準決勝を終えて控室で軽い昼食をとっていると、ルーが何か長い布包みを持って来た。
「これは…?」
「君の故郷、そして体の動き、多分これが本来使うものだろうと思ってね」
怪訝な顔をする星琉にルーは言う。
布包みを開けてみて、星琉は驚いた。
「え…これ、どこで手に入れたんですか?」
「古美術商の骨董品から見つけた。君にあげよう。その代わり…」
…と、ルーはリクエストする。
「分かりました」
星琉は頷いた。
午後からは決勝戦、その前に準決勝敗者同士の対戦があった。
ルーは余裕で勝利し、3位をもぎとった。
「さて…リクエストにお答えしなきゃね」
星琉はルーからの贈り物を手に、決勝戦に向かった。
決勝の相手はルーと同じく獣率の高い相手だった。
輝くような純白の毛並み、白く長いシッポ、その双眸は青と緑のオッドアイ。
「僕はシトリ。現役の獣人の中では最速と言われているよ」
二足歩行の白い猫といった印象の少年が言う。
獣の部分が多いほど身体能力が上がるという獣人は、年齢によって出せる速度が変わるという。
若い方がすばしっこく、壮年期に入るとパワーが上がる代わりにスピードは落ちるらしい。
シトリは少年期、スピードに恵まれる時期だ。
開始と同時、シトリが切り込んでくる。
ナルよりもルーよりも速い。
…が。
星琉の姿が揺らぎ、剣が届く前に消える。
「速いねぇ~この剣を躱すなんて」
シトリがニッと笑う。
「でも何で剣を鞘に納めたままなの?」
「ルーさんからのリクエストでね」
聞かれて、星琉は意味あり気な笑みを見せる。
ルーから渡されたそれを、星琉は鞘に納めたままだ。
「ルーおじさんか、まさか剣を抜かずに勝ってみろとか言われた?」
「いや、さすがにそれはない」
聞きながらシトリが放つ連撃を、星琉が答えながら躱してゆく。
しばらくシトリの攻撃と星琉の回避が続いた後。
攻撃が一切当たらない事にシトリは焦れ始める。
瞬発力を活かして急襲してもスイッと避けられ…
連撃を放ってもヒョイヒョイ躱され…
そこにいるのは幻か?と思うほど当たらない。
「あーもうっ、なんで当たんないの~っ!」
シャーッ!と猫さながらに牙を見せた。
直後、何か全身の毛がザワッと逆立つ感じがした。
「…当たらないのはね~…」
星琉は言う。
「…俺の方が速いから、だね」
直後、何か閃く物が見えたと思った時には、シトリは転がっていた。
全身に打撲のような痛みがあり、起き上がれなくなった。
「…な…なに…今の…?」
眩暈がして霞む視界に、いつの間にか鞘から抜かれた剣=刀を持つ星琉が映る。
「俺の奥義だよ。ルーさんのリクエスト」
星琉は刀を鞘に納めた。
「勝者、セイル!」
審判が勝利を告げる頃には、シトリは気絶していた。
「わ~これは当たったら相当痛いだろうねぇ」
スロー再生の動画を見て、渡辺が言う。
速度を落とした映像なのに刀を抜き放った瞬間がほとんど目視出来ない。
獣人最速の少年でも見えない太刀筋。
「峰打ちでもこんな連撃食らったら気絶しますよね~」
森田もシトリに同情した。
「居合術なんて日本しか無いらしいから、異世界人ビックリだね」
刀を持っている時のみ出せる星琉の奥義、それは鞘から刀を抜き放つ動作で相手に一撃を与え、続く太刀捌きでさらに攻撃を加えるというもの。
いわゆる居合術とか抜刀術とか言われるものだった。
扉絵イメージ第12話:準決勝戦と決勝戦
https://kakuyomu.jp/users/BIRD2023/news/16818023212968810036
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